Chapter1-2 盗賊(4)
ふと、思いつく。
オレはとっさに考えついたアイディアを実行するべく、ターラの傍に飛び降りた。
「ひゃっ――」
「静かに」
突然現れたオレに驚いてターラは悲鳴を上げそうになるが、即座に口を押えて阻止する。
彼女は現れたのがオレだと気づくと、ホッと肩の力を抜いた。
もう大丈夫そうなので、口を押えていた手を退ける。
「ゼクスさん、お兄ちゃんたちが!」
「分かってる。今から助けるんだけど、ターラの力を借りたいんだ」
「た、タリィの?」
ターラの瞳が揺れている。
何を手伝わされるのか不安なんだろうが、無茶はさせるつもりはないから安心してほしい。
「なに、簡単なことさ。オレが合図したら、奴らの前に出てくれ。ターラに意識が向いてる隙に、オレが奴らを制圧する」
「えっ、でも、それってゼクスさんが――」
「大丈夫。オレは強いよ」
オレは、ターラを真っすぐ見つめた。
相手の力量は図れないが、自分の強さは理解している。まだまだ魔法の熟練度は低いけど、それ以外の項目を加味すれば、今のオレでも下位の騎士くらいの実力はあるはずだ。ゲーム内で例えるならレベル20ちょっと、一年生の一学期終了時点程度か。
ちなみに、レベル上限は99。一般人の平均は10で戦闘職の平均は35、国内トップは57、ラスボスは70、裏ボスは99である。
閑話休題。
ゲーム内のレベル表記が正しいのであれば、騎士の最低ラインのレベルを持つオレであれば、単独でもチンピラどもは一掃できる。ただ、イレギュラーを考慮して、ターラに囮役を任せたいんだ。距離は十分あるから、連中の中に魔法師がいても攻撃される心配はないし。
オレの自信たっぷりの様子を見て納得してくれたのか、ターラは静かに頷いてくれた。
「よし。早速、行ってくる。今から十秒後に決行だ」
「え、もう!?」
心の準備ができていないようで、ターラは慌てだす。
しかし、彼女の気構えが整うのを待っている時間はない。
「悪いけど、そろそろ動かないとカロンたちが連れてかれる」
すでに、三人とも手足を縛られていた。魔法を使えるカロンはまだしも、ダンとミリアは逃走も叶わない状態だった。
それを認めたターラは、緊張した面持ちを浮かべる。
「わ、わかった。がんばってみる……」
「奴らの前に姿を見せるだけでいい。あとはオレに任せろ」
気休めにすぎないが、彼女の背中を軽く叩く。
多少は肩の力が抜けたようなので、オレは再び屋上へと駆け上がった。
この場から引き上げようとするチンピラどもを眺めながら、心のうちで十秒を数える。
真っ先に狙うのは、カロンたちを抱えている三人。彼女らの身柄の確保が最優先だ。最悪、他の賊二人は放置して、逃亡するのも視野に入れる。
十秒は早い。あっという間に数え終わり、それと同時にターラの声が響いた。
「お兄ちゃんを返せ!」
普段の落ち着いた彼女とは思えない、大きな叫びだった。その頑張りのお陰で、チンピラたちの意識は、完全に彼女の方へと向く。
同時に、オレは宙へ身を躍らせる。当然、重力に従って落下を始めるが、それだけでは遅すぎる。ターラにチンピラが襲いかかってしまうだろう。
だから、策を講じるんだ。
地面に対して頭を向け、逆立ちの状態より足元に魔力を放出した。これでもかというくらい大量に、それこそ全魔力の半分を注ぐ。
放出した魔力は、五センチ立方のサイズに圧縮される。ギュウギュウ詰めになった魔力は、どこか危険な光を宿す。
十分に圧縮し切ったと判断したオレは、自らの足裏を魔力の立方体へ叩きつけた。
本来なら魔力は実体を持たないため、このようなことをしても通り抜ける。
ところが、オレの足は、しっかり立方体を踏み締めた。ともすれば、オレの落下速度が加速するのは必然。
五倍の【身体強化】より繰り出される脚力はすさまじく、弾丸のごとき速度でチンピラどもの中心へ突っ込んだ。
この速度に反応できるものは、オレのように五倍強化ができる者か、強化状態のオレ以上の身体能力を有する者のみ。
そんな輩が、こんなところで油を売っているわけがない。
残るは一人。さすがに、もうオレの存在は認識しているが、このまま仕留めさせてもらおう。
オレは高速でチンピラの懐へ飛び込み、奴の
しかし、
「むっ」
思わず声が漏れる。
何と、チンピラはオレの攻撃を避けたんだ。偶然といった風ではない。明らかに、オレの攻撃速度に反応できていた。
先程と違って、今は重力を加算していない。純粋な四歳児の身体能力だから、たとえ五倍強化していても、追いすがれる者はいるだろう。ただ、目前の敵の動きは、身体能力が単純に優れているわけではなさそうだった。
詳しくないため、ただの当てずっぽうだけど、何かの武術をたしなんでいる気がする。
オレはその疑念を胸に秘めたまま、チンピラへ向かってラッシュを見舞った。
結果、すべての攻撃はギリギリで回避される。
見極められているわけではない。かろうじて避けられている、といった感じではある。だから、ゴリ押しでも倒せるはずだ。
だが、時間がかかる。そんな猶予を与えてしまえば、せっかく不意打ちで沈めた四人が起き上がってしまう。
オレが武術を心得ていたら違ったんだろうが、残念ながら、四歳児の体を慮って学んでいない。前世でも、そういった経験は皆無だった。
相手も、時間をかけると優位性がどちらに傾くか理解しているらしく、必死ながらも笑みを浮かべていた。腹立たしい限りである。
攻防が一分続き、オレも焦りを見せ始めた頃。唐突に戦闘は終わりを告げた。
というのも――
「ぐげっ!?」
チンピラの頭と腹が爆ぜたんだ。頭に至っては、髪が炎上している。
燃える炎を消すために、敵は地面を転がり始めた。この隙を逃すはずはなく、オレはきっちり男を気絶させた。お情けで炎は消しておいてやる。もはや毛根は死んでいるとは思うが。
戦いの終わりを認め、オレは背後に振り返る。
そこには、少し疲れた顔をしたカロンがいた。
「ありがとう、カロン。助かったよ」
「お兄さまのお役に立てたのなら本望です!」
そう。先程の爆発は、カロンの火魔法だった。中級の【爆炎】という、対象を爆破して炎上させる、殺傷性の高い攻撃魔法だ。
ためらいなく中級攻撃魔法を撃ったのには驚いたが、敵前で隙をさらすよりは断然良い。
「無事で良かった」
「助けに来てくださると信じておりました」
パッと見た限りケガもないカロンを、オレは抱擁する。彼女も嬉しそうに抱き返してくれた。
ギュゥッとしがみつく彼女の手は、若干震えていた。表面的には気丈に振舞っているけど、内心では恐々としていたんだろう。初めて、魔法で他人を傷つけたのも含まれるか。
とにかく、今起こったことのすべてが、子どもの許容量を超えているのは間違いなかった。
オレはカロンを安心させられるよう、努めて優しく彼女の背中を撫でる。割れものみたいに丁寧な扱いをしていると、おもむろにカロンの緊張は解けていった。今夜は添い寝をしてあげるとして、現状はもう心配いらないと思う。
名残惜しいが、いつまでも抱き合っているわけにはいかない。何せ、被害者は他にもいるんだから。
「お兄ちゃん、ミリア!」
離れたところで様子を窺っていたターラはようやく辿り着いたようで、二人に向かって声をかけた。
それを受け、オレたちもそちらへ足を向ける。
ミリアは、泣きじゃくっていたものの外傷はなさそう。精神的負担は受けただろうが、その辺は精神魔法で密かに直しておこう。最低でも、トラウマにはなるまい。
一方のダンは、結構本気で顔を殴られた模様で、顔が大きく腫れていた。腹を抱えて呻いてもいる。素人診断だが、鼻骨と肋骨数本が折れているんだと推定される。
重傷だな。子どもの体力だと、下手したら死にかねないケガだ。チンピラどもは、四歳児相手に何を本気になっているんだか。
オレがチンピラの外道っぷりに憤慨していると、カロンがおずおずと口を開いた。
「お兄さま、実は……」
カロンの話によると、ダンは他の二人をかばってケガを負わされたらしい。男の自分が女の子を守るんだ、という矜持か。古臭い考え方だけど、まぁ、中世風の世界だもんな。
本来なら無謀な行動を叱るところだが、今回は大目に見よう。彼のお陰でオレが間に合ったわけだし、重傷も治せる。
オレがカロンの方へ視線を向けると、彼女もこちらを見ていた。その瞳は期待の色に輝いている。
うん。カロンなら、そういう行動を取りたがるよね、知ってたよ。だって、そんな優しい子に育ってくれるよう、色々世話してきたわけだし。
オレは苦笑いをしつつ、首を縦に振る。
すると、カロンは満面の笑みを浮かべ、ダンの元へ駆け寄っていった。
彼女が何をするのか、言をまたないだろう。
とはいえ、ボーっと治療が終わるのを待っているわけにはいかない。ある程度の隠蔽工作をしなければ、後々に面倒な事態へ発展する可能性がある。
「まだ慣れてないけど、仕方ないか」
残った魔力を放出し、オレたちを覆い隠す。
今からやるのは、【偽装】の応用だ。
【偽装】の魔法は、誰でも扱えるように、どの属性でも発動できる術理をしている。そのため、少し改変するだけで無属性でも行使できるんだ。
色々と便利そうな魔法を見逃すオレではなく、事前にシオンより習っていた。
まぁ、習い始めたばかりなので完璧には使えないんだが、外部から情報を遮断するくらいはできる。
加えて、周囲に向かって探知術も発動する。半径一キロメートルに監視者はいない模様。おそらく、今回の治療が第三者より露見することはない。
問題はダンたちか。当事者である三人を誤魔化すのは不可能だ。きちんと説明をして、黙ってくれるよう頼むしかない。
最悪、精神魔法で縛る手段も考えるが、できればやりたくなかった。
使用者だからこそ理解できることだが、精神魔法に限界はない。際限なく他者の精神を操作でき、練度を上げれば洗脳だって容易に行えるだろう。世界の覇者になれる力だ。
一般的な人間性を有するオレに、そんな支配願望はない。誰彼構わず洗脳する外道には落ちたくないので、
「あれ、俺は……」
「よがったよぉ」
オレが深く思考している間に、カロンによる治療は終わったようだった。ダンはケガのないキレイな状態に戻っており、ボーっと空を見上げている。
そんな彼に、ミリアは号泣しながら抱き着いていた。幼馴染みが瀕死の重傷から生還したんだから、当然の反応か。
最初は状況の理解が及んでいなかったダンだったが、次第に頭が回り始めたらしく、その場から飛び起きた。
「きゃっ」
「そうだ、さっきのチンピラたちは……って、えぇ!?」
跳ね飛ばされるミリアを気にも留めずに周囲を警戒するダンは、そのうち気絶して倒れているチンピラたちを発見した。それから、どうして奴らが伸びているのか分からず、目を丸くする。
混乱の境地にいるダンだったが、傍に歩み寄ってきたターラが正気に戻した。頭にゲンコツを落として。
「お兄ちゃん!」
「痛っ」
ゴチンという音が響く。傍から見守っているだけのオレも、痛みを感じてきそうだった。
「ゼクスさんとカロンさんが助けてくれんたんだよ。まずはお礼!」
「え、助けてくれたって、どういう――」
「お礼!」
「痛い!」
再び炸裂するゲンコツ。痛快な音が鳴るのは良いんだが、あれってターラの方も痛くはないんだろうか?
コント染みてきたマグラ兄妹のやり取りを受け、オレはカロンの方を見る。何というか、同じ兄妹でも、オレたちとは随分と在り方が違うなと思ったんだ。
すると、彼女もオレの方を見ていたようで、バッチリ視線が交差した。どうやら、向こうも同様の考えをしていたらしい。
思わぬ以心伝心に、オレとカロンは揃って笑いだす。
その笑声は想像以上に大きく、他の三人もこちらに注目した。
最初こそ、突然笑い始めたオレたちに驚いていた三人だったが、笑いが伝染したのか、一緒になって腹を抱えだす。
物騒な事態に陥ったオレたちだったが、そこには平和な一幕があった。
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