第81話 彼の日の魔人


「ドゥ……ドゥ……」


 喉の奥から絞り出したような濁った声と共に短剣武装の魔人は肉薄を試みた。しかし、それをシヅキは許さない。そんなことをされたら武器の形状からして奴に分があることは明白だった。


 ガギィン


 故にシヅキは間合いの管理をする。大鎌を小さく振るい短剣を弾いた。奴の動き方は知っている。どれくらいの力で弾けば退くか、予備動作とそこから展開する短剣の軌道……以前の戦闘でそれを知ったのだ。 ……無論それは、今現在対峙している魔人が同個体であることが大前提であるが、そんなことは一度目の鍔迫り合いで杞憂だと確信した。


「ドゥゥゥ」

 

 十数度目の鍔迫り合いの後に、痺れを切らしたように、魔人が繰り出した斬撃。それは水平方向に走る大振りの薙ぎだった。シヅキはそれを、鎌では受けず上体を逸らすことで躱した。奴の踏み込みと剣筋を学習したからこそ出来る業だ。


 すると何が起きるのか? 鎌を捉えることを前提にした斬撃は簡単に止まれない。振り抜く他ないのだ。


「フッ……!!!」


 生まれた隙を決して逃さない。シヅキは短く息を吐き、膝を軸とした蹴りを魔人へと繰り出した。それは躱されることなく、簡単に奴の腹を襲ったのだ。


「ドゥゥ」


 そんな小さな悲鳴と共に魔人が低空を這うように飛んだ。ちょうど“結界”に弾かれたシヅキのように。



 ――ああ、ここまで来れば後は処理だ。



 コンコン


 幹が鳴る。その次に聞こえたのは空気を裂く轟きだった。


 視界に青の線が走ったかと思うと、すぐに肉を断つ鈍い音が聞こえた。地面を強くった影響で小さく巻き起こった土煙が霧散すると、そこには左胸辺りに矢が突き刺さった魔人が。


「シヅキさん!」

「わーってる!!」


 背後から聞こえてきたサユキの声に後押しされて、シヅキは駆け出した。サユキの矢は足止めとして非常に優秀だが、決定打としては弱い。やれるのは彼だけなのだ。


「ラァ――!」


 小さな雄叫びと共に、シヅキは地にふせる魔人に向かって大鎌を振り上げた。

 

「ドゥ」


 しかしほぼ同時に聞こえてきたのは奴の吐く小さな声だ。見ると、先ほどまで魔人が臥せていた地面にその姿は見えない。地を転がり、回避を試みたのだ。


(ああ、そうだろうな……“フリ”はテメエの)


 肘を身体の内側に強引に入れ込み、鎌の進行方向を急激に変えた。そして、その刃先が捉えたのは――


 ギィィィン


「領分だったな……!」


 魔人が装着した足先の仕込み刃だった。


 それらがり合うことは一切なかった。当然だ。刃の出来だって、加えられた力だって、身体の状態だって……シヅキがずっと上回っていたのだから。


 仕込み刃を砕いた大鎌が今度こそ振り下ろされた。その位置は魔人の胸部……ちょうどサユキの矢の隣だった。


「ドゥ、ドゥ、ドゥ、ドゥ、ドゥ…………」

「サユキの放つ矢は、体内に流れる魔素を汚染する作用があるらしい。だからよ……」


 シヅキは大鎌を抜き、再び振り下ろした。今度は魔人の細い首筋へと。


「これで早まるだろ」


 シヅキがそう言い終える頃には、魔人はピクリとも動かなくなっていた。


 ……ああ。


(1人目、浄化完了)


「シヅキさん! 終わりましたか!?」

「ああ」

「なら次です!」



 ギィィィィィン



 シヅキが立つ場より少し離れたところから再び金属のぶつかり合う音が聞こえてきた。 ……いや、ずっと聞こえてはいた。ただそこにシヅキの意識が移ったに過ぎない。


「アサギ!」


 シヅキはすぐに駆け出した。激しく動き回る魔人との戦闘で、そこそこの距離を移動していたのだ。


 大きく揺れ動くアサギの背中が見えた。金属音が鳴ると、黄混じりの赤の火花が激しく散った。それはアサギが大盾にて魔人を上手くいなしている証だ。


「よく耐えた! 畳み掛けるぞ!」

「お……おう!」


 アサギを中心とした円を描くようにして魔人の真横へと躍り出たシヅキ。魔人の眼が彼を捉えたことは言うまでもなかった。


「ドゥ……!」


 魔人が鳴いた。やはり、よく知っている声で。奴との対峙……これで3回目だ。


 (複製でもされてんのかよ!)


 歯を食いしばったシヅキはその大鎌で魔人に斬りかかった。それは1体目の時とは異なり、酷く攻めを意識した姿勢である。しかし今はそれでも大いに良かった。なぜならば――

 


「どりゃああああ!!!!」


 シヅキの大鎌をバックステップにて躱した魔人を襲ったのは、そんな大きな雄叫びと、



 ズゥゥゥゥゥゥン



 大盾を駆使した豪快な体当たりだった。



 ――数の暴力はいつだって脅威足りうるのだから。

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