第33話

「貴様が知っていること、洗いざらい話してもらおうか」


 口調こそ確かに穏やかではあったが、この時、透の目は凄まじい眼光を放っていた。

聖や大輔が、一瞬たじろいでしまう程に。


 しかし、メーガナーダは、そんな透の姿を、憐れみと嘲笑の瞳で見つめていた。


「くくっ、何も知らされていないのだな?…貴様らの本当の使命を」

「本当の…使命?」

 大輔が不安げな顔で、透とメーガナーダとを見比べる。

「そうだ。結界を作り、人界と人間どもを俺達の手から守る…と見せかけて、実はまったく逆のものを守らされていたのさ。貴様らは」

「まったく逆だと!?つまりてめえは、俺達がこの数千年間、人間でなくてめえら羅刹を守ってきたとでも言いてえのか!!!ふざけんな!!」

 激昂して剣を鞘走らせる聖を、静かに透の手が制した。


 メーガナーダのここまでの発言は、透が長きに渡って疑問に思っていた事への回答に繋がっている。

 ゆえに、さすがの彼も、この時、内心で激しく動揺していたが、表面的にはまるでいつもと変わりない冷静さを装っていた。


「何を知っている?お前たちの本当の目的はなんなのだ」

「はん。これ以上、貴様らに話してやるつもりはない。疑問に思うなら、少しは自分で考えてみるんだな。だが…そうだな。俺を倒した褒美に、あと一つだけ教えてやらんでもない」

「………?」

「玄武、貴様の弟の事だ」

「……っ!!!」

 透の顔は、一瞬で、冷静さを取り繕う事を忘れた。

 心を覆っていた鋼鉄の壁に、隠しようもない傷が刻まれ、その一言が彼の表情に、人として相応の幼さを露わにさせたのである。

「貴様のような化物に、そんな人がましい顔が作れるとはな…残念だ。この事を知っていたなら、こんな無様な負け方をせずに済んだものを」

 ほぼ無表情で氷のようだった透の顔に浮かんだ「人らしさ」に、さすがのメーガナーダも驚いたようで、彼は、肩をすくめながら心の底から残念そうにそう呟いた。

「てめえ、何を言って…っ」

 とっさに透の前へ出た聖が、首でも絞めかねない勢いでメーガナーダの鎧の襟元を掴む。

おかしそうにクククと笑って、メーガナーダは毒を吐くように言葉を紡いだ。


 それが、透に…いや、彼ら四聖獣に、どれほどの衝撃を与えるか、その効果を楽しんでいるかのように。


「貴様の弟…その皮を被って人の『ふり』をしていた化物…そう、それは、あの、真竜の王…貴様の弟は、彼奴の魂を宿した、人界の器だったのさ…!!」

「な………っ!?」


 メーガナーダの言葉は、三人の心の平野に強大な落雷をもたらせた。


 それは、どんな力で攻撃されるよりももっと激しい、致命的ともいえるダメージと衝撃とを彼らに与えていた。

 そうしてそれが、結果として、本当の意味での致命傷となるところであったのだ。


「………しまった!!」

 メーガナーダは三人の心に穿たれた隙を見逃さなかった。

 彼は、跳ね飛ばされて突き立ったままの己が剣に素早く駆け寄ると、最後の力で剣を引き抜きざま、棒立ちとなった玄武の首目掛けて振り上げたのだ。

「透……っ!!!」

 聖も大輔も間に合わない。透も反応しようとしたが、一瞬の差で彼の剣は、メーガナーダの凶刃を受け損ねてしまう。斬られる!!その場にいた誰もが───透でさえも───そう覚悟した。だが、

「ぐふっ…」

 断末魔の声を上げて地に伏したのは、透でなくメーガナーダだった。

「…透っ、無事か…っ!?」

「聖…大輔…」

 駆け寄ってきた聖と大輔は、すぐに透の無事を確認するが、メーガナーダの最後の一撃を止めた力がなんなのかは解らなかった。


 剣を握ったまま地に横たわるメーガナーダの死体。

 その背中には、見慣れない形の短剣が突き立っていた。

 それは、おそらくメーガナーダを、地面へ縫い付けるほどの勢いで放たれたのだ。でなければ、猛烈な勢いのあの一撃を、透にかすらせもしない様に無効化する事などできはしない。


「一体…誰が…」

「………」

 三人は一様に周囲の気配を探ったが、そこに、彼ら以外のまともに動ける存在は感知できなかった。

後には大きすぎる謎と事実と、不条理な敗北感だけが残された。



 決着は、一瞬一秒の差であった。


 ぽたりと、赤い血が大地に染みる。

それから僅かの間をおいて、力を失った柔らかな身体が、座り込むように膝から地面へくずおれた。

「…紫龍」

 冴月は彼女の身体を支えると、地面へゆっくり横たえさせた。

「紫龍…どうして…」

 伏せられていた瞼が動くと、紫の瞳は冴月を見つめた。冴月はそんな彼女の頭を、自分の膝の上でそっと抱え込む。せめて痛くないよう、苦しくないようにと祈りながら。

「せ…青竜、約束だ…あたしが知っている事は…すべて…」

「紫龍…苦しいのなら、もう喋らなくていい」

 涙をこぼす冴月を、紫龍の目が優しく見つめていた。彼女は、血に塗れた手を差し出すと、はっきり見えない眼で冴月の手を探った。自身の全てを伝えるために。

「私はここよ。紫龍…」

 見当違いな方向へ彷徨う彼女の手を、冴月は両手でそっと包み込んだ。


『これでやっと…伝える事が出来る…』


 震える紫龍の手から、明確な心が伝わってきた。

『あたしの記憶を…想いを…そして、あたしが犯した、罪の全てを…』

 心を通した言葉が終わると同時だった。


 紫龍の記憶が重ねた手を介して、凄まじい勢いで冴月の中へ流れ込んできたのだ。

そして、冴月は見た。紫龍という名を持つ女の、記憶と、歴史と、すべての想いを。

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