第6話 屋台ランチ(タルティフレット)
ラファエルがマリアに手渡した皿には真っ白な物体が乗っていた。
これは何だろう。チーズが溶けているみたいだけど。ピンクに見えるのはベーコンよね? チーズの下に一体何があるのかしら。そんなふうに、彼女の頭の上には、はてなマークがたくさん並んでいた。
「ラファエル様、これはいったい何ですか? 上にのっているのは溶けたチーズですよね? あと、ベーコンはわかるんですけど……」
「チーズの下にある白いやつですか?」
「はい!」
「それは、ポテトと炒めたオニオンですよ。その上にたっぷりチーズをのっけて、オーブンで焼いたものですよ。ほら、向こうの屋台で今準備をしているでしょう?」
マリアは、ラファエルの指さした場所を視線で追う。ちょうど、屋台のおばさんが、野菜の上にチーズをのせている瞬間だった。
「まるでグラタンみたいですね」
「基本的にはたしかにポテトグラタンに似ているかもしれませんね。こちらはホワイトソースではなくて、生クリームでかなり優しい味になっていると思います。それにチーズが贅沢に使われていますから」
ラファエルの指摘通り、皿の上には大きなチーズの塊がのっていた。
もうグラタンというよりも、チーズが主役のような料理だと彼女は思った。
「さあ、どうぞ、召し上がれ。このチーズが焦げた部分は最高ですよ」
王都で食べたグラタンよりもとてもシンプルな味付けだった。だが、中のポテトは熱々で、ミルクのうまみが凝縮されている。舌をやけどしそうになりつつも、幸せな時間を堪能していた。
「美味しい。どうして、こんなに美味しいの? 王宮の食事だって豪華な食材を使っていたはずなのに……料理人の腕だって、一流のシェフが作っているのよ」
「たしかに、食材を購入するためにかける費用は王宮の方が上でしょうね。料理人の腕もそうです。ですが、お嬢様? ここは市場です。採れたての食材がここに集まっているんですよ。鮮度が違います。王宮の周囲には畑などありましたか?」
「なかったわ」
「ですから食材は採れた場所から時間をかけてあなたのもとに運ばれていたのです。そうすれば当然劣化します。時間が経てば経つほど味は落ちるのです。その自然の摂理には、どんな一流料理人ですら抗うことはできないのですよ」
「なるほど……」
「どうですか。屋台料理、堪能できましたか?」
「ええ、堪能したわ。でもね、やっぱりお肉も食べたいわ。それにラファエル様は食べないの?」
「私は執事です。主人とともに食事をすることなど許されるわけがありません」
「なによ、それ……それじゃあ、一緒に旅行している意味がないじゃないの」
「ですが、それでは――」
「主人の私が一緒に食事をしたいと言っているのだから、同意しなさい。主人の命令は絶対よ」
「わかりました」
「なら、あなたの分の食事も取りに行きましょう。私ももっと屋台ご飯が見たいわ! あと……」
「どうしました?」
「もしよかったらなんだけど……」
「はい?」
「あなたが選んだ食事も一口だけ分けてもらえない?」
マリアはとても恥ずかしそうにそう言った。貴族社会のテーブルマナーを叩きこまれている彼女にとってはこの提案は、震えるほど恥ずかしいものだった。はしたない! 教育係がこの様子を見ていたらそう叫んで注意していただろう。
だが、それと同時に屋台料理の魅力と、男女で食事を分け合うというロマンス小説のようなシチュエーションを体験してみたいという欲望。それがふつふつと沸き上がり、ついポロリと本音が漏れてしまった。
「……」
王子の婚約者時代の真面目で堅いイメージとは正反対の提案にただ、驚いていた。王宮時代の彼女のイメージは、優等生だ。若くして公爵家の当主でもあった彼女は当然ながら、貴族社会の嫌な部分も乗り越えなくてはいけなかったため、弱みを見せることができなかった影響もあるのだろう。実際、王位継承権1位の妻になるだけでも、嫉妬の対象になる。影では嫌がらせのような行為をされていた。だから、同年代の友人も希少だった。
そんな彼女が……
どうして、こんなロマンス小説のような提案をしてくるんだ。なにか、裏があるんじゃないか。ラファエルも、貴族社会を生き抜いてきた人間だ。多少の警戒心を持った。しかし……
「ねぇ、ダメかな?」
そんな少女のように甘える主人を見て、先ほどの疑念は吹き飛んだ。ああ、私は信頼されたんだなと直感する。ならば、彼女の気持ちにはそれ相応のもので答えなくてはいけないだろう。
彼女の友人として……
「わかりました。では、こちらもお言葉に甘えるとしましょう」
「よかった!! 夢だったのよね。みんなで食事を分け合うのって……なんか、家族や親友じゃないとできないじゃない。さすがに、王族の方々とはそんなことはできないし」
「ふふ、ではお嬢様は何が食べたいんですか?」
「やっぱり、さっきの大きなチキンかな。あと、なにか甘いものも食べたいわ」
「わかりました。なら、一緒に探しましょうか」
「ええ、そうしましょう」
こうして、ふたりはまた歩き始めた。本当の意味でのふたりの旅は始まった。
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