第020話 女王の驚愕(第三者視点)
時間は森の全てを支配する木の精霊の女王が、深淵の森の霧の濃度を最大まで引き上げさせた時まで遡る。
「ふふふふっ。これであの人間達は当てもなく、この森を彷徨うことになるはずです。そして疲弊したところで森の恵みを食べさせ、一網打尽にしましょう」
深淵の森の女王は、アイギスとソフィーリアの二人の様子を見ながら、二人を破滅させる瞬間を今か今かと楽しみに待っていた。
先ほどは霧の濃度が薄くてお互いの位置が分かってしまったが、これならほんの少し離れただけでお互いが全く見えなくなる。
それに、森の中の見通しが悪く、どちらが入り口で、どちらが出口なのかさえ分からなくなったはずだ。
だから、彼らは何処にも辿り着けずいつまでも森の中を彷徨い歩き、その視界の悪さと、どこにも辿り着けないストレスでどんどん精神が摩耗し、歩き回ることで体力をすり減らしていくはずだった。
「おかしいですね……」
しかし、女王はある時、不可思議なことに気付く。
それは、暫く見ていたが、彼らは当てもなく歩いている様子がないということ。まるであの霧の中で森の様子を明確に認識し、何かを探しながら歩いているように見えた。
「まさか……あの霧の中、森の様子がはっきりと見えているとでも……?」
女王の頭にありえない仮定が思い浮かぶ。
「いいえ、あの霧は私達精霊が力を合わせて編んだもの。人間如きがどうにか出来るような代物ではないはず。そんなことありえませんね」
しかし、次の瞬間には女王は首を振ってそのありえない仮定を頭から追い払った。世界最強の竜種ですら惑わす自分たちの迷いの霧。それが人間に破られるはずはない。
そう考えたのだ。
「はっ?」
しかし、彼女は驚愕することになる。
女王が彼らを弱らせた後で誘導して食べさせようと思っていた果物まであとは百メートルほどになった時、彼らは明らかにその果物に向かって真っ直ぐに歩いていた。
その上、果物の場所に辿り着いた彼らは喜んでいたのだ。
それはつまりやはり先程の仮定は正しく、彼らは森の中が見えていて、果物を探して森の中を歩いていたということ。
「一体どうやって霧を破ったというの?」
女王には彼らが霧をうち破った方法が全く分からなかった。
でも、それはそれとして、今は非常に好都合。彼らがあの果物を食べてしまえば、彼らはそのまま深い眠りに落ちてしまうのだから。
「あ、食べましたね!!ふふふふっ。これで手間が省けます!!」
女王はアイギスがその強力な睡眠薬の如き果物を齧って飲み込んだのを見てほくそ笑む。それがぬか喜びになるとは知らずに。
「え?」
その後の二人のやりとりを見て可笑しなことに気付く。
「なんで寝ないのですか!?」
そう。それはアイギスが一向に寝る様子がないということだ。
あの果物は常人であれば、欠片を飲み込んだだけで、意識を失ってその場に倒れてしまう程強力な毒性を持っていた。
しかし、アイギスは欠片どころか大きく齧って全て飲み込んだというのに、全く気を失う様子がない。
それどころかソフィーリアと苦笑いを浮かべながら話している光景が映し出されている。
「一体何がどうなっているのですか?」
女王には目の前の光景が全く理解できなかった。
「あの者は本当に人間なのですか!?」
それから幾度となく、一般的な人間であれば、ほんの少しで麻痺したり、目の前が見えなくなったり、精神がおかしくなったりと、様々な効果を持つ果物や木の実をバクバクと食べているにも関わらず、アイギスに全くその効果が表れている様子がなかった。
そのせいで女王は思わず叫んでしまった。
「ええい!!こうなったら実力行使です!!」
もうこうなっては直接あの人間を攻撃するしかない。
そう考えた森の女王は、森に棲む通常の虫とは思えないほどに大きいモンスターと化した虫達を餌の匂いによって誘導してアイギスにぶつけることにした。
虫の中で一番近くに居たのは大きく育った蚊。それが五匹。
まずは彼らをアイギスにけしかけることにした。血に似た匂いを漂わせてアイギスの方に誘導する。
「ふふふっ。あの子達に掛かれば、あの二人も干からびたミイラのようになるでしょう」
誘導に成功した女王は二人がやられた姿を想像して思わず笑みを浮かべた。
「はぁ!?」
しかし、その目論見も外れてしまう。
「もうなんなの!?あの人間!?毒は効かない。モンスターの攻撃も効かない。一体どういう体してんのよ!!」
目の前の余りに理不尽な存在にいつもの澄ました口調を保つことも出来ない程の取り乱す女王。
「あぁああああああ!?もうわけわかんない!!」
その後にけしかけた虫モンスターもその悉くがアイギスにダメージを与えられず、一方的に殺されてしまう始末。
女王はあまりに意味不明な状態に匙を投げてその場に寝転がった。
「はぁ……でも、私の今の体が限界の時に、あのような人間が来たのも何かの縁なのかもしれませんね」
彼女はもうすぐ寿命を迎えようとしていた。
しかし、それは終わりではない。彼女が自身の依代としている古い身体を捨て、新しい種に宿り、その種が成長すれば再び新しい依代を得て復活できるのだ。
所謂転生と言うやつだ。彼女はもうそろそろその転生する時期に来ていた。
そんな時に状態異常も虫の攻撃も効かない人間がやってきたことに、女王は運命的な何かを感じた。
「最後に
女王は帰ろうとしている二人の姿を見ながらひとり呟く。彼女はアイギスを見て何か考えを思いついたようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます