第6話 オド
アーク。それは魔素の収集と解読を一辺に行う大規模な組織群の総称だ。中央区に構えられた本拠地を中心に、世界中の様々なところに設置されており、日々“ホロウ達の悲願を達成するため”に躍起となっている。
俗に辺境と呼ばれるこの地方にも、例外なくアークは存在した。辺境区のアーク……通称、オド。
「玄関口、いい加減どうにかならねーのか? 手抜きにも程があるだろ」
腰に手を当て
オドの入り口は特に装飾が施されていない。一見するとバカでかい洞窟にしか見えなかった。 ……とは言っても、これは偽装の類では無い。元からある地形を利用しているに過ぎないのだ。
「ここが……アークなんですか?」
困惑気味のトウカの声も無理なかった。シヅキにとってのアークはここしか無いのだが、どうせ中央のアークは、もっと整備だの何だのが為されているだろう。
「行こうぜ。中は意外とちゃんとしてるから」
「は、はい……」
慣れた足取りで洞窟を潜るシヅキ。中に入るとすぐに、青白く着色された魔素の炎が洞窟内を照らした。
「おお……」
「足元、気を付けろよ」
硬い地面を踏むたびに、カツカツと靴の反響音が響く。
「なんだか……すごいですね」
「質素だろ?」
「質素というか……インパクトが……」
「まぁ、なんでもいいけどよ。 ……ほら、アレ」
まっすぐと洞窟を進むこと数分。シヅキが指さした先はちょっとした小空間が出来上がっていた。
特に何かモノがあるという訳ではない。洞窟の一部を切り抜いて作り上げたような、そんな空間だ。
「地面が土じゃない……それに行き止まりですね」
岩肌を撫でながらトウカが困惑気味の声で言った。
「そこで待っててくれ。動かすから」
「うご……え?」
タイルが張り巡らされた円状の床。シヅキはちょうどその中心付近に座り込んだ。そこには細長く彫られたような窪みが。
「今日は1回で反応するかね」
そう独り言を吐きつつ、シヅキは胸元にしまいこんでいたタグを取り出した。そこには複雑な形をした紋章が刻み込まれている。
シヅキは
すると――
ズズズズズズズズズ………
小空間がそんな鈍い音を出しながら振動を始めたのだ。
「よし、かかった」
「あの……これって、もしかして」
トウカが言葉を言い切る前に、小空間は大きく動きを見せた。なんと、空間全体が下降運動を始めたのである。
眼を丸くしたトウカが、一言こう呟いた。
「しょ、昇降機……」
「これでオドの内部まで移動すんだ。手すりとかなんもねえから、あんまり端には寄らねえ方がいいぞ」
直径10mほどの巨大な昇降機は時折、ギギだのジジジだのと軋む音を出しながら、下へ下へと降っていく。周りは壁に覆われているというわけではなく、完全に吹き抜けの状態だ。ゴツゴツとした岩共が、魔素の光により色を帯びている。
「こんな大規模な穴を掘ったんですか……?」
「どうなんだろな? そら手は加えただろーけど、自然物をそのまま流用してるだけだと思うがな」
「……中央区のアークは完全に人工なので、すごい新鮮です」
「一つの建物なのか?」
「ここのように、大きな建物の中でアーク関係者は一括管理されているのですが、もっと大きな範囲……街という範囲を含めて“アーク”と言われることの方が多いです」
「なんだそれ、市民はアークに支配されてるってか?」
シヅキは冗談混じりにそう言ったが、寸刻の思考の後、トウカは眉を潜めながらこう言った。
「あながち間違いではないと思います」
「……そうかい」
慣性に揺られつつ、下降することおおよそ2分。昇降機の速度がどんどん落ちていく。
ギギギギギギギギギ……
やがてそんな大きな音とともに、シヅキとトウカの眼前には新たな景色が広がった。急に眩しい光が広がり、トウカは腕で眼を覆った。
「着いたぞ。オドの内部だ……『体内』って呼ぶやつもいるな」
無骨な岩の集合で覆われていた玄関口、そして昇降機構部とは異なり、壁や床部分は岩肌が剥き出し……というわけではなくちゃんと整備が行き届いていた。昇降機を降りてすぐの空間は大広間となっており、天井が随分と高い。いわゆる吹き抜けの構造で、見上げると2Fの連絡通路が架かっていた。
「……随分と、ホロウが少ねーな」
首を傾げながら歩き出すシヅキ。トウカはその後を慌てて追う。なお、案の定彼女の目線は行ったりきたりだ。
「ここって……いわゆるロビーですよね?」
「ロビー?」
「えっと、任務前の手続きとか、ホロウたちの集合場所になっていたりとか、報酬の譲渡が行われる場所……みたいな感じのです」
「あぁ、そうだな。アーク外部のホロウもここまでなら立ち入りが許可されてる。 ……普段はもっとホロウ共がウロウロしているんだがな。今日は随分と少ねぇ。なんで――」
と、シヅキがそこまで言った時だった。
「あガッ!!!」
そんな声と共に頭を大きくぐらつかせるシヅキ。突然の出来事にトウカの身体が少し跳ね上がった。
「シ、シヅキ……さん!? 大丈夫ですか!?」
「痛ってぇ……………マジで痛え……………」
その場にしゃがみ込んで自身の頭を抱えるシヅキ。彼の後方には1体のホロウの影が。
「おかえり〜シヅキ! 任務の遂行、お疲れさま。ちょっと遅過ぎだけどね」
ふわふわとした声色ながら最後に毒を吐いた女性。彼女の手元には随分と分厚い本が握られていた。
「“ソヨ”……お前なあ……加減ってやつ考えろよクソが」
「クソって言わないでねーシヅキ。あんまり酷いこと言うと上に報告するからね? あと、私は新入りさんと話があるから。暫く口を開かないでもらっていい?」
「こいつほんとに……」
魔人と対峙していた時と同等か、それ以上の殺意を込めて女性を睨み付けるシヅキ。対して、つゆも気にする様子なくニコニコの女性。 ……トウカは目まぐるしい状況に、呆気にとられる他なかった。
シヅキとのやり取りを終え、今度はトウカの方を向く女性。心なしか、その佇まいは丁寧なものに変化していた。
「……さてと。あなたが中央区から来た新入りさんですよね?」
「え、あ……はい」
「わざわざ辺境の地までご足労いただきありがとうございます。わたしは――」
自身の胸部に片手を添え、深々とお辞儀をする女性。数秒後顔を上げた彼女は言った。
「辺境区のアーク……『オド』にて雑務型として勤めております、“ソヨ”です。以後お見知りおきを」
「あいつ……マジで覚えてろよ………」
シヅキは痛みに悶えていた。
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