毒の怪物

 町に着いた時には、バジリスクは壁を乗り越えて中に侵入していました。町の人々は悲鳴を上げて逃げまどっています。それを、ユーリが必死に大声で誘導し始めました。


「皆さん、こちらに来てください! バジリスクはうちのギルドが退治します!」


 最初はユーリの声に気付く人もあまりいなくて、人々はただ闇雲に走っていたのですが、以前ユーリに助けられたサーニャさんのお父さんが彼に気付き、周りに呼びかけて一緒についてきてくれたおかげでだんだんまとまってきました。今のところ犠牲者はいないようです。ここからは私達の仕事ですね。


「アリスさん、私の十一番目の魔石は大量の水を敵にぶつけるスキルが発動します。魔石が力を発揮するのにかかる時間が約二秒ですので、そのスキルが発動するまでにかかる時間は約二十二秒かかる見込みになります」


「分かりました。そのぐらいなら私のメイドスキルで毒を抑え込めるでしょう」


 仕留めるだけならただ斬りつけたり殴りつければ大丈夫ですが、それでは人間を殺す猛毒を町にまき散らしてしまいます。確実に解毒しながら止めを刺さなくては、大変なことになってしまいます。聞けばアリスさんのスキルにはバジリスクの体液に含まれる大量の毒を中和するほどの水分を出すものは無いそうですので、私の魔石が大量の水を出すまで戦う必要があります。


 とはいえ、相手は蛇の王。本気で戦っても二十二秒で倒すのは厳しいところです。


 つまるところ、私達は全力で戦いながら敵の毒を完全に避け、更に周囲へ毒がまき散らされるのを防がなくてはならないのです。


「いきます!」


 目標を発見しました。蛇の王という異名を持ちながら、その姿は多くの足を持った大トカゲといった姿です。頭に冠のようなトサカがあるのと、蛇の卵から生まれるという説でその名がつけられているのです。


 聖水をふりかけ、私が殴りつけると早速第一の魔石が発動します。ですがバジリスクにはまるで効いていない様子。光に耐性があるの!?


「美味しいお茶をどうぞ!」


 アリスさんが大剣を回転させると、現れたお茶が私に噛みつこうとしていたバジリスクの口に叩き込まれました。するとバジリスクは八本の足で走り出し、建物の陰に逃げこみました。


「はやっ!? というか逃げ回るんですか!」


 これは不味いです。バジリスクは歩いた跡にすら致死毒を残していく厄介極まりないモンスターです。そんなのが走り回ったら、どこもかしこもデストラップで埋め尽くされます。


「任せるでござる! 水遁の術!」


 ザバッと水が地面に撒かれます。カトウさんの方を見ると木桶で水を撒いていました。それ術なんですか?


 なんにせよ、おかげで道が浄化されました。すぐに駆け寄り、次の打撃をバジリスクの頭に叩き込みます。第二の魔石も発動。トカゲは無表情だから効いているのかよくわかりません。


『シャッ!』


 バジリスクが口を開くと、毒液を飛ばしてきました。それをアリスさんが大剣から生み出される聖水で斬り落とします。一発でも食らえばお終いの攻撃を至近距離で防ぐのは、精神的にもかなりきついです。


「このっ!」


 また殴りつけます。殴りプリの私には殴ることしかできません。第三の魔石が発動し、バジリスクはまた逃げました。ああもう、面倒くさい!


 ユーリやギルメンが避難誘導をしている方向に近づいていきます。このトカゲ、ただ逃げているわけじゃないみたいですね。


「水遁の術にゃ!」


 ミィナさんがカトウさんと同じ木桶で水を撒きます。他のギルメンも次々に木桶を持ち、水遁の術でバジリスクの毒を洗い流していきます。


「あなたの相手は私ですよ! 戦えない人を襲って恥ずかしくないんですか?」


 言葉が通じるわけもないのに、バジリスクを非難しながらさらに殴りつけます。第四の魔石が凍結の力を発揮すると、バジリスクが身をくねらせました。効いてる! やっぱり爬虫類なので寒さに弱いようです。


「今のうちに足を減らして動きを鈍らせます! 体液に気を付けて!」


 アリスさんが大剣を翻し、バジリスクの足を一本斬り飛ばします。飛んでいく足とその付け根、二つの断面から毒を含んだ体液が飛び散りました。


「うおおおお、水遁の術!」


 お店の主人、ステファンさんが真似をして木桶で水を撒いています。他にも大勢の人達が必死に水を撒いて飛び散る猛毒を流していきます。


 ありがたいけど、危ない!


「近づきすぎないで! 皆さんは逃げてください!」


 ユーリが必死に町の人々を説得しています。警備の人達にも指示を出して、とにかく避難に専念してくれています。こんなにみんなが頑張っているのに、私はまだ半分もこなせていません。早く次の魔石発動して!


 第五の魔石が発動しました。もう既に数分経っています。なにが二十二秒で発動よ、私のノロマ! 攻撃を当て続けないと!


 焦った私は、自分の動きが雑になっていくことに気付いていませんでした。

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