Chapter2-3 魔法の教師(1)

 勇者ユーダイの村の一件が片づき、オレたちは帰路についた。急ぐ仕事もないため、ゆっくり馬車で帰ることにした。だいたい三日の道程だった。途中、除け者にされたとオルカが【遠話】の魔道具で訴えてくる事件は発生したが、おおよそ平和な旅路だったと思う。無論、オルカも【位相連結ゲート】で回収しましたとも。


 しかし、その平和は、領城への帰還と同時に終了することとなる。


「お帰りなさいませ、ゼクスさま、カロラインさま、オルカさま」


 幾人かの使用人が出迎えに見え、その中より代表して、家令のセワスチャンが声をかけてくる。


 表面上の態度こそ普段通りの慇懃さだったが、精神魔法を収めているオレは見通していた。彼の中にうごめく不安、焦燥といった感情を。


 どうやら、オレたちが不在の間に、何らかの問題が発生したらしい。魔道具による連絡を取らなかった辺り、そこまで緊急性の高いモノではないようだが、はたして。


 オレは目を細めつつ、各自に指示を出す。


「カロンとオルカは、先に部屋へ戻ってなさい。しっかり休養を取ること。担当者は二人の世話をよろしく。疲れているところ悪いが、シオンはオレに同行だ。セワスチャン、別室で話すぞ」


「「「「「承知いたしました」」」」」


 部下たちは一斉に敬礼し、各々の仕事へ取りかかる。


 カロンたちも、世話係に連れられて部屋へ向かおうとするが、その前に問うてきた。


「お兄さま、あとでお部屋にお伺いしても宜しいでしょうか?」


「あっ、ボクも行きたい!」


 カロンとオルカが、オレへ期待するような眼差しを向けてくる。


 それを受け、オレは少し逡巡した。チラリとセワスチャンを斜視しゃしし、彼が首を横に振ったのを認めてから答える。


「いや、二人とも自室で待機しててくれ。オレが、そっちに足を運ぶよ」


「……分かりました。お仕事頑張ってくださいね、お兄さま」


「頑張ってね、ゼクスにぃ


 オレは努めて笑顔だったはずだけど、二人には見透かされてしまった感じがあるな。まぁ、日頃より一緒に過ごしているし、ある程度は仕方ないか。


 察しの良すぎる弟妹たちに苦笑を浮かべつつ、オレは二人の部下を伴って城内へ進む。


 さてはて、どのような問題が起きたのやら。


 鬼が出るか蛇が出るか。先行きの不安を胸に秘め、オレは密かに覚悟を決めるのだった。








 フォラナーダ城で、もっとも防諜の優れた部屋は執務室になる。仕事をする他者を一時的に下がらせ、オレとシオン、セワスチャンは顔を並べていた。


「で、何があった?」


 そう促すと、セワスチャンは一礼してから話し始める。


「まずは前置きより入るべきですが、ゼクスさまは簡潔をお好みになりますし、色々と悟られているご様子。直球に申し上げます。件の魔法の教師役である宮廷魔法師が、昨日ご到着になられました」


「なに?」


 オレは目を眇めた。


 いくら何でも急すぎる。貴族家に訪問する際は事前にアポイントメントを取り、その上で到着前に先触れを放つのが普通だ。


 秋頃に向かうとは知らされていたものの、訪問の予約がされていたという話は聞いていない。聞いていれば、このタイミングで勇者の村へ査察になんて行かなかった。


 こちらの表情から察したらしく、補足するようにセワスチャンは言う。


「先触れもございませんでした」


「……そうか」


 色々と思うところはあるけど、すべてを呑み込んで、頷くのみに留める。宮廷魔法師の取った行動はフォラナーダを侮辱するに等しいモノだが、ここで文句を言っても不毛だ。


 額に片手を当て、大きく溜息を吐く。それから、宮廷魔法師の思惑を考える。


「こちらの準備を整えさせないのが狙いか」


「その線が濃厚でしょう」


「私も同感です」


 熟考の後、オレは呟いた。それに、セワスチャンとシオンも同意を示す。


 魔法教師なんて子守りにも等しい仕事なのに、王宮側が宮廷魔法師というエリートを派遣した理由。それはフォラナーダの内情を探るためだと、元々察してはいた。シオンというスパイを潜ませてはいるが、重要地に複数の潜伏者を送り込むのは常套じょうとう手段だからな。


 そして、スパイという性質を考慮すると、今回の電撃来訪は、こちらに隠しごとをさせないための策略だと推察できる。型通りに進めてしまえば、準備と称して色々隠蔽されると踏んだのだろう。


 シンプルながら、実に良い作戦だ。まさか、王宮側の使者がこのような無礼を働くとは思わず、向こうの思惑通りに一部の準備が途上だった。


 一応、不意を突かれても大丈夫なよう、様々な対抗策は講じてあるけど、一つだけマズイ問題が存在した。


 その問題について、オレはセワスチャンに尋ねた。


「当主不在をどう誤魔化した?」


「領地内の査察だと説明いたしました」


「それしかないか」


 そう。このフォラナーダ城には、表向きの当主たる伯爵――我が父が住んでいないんだ。


 というのも、現世の父母であるフォラナーダ夫妻には、オレが実権を握る際に、領内の保養地へ蟄居ちっきょしていただいている。


 まぁ、蟄居とは表現したものの、二人は仕事から解放されて喜んでいるし、実権を奪われているとも思っていないが。


 要するに、オレの領地運営の邪魔なので引っ越してもらったわけだが、長期滞在の来客が来た場合は困る。当主が城に不在なのは、とても不自然なことだもの。


 短期滞在程度なら、セワスチャンの使った言いわけで押し通せるが、今回は通用しない。いつか面会させないと、フォラナーダの実情が露呈してしまう。


「どうしたもんかねぇ」


「“分身”を作成するのは如何いかがでしょう」


 シオンが意見を口にする。


 分身とは、過去にオレとシオンが合作した魔法だ。実体化した魔力塊に精神魔法で疑似魂を植えつけ、【偽装】で外見をカモフラージュするというもの。接触さえしなければ、ほぼバレることのない代物だった。


 オレは首を横に振る。


「ダメだ。貴族同士の挨拶となれば絶対に握手はするから、その時にバレる。そもそも、オレは父上の精神構造を知らない。分身を作る前の問題だ」


 オレやカロン、オルカ、あとはシオンもかな。性格や習性をよく知る人物なら疑似魂を作成できるが、それ以外は難しい。いや、実の両親の性格を知らないというのも変だけど、フォラナーダ夫妻とは全然関わっていないんだから仕方ない。


 一応、精神のコピペは可能ではあるが、それを行うくらいなら、直接呼び出した方が早いだろう。


 説明を終えると、シオンは眉間にシワを寄せ、むむぅと唸った。


「それでは、魔法関係で誤魔化すのは難しいですね」


 おそらく、精神魔法を主軸とした提案をいくつか考えていたんだと思う。オレが伯爵の精神を把握していないと知ったため、すべてボツになったようだ。


 それから何度か提案はあったものの、決定打となる策は上がらなかった。


「もはや、伯爵さまをお呼びになる以外、方法はありませんね」


 セワスチャンが溢す。


 彼の言う通りだった。下手に策を弄するくらいなら、本人を連れてきた方が手っ取り早かった。


 だけどなぁ……。


「嗚呼、胃が痛くなってきた」


 キリキリし始めたお腹を抑え、思わず弱音を吐いてしまう。


 伯爵は本当にどうしようもなく無能な人のため、フォローに駆け回る未来を想像すると、とても鬱屈した気分になるんだ。


 それを見た部下二人は、心中お察ししますという表情を浮かべた。


 オレは溜息を吐き、続ける。


「とはいえ、他に代案もないか。すぐに魔道具で連絡を取れ。翌朝……だと絶対に準備できてないな。二日後にオレが迎えに行く」


「承知いたしました」


「承知いたしました……が、宜しいのですか? 【位相連結ゲート】をお使いになるのですよね?」


 セワスチャンは素直に首肯し、シオンは頷いた後、心配そうに尋ねてくる。


 気持ちは分かる。あの魔法は見せてはいけない類の人間が、まさに伯爵だ。


 だが、心配には及ばない。


「馬車による高速移動だと偽るから大丈夫」


「そのような嘘に騙されますか?」


「普通は無理だが、父上なら可能だ」


 他の者なら絶対に騙されない内容でも、あのボンクラ伯爵なら問題ない。


 オレの散々な言いようにシオンとセワスチャンは頬を引きつらせているけど、あの人はそれくらいヤバいんだって。


 こうして、今後の方針は定まる。


 宮廷魔法師との面会は二日後の昼。それまでに、何を突っ込まれても良いように準備を整えよう。

 

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