第052話 森人族の災難(第三者視点)

 深淵の森のさらに西側に広がる森の端で百人近い影があった。


「これより、我らは神樹様の捜索に向かいます。今回は私、シルヴィア・コービン・アールヴが皆を率いることとなりました。よろしく頼みますね。最も可能性が高いのは、神樹様の森よりも東の無の大地の方角でしょう。北には獣の山が広がり、南部は海となれば、必然的に東となるからです。勿論神樹様が空を飛ぶ存在によって移動させられたという可能性もありますが、まずは陸路を探すべきでしょう。神樹様を我らの手に!!」

『神樹様を我らの手に!!』


 彼らは神樹こと最上位精霊であるシルを探すために組織された、森人族エルフの探索部隊である。


 その部隊は、シルの移動が発覚してすぐに彼らが住む、アールヴ大森林の中にある森人族のいくつもの集落の長が集まって行われた長老会議によって選抜された。


 集められた森人族は精鋭と呼ばれるような人材ばかり。それだけ彼らがシルの捜索に本気だと言うことが分かる。彼らは今、自らの森を出てまさに旅に出ようとしていた。


 部隊は五人一班で構成されており、それぞれのグループを班長が率いている。


「まずは神樹様の森に入ります。神樹様が不在となられたおかげで霧が薄くなっていますが、虫モンスターや食人植物モンスターに、毒性の強い木の実や果物などは健在です。ゆめゆめ油断することのないように!!」

『はっ』

「それでは行きましょう!!」

『御意!!』


 リーダーであるシルヴィアの号令によってエルフの精鋭たちが深淵の森の中へと一人また一人と侵入していく。


 森人族は木の枝から木の枝へと身軽に飛び移り、森と同化し、危険な植物を避けながら、虫モンスターと鉢合わせないように慎重に進む。


 彼らにとってこの森の虫モンスターが一番の脅威であった。この森に生息する虫のモンスターは全てAランク以上に相当する怪物たち。


 いかに人間に比して魔法や弓などの戦闘力が高い森人族と言えども、一匹程度ならまだしも数匹が群れているとなれば全く手も足も出ない。


 止まりなさい!!


 シルヴィアのハンドサインで部隊が各々の班で固まって気の影に隠れて息を潜める。


―ブゥウウウウウウウウウンッ


 彼らの視線の先に現れたのは、凄まじい羽音と共に恐怖を運ぶ巨大なハチ型モンスターで、森人族の間ではイービルビーと呼ばれている。


 しかも数匹どころか数十匹は付近を飛び回っている。もし一匹に見つかれば、全ての仲間が一斉に地の果てまで追いかけてくることだろう。


 イービルビーは蜂蜜を作るハチ型モンスターの一種であり、彼らの作る蜂蜜はその希少性と美味しさ、そして性能によって、とんでもない高値で取引されるが、森人族にとってイービルビーとはその名の通り、悪魔のような存在。


 彼らの巣に手を出すことは、自ら死にいく自殺願望者であると言っているのと同義である。しかし、それほどの相手でも人間はその欲望を持って蜂蜜を得ようとする。その辺りが、森人族に人間はおろかだと言われる所以の一つでもあった。


 ただ、森人族はその長い寿命による経験から、イービルビーに見つからないようにひっそりと移動する術を編み出している。勿論それでも巣に近づくことは非常に困難であると言わざるを得ないが。


 慎重に、ゆっくりと一班ずつ進みなさい!!私が先導します!!


 シルヴィアは様子を見ながら、各班の班長に向けてハンドサインで指示を出し、彼女が先頭に立って、気配を消し、足音を消し、森と同化しながらイービルビーに見つからないように彼らが徘徊する地帯を抜ける。


 ふぅ。これで全員ですか……。


 シルヴィアの後に続いて全ての班員がその危険な領域を突破したことで、彼女は全員が無事だったことに安堵した。


 それから幾度となく、虫型モンスターや食人植物モンスターが徘徊する場所の遭遇したが、シルヴィアの指揮と、班長達の奮闘によってどうにかやり過ごし、何とか森を横断することが出来たのであった。


「な、なんなのあれは……」

「か、壁?」

「いえ、城壁!?」

「一体いつの間に!?」

「これでは先に進めないわ!?」


 しかし、森を抜けた彼らの前に信じられない物が現れる。それはアイギスとソフィが作った不変の地盤による城壁であった。二十メートル程の高さを誇り、攻撃などは一切通用しない、難攻不落の壁だ。


「落ち着きなさい!!まずは敵がいないか探りましょう。いないのであれば入り口を探してください!!」

『御意!!』


 何処までも伸びているソレに、彼らは絶望的な表情になったが、シフヴィアの号令により、正気に戻って指示に従って行動を起こす。


「どうやらこの付近には何もいないようです。そして城壁には一か所だけ入り口はありました」

「分かりました。そこから侵入して中を探りましょう。まずは私達、一軍が様子を窺います。二軍はここに残ってください」

『御意』


 部下の報告を受けたシルヴィアは何かあった時のために部隊を半分に分け、無の大地、つまりアイギスの牧場へと侵入していく。


「あれは……まさか!?神樹様!?」


 敷地内に入った途端、何もなかったはずの大地に巨大な大樹が目に入り、その気配を受けて、シルヴィアはその大樹がシルであることを感じ取った。


「すぐに二軍を呼んでくるのです。特に周りには何もなさそうですから、全員で神樹様の元に向かいますよ!!」

「はっ!!」


 辺りは掘り起こされたような形跡があるものの、何もない平地。敵らしき存在も見えず、問題ないと判断したシルヴィアはすぐに森の端に残っていたメンバーを呼び寄せ、シルの元へと走る。


「きゃあああああああっ!?」


 しかし、彼らの耳に仲間の悲痛な叫びが届いた。


「止まりなさい!!周囲を警戒して!!」

『了解!!』


 すぐに止まって班ごとにまとまり、背中合わせで視界を無くして警戒する。


「ぎゃああああああああっ!?」

「うがぁあああああああっ!?」


 しかし、それにもかかわらず、一人また一人と仲間が悲鳴と血しぶきを上げてその場に倒れ伏していく。


「失敗です……」


 彼女たちは森人族。森の中でこそその力を発揮する。しかし、ここには隠れる場所も何もない。これでは彼女たちの力を活かすことはできない。その上相手は正体不明の不可視の存在。もはやなす術はなかった。


 彼らは一方的に蹂躙され、嬲られる。


 ただ、彼らの主によって虫以外が入ってきた時は殺すなと命じられていたことが森人族にとっては幸いだったと言えよう。


「ウォオオオオオオオオオンッ」


 全員が動けなくされたところで、その見えなかった存在が遠吠えと共に姿を現す。白銀に輝く体毛に大きな体躯の狼。


「シルバーフェンリル……」


 森人族の一人がその姿を見て呟く。


 シルバーフェンリルは一匹でもSランクに相当するモンスター。それが群れともなればSSランクにさえ匹敵する。


「バカな……あれは獣の山でベヒモスの支配下にあるはずじゃ……」

「ガォオオオオオオオオオンッ」


 怯えと共に吐き出された言葉はまさにフラグ。その直後に巨大な影が彼らの前に現れた。それはベヒモスのチャチャであった。


『ひっ……!?』


 その威圧感に森人族たちはガクガクと震え、中には失禁してしまう者も。彼らの戦意はもはや微塵も残っていなかった。


「流石にやり過ぎじゃないか?」

「こんなものであろう」


 そこに現れた場違いな落ち着いた二つの声。


「た、助けて……」


 まさに天の助けと言わんばかりに助けを求めるシルヴィア。もはややってきた二人の会話も耳に入っていない。


 彼らこそがここの主であり、ここを守るシルバーフェンリルやベヒモスの主人。アイギスとソフィーリアであるというのに。


「ようこそ、ウチの牧場へ。歓迎する」


 アイギスは初めての訪問者を笑顔で出迎えた。


『ひぇ……!?』


 しかし、森人族はその笑顔をみるなり、失神してしまった。


 後にシルヴィアたちが語る所によると、その男の笑顔は、シルバーフェンリルよりもベヒモスよりもさらに強大で恐ろしかった、と。

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