第9話 不自然

 冬葉は自分の席に座りながら、じっと考え込んでいた。


「...何かがおかしい。」


 彼女は1人ボソッと呟く。いつもと変わらないはずの学校生活において、有と過ごす時間に明らかな違和感がある。いつもなら有との触れ合いで冬葉の思い通りにならなかったことなどないはずだった。


 それが、今日はどうだろう?冬葉の行動は、全て失敗に終わり、ついには放課後になってしまった。


 せめて、放課後くらい有を捕まえようと帰りのホームルームが終わってから全速力で有の元に駆け寄ったが、なぜか床があり得ないほど滑りやすくなっており、冬葉は有を通り過ぎて窓ガラスにびたんとぶつかってしまった。


 おかげで今、冬葉のおでこには大きなたんこぶができている。有は窓ガラスにぶつかった冬葉を心配そうに見つめて、これあげる。と絆創膏をくれたので、冬葉はたんこぶに有からもらった絆創膏をつけて事なきを得ている。


 有からもらった絆創膏をつけた自分のたんこぶをさすり、えへへへ。と可愛らしい笑顔を浮かべる冬葉。有が私だけを心配して絆創膏をくれるなんて、有は本当に私だけの事が大好きなのね。とどんどん妄想が膨らみ、それにつれて顔も緩み切ってゆく。最後には、きゃーーー!!と言いながら足をばたつかせる冬葉。


 放課後のクラスに残っているクラスメイト達は、心配そうに冬葉を見つめている。そして、チャイムが鳴った。チャイムと同時に冬葉はハッとする。今、彼女が考えるべき事は有と過ごす時間に感じた違和感についてなのだ。


 冬葉は自身の頬を両手で叩くと、再度、違和感について考える。冬葉は、最初から1日を思い返してみる。


 まず、1番最初に起こったのは、冬葉が大切に育てていた家族、ユウ・ローゼンタール伯爵の失踪だ。有のほっぺをむにむにとしていた際に、あの立派な毛が抜けてしまったのだ。


 冬葉は、ユウ・ローゼンタール伯爵の失踪を事故ではなく、事件と捉えている。ユウの頑丈さを冬葉は身をもって知っていた。しかし、ユウの失踪が事件だと裏付ける証拠はない。


 冬葉は、次に起こった事に考えを移す。次に冬葉が有と触れ合った時間は、給食の時間である。


 いつもなら、冬葉はストローに口をつけ、少しだけ牛乳を飲んだ後、それを有の席に持っていく。有は牛乳が嫌いであるが、好き嫌いを克服させるという名目の元、有に冬葉の分の牛乳を飲ませる。


「冬葉ちゃん。僕、牛乳は苦手なんだよ...。それに、自分の分は自分で飲もうよ...。」


 そんな事を言ってくる有に対して、冬葉は、牛乳を有の口に押し付ける。


「あんたが好き嫌いを克服するまで私はやめないからね!」


 さらに有の口に、自分が口をつけたストローを押し付ける冬葉。うぅ、と有はうめき、最後は根負けして冬葉の牛乳をチューチューと吸う。そんな有を見ながら、冬葉は得体の知れないゾクゾクとした感情に襲われる。


「そうよ、有。あんたは、私のミルクで体を大きくするんだからね。」


 そんな風に、有に牛乳を飲ませるのが常だったはずが、今日の給食の時間はどうだっただろうか。いつものように、有に牛乳を持っていく所まではよかった。しかし、有に牛乳を押し付けようとした途端、見えない反発力に牛乳が押し返されたのだ。


 そして、押し返された牛乳は見事に床に落ちる。牛乳でびしょびしょになるクラスの床。そのまま冬葉は先生に怒られ、涙目で床を掃除する事になった。


 見かねた有は、冬葉と一緒に床を掃除したが、その時も冬葉は有の隙を見計らう。


「あぁ!手が滑っちゃったぁ!」


 大声でそういうと冬葉は有にこぼした牛乳をぶっかけようとする。しかし、その牛乳は見えない壁に阻まれ、またしても牛乳は有に届かない。何も気づかないまま床を拭き続ける有。


 そんな有を見て、まぁさすがに手伝ってくれてるのに牛乳をかけるのは筋違いよね。と冬葉は反省し、黙々と床を拭いた。

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