第40話

「は…八大竜王……娑伽羅サーガラッ」

「お久しぶりですね…青龍」

 羅刹兵を難なく退けた四人の前に、新たに敵として立ちはだかったのは、八大竜王の一人にして真竜族最強の実力者、竜王『娑伽羅』であった。


 娑伽羅は過去生の青龍が属していた近衛『五彩竜』の隊長であり、また、『彼』にとっては武術や剣術の師でもあった人物である。


 真竜族最強、最高の剣士、そして、七人の竜王を従え、真竜王を護りし最強の盾。


 そんな、穏やかな風貌からは想像もつかない実力の持ち主が、四聖獣の行く手を遮るように立ちふさがってきたのだ。──おそらくは、彼らと戦うために。


 これは、玄武らにとって最悪の展開シナリオで、もっとも忌避すべき最悪の事態であった。


「……娑伽羅竜王」

「玄武、白虎、朱雀、全員お揃いですね。今度は我々がお相手いたしましょう」

 静かな彼の言葉が終わらぬうちに、娑伽羅の隣へ音もなく三つの人影が現れた。現世八大竜王たる、難陀ナンダ和修吉ヴァースキ摩那斯アナスヴィンの三人である。

「本当はあと一人いるんだが…どこでさぼっているのか見当つかなくてね。まあ、ちょうど人数も釣り合うことですし…」

「始めに聞いておきたい」

 透は剣の柄に手をかけたままで、娑伽羅の言を遮って問い掛けた。

「これは真竜王まりゅうおうの意志……なんだな?」


 聖と冴月がそれぞれの目線で透の表情を追う。


 一見、無表情に見える透の顔には、捨てきれない希望にすがるような苦悩がわずかに垣間見えた。

 そう、事ここに至ってもまだ、透は真竜族と戦いたくなかったのだ。もちろん、なるべくなら剣を引いて欲しい、このままここを通して欲しい、そう思い願うのは何も透ばかりではなかったのだけれど。

「もちろんですよ。玄武…我らは真竜王の忠実なる僕。王の意思なく戦うことなど有り得ません。竜族最強という栄誉を賜りし我らが戦うとき…それはいつでも飛竜様のため」

「…………そうか」

 だが、そんな微かに残された彼らの希望は、娑伽羅のにこやかな笑顔にいともたやすく打ち破られた。そして残念なことに、彼のその言葉にも態度にも、訂正の余地など欠片もなさそうであったのだ。

「……なら、仕方がない」

 透は一言凍った声でそう呟くと、迷いもなくすらりと剣を抜いた。

「透………!」

 冴月の瞳に映る透の端正な顔には、一片の感情も人がましい表情も浮かんではいない。まるで人の形をした氷の塊。けれど冴月らには解った。仲間たちだけが知っていた。


 透の心の奥底で、抑えきれぬ様々な感情の嵐が吹き荒れていることを。


 見るものを寒からしめる透の気配。心を殺して戦いへ赴く彼の心情を察して、沈痛な表情を浮かべ心を痛める冴月。そんな彼女の間近で、剣の鞘走る鋭い音が立て続けに鳴り響いた。

「…………っっ」

 ハッと我に返った冴月が、彼らに遅れて剣を抜き構える。

 広大な宮殿に人の気配はごくわずか。


 戦いの最中とも思えぬ静まり返ったその場所で、四聖獣対四竜王の戦いが今まさに始まろうとしていた。

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