第6話 当たっちゃう人

 母さんが還暦を迎えたころ、老眼鏡が必需品となった。


 だが、普段はメガネをかけない。

 本を読むときや新聞を読むときぐらいだ。


 だから、よく眼鏡を忘れがちだ。

 肝心なときに「あれどこやったかな?」と言っている。


 あと酔っぱらって、何回か電車に忘れてきたこともある。


 それを見ていた僕は、還暦の誕生日プレゼントはメガネの紐にしようと思った。

 しかし、母さん曰くダサいから好きじゃないとのことで……。


 僕はおしゃれな紐を探しに、博多まで足を運んだ。


 いろんな眼鏡屋さんに行って「おしゃれな紐ないですか?」と聞く。

 店の人はこぞって、難しい顔をしていた。

 半日かけて博多を歩き回ると、やっとのことで、それらしき店を見つける。


 若い女性店員で、眼鏡屋ということもあって、自身もピンクのめがねをかけていた。

 背が小さくて細身の可愛らしいお姉さんだと思った。


 僕が声をかける。

「すいません。おしゃれな紐ありませんか?」

 お姉さんは優しく微笑む。

「何点かございますよ」

 そう言うと、店の奥から何本か紐を出してきた。


「これがオススメですね♪」

 お姉さんが出してくれたのは、ピンク色の細い可愛らしい紐。

「あ、いいっすね」

「プレゼント用ですか?」

「そうなんです。母の還暦に……」

 言いかけて、あることに気がついた。


 母さんは、けっこう太っている。

 自ずと胸もでかい。

 紐の長さが気になる。


「すいません。試しに眼鏡に紐をつけてくれませんか? 相手は女性ですので……」

 僕がそう言うと、お姉さんは快く引き受けてくれた。

「いいですよ♪ 眼鏡を下ろすとこうなりますね」

 お姉さんは胸元に自身の眼鏡をおろす。

 自然と、眼鏡がお姉さんの胸へ、プニンプニンとバウンドする。

 コンパクトサイズだが、綺麗な形の胸だ。


「ん~ 母だとどうかな~」

 失礼だが、このお姉さんとサイズが違うからな。

「もう一回やってみましょうか?」

 そう言うとお姉さんは何度か、眼鏡をかけたり、下ろしたりを繰り返す。


 その度にプニン、プニン……と柔らかそうな胸が、眼鏡を弾き返す。


「ん~」

 僕はその一連の行為をじーっと凝視する。

「どうでしょうか?」

「そうですねぇ。もうちょっとやってもらえますか?」

「いいですよ♪」


 プニプニ……。


「どうでしょうか?」

「もう一回いいですか」


 プニプニ……。


 それが30分間ぐらい続いた。


 悩んだ末、僕は「一度他の店を回って考えていいですか?」とたずねた。

 お姉さんがニコッと笑う。

「全然構わないですよ~」

 何度も僕の注文を聞いてくれて、いい人だなぁと思った。


 その後、しばらく博多を歩いて考えを巡らせる。


 やはり、あのプニプニお姉さんの店が一番良かったなぁ。


「よし! あそこに決めた!」


 もう一度、お店に戻るとお姉さんが笑顔でお出迎え。


「あ、先ほどの……。おかえりなさい♪」

「さっきのやつ、ください」

「ありがとうございます~」


 だが、僕は心配症だ。

 もう一度だけ、お姉さんに言ってみよう。


「すいません、不安なので……。もう一度、紐の長さ見ていいっすか?」

「いいですよ~ ハイッ♪」


 プニン。

 

 ふむ……。


「あの、すいません。もう一度いいですか?」

「構いませんよ♪」


 プニプニ……。


 ハッ!?

 なんてことだ!

 このお姉さん、嫌な顔一つもせずに、接客とはいえ、僕にパイパイをプニプニさせている!?

 それを何度も何度も……。


 まさか! この人、僕に惚れているのかもしれない!?



 

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