Chapter2-2 勇者(1)

 アカツキと遭遇してより半年。すっかり涼しくなり、草木の紅葉が深まる昨今。あの日以来、オレは定期的に裏ボスの訓練を受ける羽目になった。


 確かに、これまでの懸念事項だった近接戦闘をはじめとした、諸々の技術が向上するのは嬉しい。だが、フラッと現れては毎回一晩中戦わされる上に、ボロボロの雑巾にされるのは勘弁してほしい。そのせいで、いつもカロンたちには心配かけてしまい、心が痛むんだから。


 初日なんて、無断で一晩帰らなかったものだから、領城中が大パニックに陥っていたし。カロンとオルカの大泣きする姿は、二度と見たくないぞ。


 まぁ、そんな慌ただしい生活ながらも、アカツキとの訓練以外は問題ない日々を送っていた某日。オレはお抱えの商人と、とある商談をしていた。


 客人をもてなす応接室にて、オレと商人は笑みを浮かべ顔を突き合わせている。


「……ついに完成したのか?」


「はい、それはもう」


 オレの期待の込められた問いに、商人の男は揉み手をしながら返してきた。


「ブツは?」


「ここに」


 商人は、スッと懐から一つの物品を取り出す。


 テーブルに置かれたそれは、両手サイズの黒い物体だった。おおよそ直方体の形をしており、中央に丸いレンズ、下部に細長い溝、側面にスイッチが存在する。


 ――そう。彼が取り出したものは、紛うことなきインスタントカメラだった。前世で写真を撮るための道具として扱われた、あのカメラである。


 オレはワナワナと両手を震わせながら、カメラを手に取った。そして、商人の方にそれを構え、スイッチを押す。


 パシャと懐かしいシャッター音が響き、程なくして写真が発行される。


 作成された写真は、見事に商人の姿を映し出していた。前世よりも多少画質は粗いが、確かに情景を写し取っていた。


「よくやった!」


 オレは満面の笑みを浮かべ、商人の両手を握り取る。


 対する商人も、笑顔でこちらの手を握ってくれた。


「いえいえ。こちらとしても、ゼクスさまのお陰で、良い経験を積ませていただきました」


「そう言ってくれると助かる。今回は、色々と無茶を申した自覚があるからな」


「ご自覚、おありだったのですね」


「当然だろう。それでも、これの製作に妥協はしたくなかった」


 手の中にあるカメラを掲げ、感慨深いと溢す。


 カメラがあれば、今まで出来なかったことが可能となる。


 それは――カロンの成長過程を記録できるんだ! 九令式くれいしき後の、子どもから大人になる過程をつぶさに記録できる。そして、それを何度も見返せる。これほどまでに嬉しいことはないッ。


「幼少期の記録が残せなかったのは心残りだが……仕方ない。過去には戻れないからな」


「ゼクスさまは、誠にカロラインさまが大切なのですね」


「無論だ。あの子のためなら――いや、あの子だけではないな。オレは家族のためであれば、何でもできるぞ」


 最愛の弟妹を脳裏の思い浮かべ、オレは深く頷いた。


 それから、商人との会話を進める。


「このカメラの量産および機能改善を進めてくれ。まだ、画質の向上が望めるはずだ」


「承知いたしました。そうなると、追加予算が必要となりますが……」


「分かってる」


 オレはあらかじめ用意していた袋を、ドンとテーブルの上に置く。その中には大量の金貨が入っていた。


 言っておくと、これはオレのポケットマネーである。私用のカメラ作成に、伯爵領の資金は使わないぞ、さすがに。


 まぁ、あちらがどう受け取っているかは別だが。僅かに侮蔑の感情が漏れ出ているので、『貴族のドラ息子が、民の税を道楽に注いでいる』とでも考えているのだろう。態度には出していないし、ほんの僅かな感情の噴出だから、特に目くじらを立てるつもりはないけど。


 そも、優秀だと勘繰られたくないから、そう思わせるように振舞っているところもある。何ら問題はない。


 商人は袋を手早くカバンへしまい、こちらに問うてきた。


「カメラの販売は、我が商会の独占で宜しいのですよね?」


「約束は守るさ。だが、まだオレ以外への販売は待て。譲るのも、だ。周辺各位への根回しを行いたい」


 動機こそ私的なものだったけど、カメラは色々と有効活用できる。他貴族の横やりは封じておきたい。


 商人もその辺は理解しているようで、「承知いたしました」と素直に頷いてくれた。


 その後もカメラに関する詳細を詰めていき、商談は無事に終了した。


 最後に、このままでは味気ないので、多少の雑談を交わしていたところ。ふと、商人は部屋の隅に置かれたモノへ目を留めた。


「おや、あれは……」


「どうかしたのか?」


 彼の興味をそそる代物なんて、この部屋に置かれていただろうか。


 怪訝に思いつつ尋ねると、商人は不思議そうに答える。


「あのボードゲームですよ」


「嗚呼」


 オレは得心する。


 部屋の隅に置かれていたのは、お手製のリバーシだった。


 チェスなどでは弟妹たちには難しかったため、オレが用意したものだ。カロンかオルカのどちらかが、置きっぱなしにしたのかもしれない。


 前世では定番のゲームだったけど、この世界には存在しないんだったか。それならば、彼が珍しがっても仕方がないな。


 オレが説明しようと口を開きかけると、その前に商人が言葉を発する。


「あちら、リバーシですよね?」


「……どうして、知ってるんだ?」


 存在しないはずのゲームの名前を既知としている。これは、明らかに不自然な状況だった。


 やや詰問に近いトーンになっていたらしい。商人は少し顔をこわばらせてしまった。


 オレは慌てて手を振る。


「すまない。責めてるわけじゃないんだ。純粋に、このゲームを知ってた理由を知りたい」


「そ、そうでしたか」


 商人は完全に納得はしていないようだが、貴族のオレを刺激するのを恐れてか、素直に情報を提供してくれた。


 何でも、我が伯爵領の田舎町を中心に、リバーシと同じ代物が流行っているんだとか。販売元が小さな商店のために流行は広まっていないけど、そこそこの人気を博しているという。


「……」


「お気になられるのでしたら、私どもの知る限りの情報をお渡ししますが」


 オレが黙考し始めたのを見て、そう商人が提案してきた。


 渡りに船だったため、即座に応諾する。


「頼めるか?」


「はい、今すぐご用意いたします。準備がございますので、一度席を外しても宜しいでしょうか?」


「構わない。手間をかけるな、必要なら謝礼も用意するよ」


「いえいえ。ゼクスさまと私の仲です。この程度は無償で提供いたしますよ」


「そうか。感謝する」


「もったいないお言葉。それでは、失礼いたします」


 商人はそのまま退室していった。


 抜け目ない男だが、口も堅いし腕も立つ。利潤を得られる限りは、信頼の置ける相手だった。


「田舎町でリバーシが広まってる、か」


 独りごちる。


 確証はない。だが、心当たりはあった。ずいぶんと前より想定していた可能性の話が、ついに片鱗を見せたかもしれない。


 外で控えていた使用人を呼び出す。


「以前から諜報に出していた指令、少し急がせろ」


「承知いたしました。早急に、伝えて参ります」


「それと、近々領内の査察に向かう。関係各所への連絡と、オレのスケジュール調整も頼む。これも急ぎだ」


「承知いたしました」


 指示を聞き終えた使用人は、すぐさま伝令へ向かった。


 想定が現実となるならば、そろそろタイムリミットは近い。念のために、内乱の報告を受け取った時点で命じてはいたけど、はたして、どうなることやら。諜報部の者には急いで見つけてもらわないと・・・・・・・・・・いけないな。


 そして、この想定が事実かどうかを確認するためにも、領内の査察は必須だ。


 オレは深い息を吐き、座っていたソファに体を預ける。


「しばらく忙しくなりそうだ」


 今後の過密になるだろうスケジュールを想像し、オレはそう愚痴を吐いた。

 

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