第22話

「…なに?夜叉族が?」


 その日の夕刻、自室で休んでいたメーガナーダの元へ、カラー率いる夜叉族軍の全滅が告げられた。

王城の外では二つの太陽がすでに地平へその身を没し、代わりに巨大な白い月が濃紫の空に君臨している。

「……………チッ」

 メーガナーダは知らせを聞くなり舌打ちをしたが、すぐに城の下層へ副指令を努める弟ヴィビシャナを呼び出し、今後の戦略と作戦について話し合った。

「あまり手駒は動かせん…人界へ戦力を送りすぎた。それにしても、奴等は方針を変えたらしいな?」

「……そうみたいですね」

 聖獣は六千年前までの戦闘では、羅刹とそれに属する一族を世界の奥地へ追いやるだけで、滅ぼそうとまではしなかった。そのことをメーガナーダが指摘すると、ヴィビシャナは静かに肯定した。

「だが今回は違う。現に奴等はすでに夜叉族を滅ぼしてしまったのだからな」

「……半分は父上がやったんですよ?」

 悲痛な顔でヴィビシャナが反論する。


 彼は性格異常者の多い羅刹族の中では、比較的まともな性格と常識とを持ち合わせていた。

『羅刹の良心』というのが、そんな彼に与えられた別名である。


「それが最初からの約束だ。仕方あるまい?…夜叉の馬鹿息子めが。四人のうち一人でも倒しておれば、今後の戦いが楽になったものを…」

 思い出したように、メーガナーダが憤慨する。

「にしても惨いですよ。夜叉族の村に残された女子供まで虐殺するだなんて…」

「…なにが言いたい?」

 険悪な雰囲気が二人の間に漂った。

「私はただ、あまり過ぎた恐怖心を配下に与えるのは、結果として父上のためにならないと、そう言いたいだけですよ」

「ふん。臆病者が。配下の者だと?あんなもの、我ら羅刹の捨て駒に過ぎん。気遣いなど無用だ。反逆するなら皆殺しにする…ただそれだけの事ではないか」

 どうやら兄弟の間には、埋めがたい溝が深々と穿たれているようだった。

 その上この溝は、あまりにも深く、広すぎて、おそらく生涯二人が、相手を理解し合う事など有り得ないと思われた。


 少なくとも、互いが生きている間は、決して。


「話が逸れた。お前の戯言はまた今度聞いてやる」

「結構ですよ。どのみち理解などして頂けませんから…それより、四聖獣ですね」

 ヴィビシャナは端正な顔に、微笑みを浮かべて兄と向かい合った。

 途端にメーガナーダが、嫌そうな表情を垣間見せる。父王と生き写しの容姿を持つ彼にとって、コンプレックスを刺激する弟のこの顔も、弟を嫌いな理由のひとつなのだ。

「どうします?今度は誰を差し向けるか。兄上には、何か考えがあるんじゃないですか?」

「ふん。もう、決めてあるさ。当然な」

 メーガナーダは窓を開いてテラスへ出ると、城下のとある一角を見下ろした。

夜空の月が照らすその森の一角には、居城を追われた真竜族の現在の王宮がある。


「裏切者を使わせてもらうのさ」


 白銀の月光に、酷薄な微笑が浮かび上がっていた。



 炎が揺れていた。


 熱く燃える赤い光の中に、同じ光景を見ていた四人は、長い旅路による疲れのためか、皆、深い眠りに落ちていた。

 ──否。たった一人、後悔を胸に残した、聖を残して。

「済まない…俺が、俺の…せいで」

 聖は目を閉じて横になっている透へ、聞こえるか聞こえないかの小声で、初めてその後悔の胸の内を告白した。

「俺が付いていながら…俺が、側にいて…あいつを死なせて…」

 そう。あの時からずっと、彼は後悔し続けていたのだ。今まで誰にも、それを言えなかったけれど。でも、ずっと、ずっと、心で後悔し続けてきたのだ。

「すまん…透…っ」


 そして許せなかった。

 側にいて、守ると約束したのに、守り切れなかった自分を。


 何よりも大切な弟の身を『任せる』と言ってくれた透の信頼を、最悪の形で裏切ってしまった己の不甲斐なさを。


「気にするな…」


「透…?」

 眠ったとばかり思っていた透が、そんな聖の独白に返事を返した。『聞かれていた?!』そう焦った聖は、慌てて己の情けない半泣き顔を取り繕う。

「龍二はお前が好きだった」

 だが、透は一向に目を開けるような素振りを見せず、横になった体もそのままにして喋り続けた。

聖を気遣っているのか、まるで、『これは寝言』だ、とでも言うように。

「兄である俺と同じように、龍二はお前の事を慕っていた。そんなお前がいつまでも自分の事で苦しむのを、あの子は決して喜ばない」

「透…」

 パチリ、と炎の中で木がはぜた。そして、張り詰めていた何かが、聖の胸から抜け落ちる。

「だから…もう、気にするな」

 パチパチとはぜる木の音に混じって、聞こえてくる小さな嗚咽。痛いほどの、透の優しさ。それはいつまでも、いつまでも、聖の心に響いていた。



 巨大な月が、笑っていた。彼らを、嘲笑うように。

その、ほの白い月光の中に、女の姿を浮かべたまま。

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