Chapter3-1 婚約者(2)

 とはいえ、いつまでもノマを放置してはおけない。明日も仕事が待っているので、きちんと睡眠時間を確保しておきたいんだ。


「いろいろと混乱してるところ悪いけど、オレの用件を伝えるぞ」


「よ、用件?」


「構える必要はないさ。一つの質問に答えてもらうだけさ。あと、今さらだけど、敬語は使わないでくれ。聞き取りづらい」


「……分かった。で、質問とは?」


「マリナ――ノマと出会った時にいた少女を、どうして助けたんだ? あの子の魔力を使って、キミが精霊魔法を発動したんだろう?」


 ノマと初対面を果たしたのは、ゲームのヒロインであるマリナの救出の際だった。


 ずっと謎だったんだ。マリナが魔力枯渇で気絶していた原因と、人間を見下す精霊が普通の村娘である彼女を助けた理由が。


 この半年で、前者に関しては推測ができていた。おそらく、ノマとマリナは、あの瞬間限定で仮契約を結んだと思われる。


 実のところ、精霊はそれ以外の種族へ助力するのに制約が存在する。対象者と契約を結び、契約者の魔力を使うという工程を経ないといけないんだ。人側は、契約者のことを精霊魔法師と呼称する。人間と獣人は精霊を感知できないゆえに、ほとんどエルフだけども。


 話を戻そう。


 では、何で“仮”契約だったのか。きっと、マリナの適性が火と水だったため、土精霊であるノマへの魔力供給が十全に行えなかったんだろう。違う適性持ちへの魔力譲渡は、魔力の変換効率が最悪だからな。術者の技術力にも左右されるけど、だいたい十対一くらいの非効率さだと思う。


 とはいえ、契約をしないとマリナを助けられないので、仮の形でも無理やり契約した。そして、精霊魔法を行使して彼女の滑落死を防いだわけだ。


 結果、マリナは無傷で生還したけど、生来の魔力の少なさも相まって、一週間の昏睡に陥った。これが事の顛末だと予想できた。


 ただ、推し測れたのはそこまで・・・・。彼女を助けた理由の方は分からなかった。


 ゲームでも同じことが発生していたのは明白。前世では語られなかった真実を、オレは知りたくて仕方なかった。


 ノマは、『そんなことか』と拍子抜けした顔を浮かべて言う。


「あの娘には才能があった」


「才能?」


「精霊魔法師の才能があったんだ」


「なんだと」


 オレは目をみはった。


 想像もしていなかった理由だ。何せ、マリナには魔法の才能がない。すべてにおいて、平凡なキャラクターのはずだった。少なくとも、魔力が平凡であることは確認済み。


 その辺りを問うと、ノマはアッサリと返す。


「普通の魔法師と契約者――精霊魔法師では、必要とする才能が違う。後者に求められるのは、精霊に好まれるかどうかだ」


「マリナは、精霊に好まれる体質ってことか?」


「嗚呼。しかも、適性がないはずのワタシでも惹かれるほどの、特上の才能だった」


「なるほど」


 頷く以外の言葉が出ない。平凡だと誰もが信じ込んでいたキャラが、実は大きな才能を秘めていたなんて。


 マリナの才能が語られなかった原因は、おおよそ察しがつく。精霊自体がゲームに登場しないからだ。精霊は人間社会とほとんど関わらないのに、才能を活かせるはずがない。たとえるなら、銃器を扱う才能を持ちながら、日本に生まれてしまった感じか。豚に真珠とは真理だな。


 あれだけゲームで悩み抜いていたのに、とファンとしては複雑な心境だ。


 まぁ、機会があれば、何か助言してあげるのも良いかもしれない。あくまで、機会があればの話だけど。


「さて」


 一通り整理もついたし、残る作業も終えてしまおう。


 気持ちを切り替え、ノマに向き直る。


 すると、何を勘違いしたのか、途端に彼女は怯え始めた。


「わ、ワタシを始末する気か?」


「そんな構えるなよ。普通に、元の場所に帰してやるだけだから」


 元々、発狂する彼女を放っておけなかったため、回収したにすぎない。こうして普通の状態に戻ったのなら、拘束しておく必要はなかった。


 あちらとしても嬉しい条件だと思ったんだが、ノマの反応はオレの予想とは異なった。


「えっと……このまま傍に置いてもらうのはダメだろうか?」


 なんと、オレと共に行動したいと言い始めたではないか。あれだけ恐怖していたのに、どんな心変わりなのか。


 オレは問う。


「何故だ?」


「わ、ワタシが料理人なのは、以前にも話しただろう?」


「嗚呼。確か、魔力を調理するとか何とか」


 精霊は魔力をかてとして摂取するが、そこに調理という概念は存在しない。魔力をそのまま取り込むのが、精霊の常だった。


 ところが、目前の少女は人の料理に感銘を受け、魔力を調理するという試みに挑戦しているらしい。


 今の話とそれが、何の関係があるのか。


 不思議に思いながらも、話の続きを促す。


「あなたの魔法の中に引きこもっていた間、ワタシは何もしなかったわけではないんだ。あの中には豊富な魔力があったし、料理人であるからして、料理に励むのは当然の流れだった」


 ノマの声に、僅かな熱が乗ったのを察する。どうやら、引きこもり生活で嬉しい発見でもあったようだ。オレの魔力に関わる何かだとは思うが……。


 ノマは揚々と語る。


「あなたの魔力は素晴らしい。色のないお陰か、料理しやすいんだ。簡単に加工でき、ワタシの望んだ料理に変貌してくれる。無論、自属性の魔力でないとエネルギーの還元率が悪くなるデメリットもある。だが、あなたの場合はあまり関係ない。尋常ではない魔力密度の濃厚さが、その難点をフォローしているんだ。人間風に表現するなら、栄養価が高いと言うべきか。量も無尽蔵だから、いくらでも試作品を作れるのもいい!」


 その後も、オレの魔力が如何いかに素晴らしいかを延々と語るノマ。


 途中で止めなければ、いつまでも話していそうな勢いだった。


「要するに、オレの魔力を使いたいから、傍に置かせろと」


「少し乱暴な言い方ではあるが、そうなる」


「ふむ」


 オレは少しだけ逡巡し、彼女に問う。


「キミは何ができる?」


「なに?」


「できることを知りたい。オレの魔力を提供するのは構わないけど、こちらにもメリットが欲しいんだよ」


 精霊の力を借りられる機会など、一生掛けても巡ってこない。せっかくのチャンスを活かして、ギブアンドテイクの関係を築いておきたかった。


「できること、か」


 ノマはしばらく視線をさまよわせる・・・・・・と、おもむろに口を開いた。


「大地に関わるものは、大体こなせる」


「大雑把だな。たとえば?」


「と言われてもなぁ。あんまり意識したことがないし」


 精霊にとっての魔法行使は、人間でいう歩くくらいの認識なんだとか。凄まじいな、精霊。


 仕方ないので、オレから色々と質問を投げた。


 その末に判明したのは、精霊の規格外さだった。


 まず、土の栄養改善が行える。魔力さえあれば、死んだ大地も復活させられるとか。また農業関連だと、専門職ほどではないが、植物の品質改良もできるらしい。


 この二点だけで、フォラナーダの農業は世界一を狙えるぞ。土精霊、便利すぎる。


 これだけには収まらない。魔力次第だが、金属創造も可能のようだ。魔力ならオレのモノが大量にあるので、一通り試してみた。


 結果として、これもぶっ壊れ性能だった。金や銀、銅はもちろん、前世の知識を動員して、色々な合金までも生み出せたんだ。それだけではない。アダマンタイトやミスリルなど、ファンタジー定番の希少金属を、天然物には劣るものの精製できた。


 ノマは錬金術のマネゴトもこなせると言うし、フォラナーダの武器や魔道具事情は一気に向上するだろう。


 ノマ曰く、オレの豊富な魔力があってこそ実現できたらしいが、喉から手が出るくらいほしい人材には違いない。オレは、即断でノマと契約を結んだ。


 嬉しい誤算だ。これなら、あの計画・・・・を前倒しできるかもしれない。


 ふふふ、明日からの領地改革が楽しみだなァ。

 

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