第20話

 ──東の果て。

 青龍門をくぐり抜けた四人の前に、世界のほぼ全土を占める赤茶けた大地が広がっていた。


「ひゃあ。荒廃しきっちゃって、まあ」

 呆れた口調で正直な感想を漏らしたのは、燃えるような赤毛と、ルビーのような瞳をした、活発そうな少年である。

「昔、楽園と言われたもんだがな。この世界も」

 次に感慨深げな呟きを口にしたのは、一見軽薄そうに見える美少年だった。目深に被ったフードの下には、陽光にきらめく銀の髪と、皮肉に歪めた青い瞳が隠されている。

「でも、懐かしいわ…」

 青銀の長い髪を異界の風になびかせ、美しい少女は、深い藍色の瞳を細めてそう言った。彼女にとって、この世界こそ生まれ育った故郷であった。

「さあ。まずはこの青龍門を完全に封印するぞ」

 闇色の瞳を持つ少年が、青く光る巨大な門を見上げながら、先の三人へ手早く指示を出した。他の三人の仲間達と違って、彼だけが、フードの下に見える肌が黒い。


 ───東西南北、四方の護り手、門の守護獣『四聖獣』

 ここに今ある姿こそ、彼ら四聖獣の本来の姿であった。


 といっても、もちろん基本的な顔の造作や、姿形などの作りは元のままそれほど変わりはない。

 だが、髪の色、瞳の色、肌の色といったものだけが、神霊界へ入った途端、見る間にこのように変化したのである。そう。つまり彼らの真の名が示す通りの『色』へと。


朱雀は、燃えるような赤。

白虎は、雪のような白銀。

青龍は、冬空のごとき青銀。

そして玄武は、闇よりも暗い黒へと。


「四神結界。異界への道よ封門せよ。青き龍の名と、その刻印の元に」

「封門せよ」


 『青龍』冴月の紡ぐ結界呪を、透を始めとする三人の声が唱和する。

四人それぞれが胸に抱く人界での思い出と共に、修復された青い門は閉じていく。


 今度こそ永遠に、開かぬように。


「死にに来たとは、いい度胸だなあ」


 門が音もなく完全に閉じた時、それを待っていたかのように、そんな無邪気な声が四人の背中に掛けられた。

 凄まじい悪意と、邪悪な気配と共に。



「死にに来たとは、いい度胸だなあ」

 邪気の無い子供の声で、くすくす笑いながら姿無き何者かは四人をあざける。

「覚悟の自殺ってやつかい?それ」

 今までどうやって隠していたものか、声を発すると同時に自然と漂ってきた魔力の気配は、並大抵の魔物が持ち得る容量ではなかった。

「なに言ってやがる!」

 聖が真っ先に反応して振り返ったが、辺りは見晴らしのいい平原で、四人の他に動く物の姿は見当たらない。しかし、確かに何かの気配はあった。

「ははははは。見つからないよーだ。ははは」

「てめ、馬鹿にしてねーで出て来い!臆病者!!」

 聖の挑発に応えたものか、何もないはずの空間が一瞬、陽炎のように揺らめいた。

「そこかあ!!」

 すかさず聖は斬りかかった。背中に背負っていた剣を、走りながら鞘走らせる。電光のように降り下ろされたその剣先は、見事その何者かの潜む歪んだ『空間』を切り裂いた。


 神霊界の太陽の下、透明な刃を持つ長剣が金の光を弾く。


 数千年の時を経てなお光り輝く剣。人界においては厳重に封印を施され、使うことも抜くことすらも禁じられていた白虎の半身───聖剣『白銀』であった。


「あったりー!!なんてね!」

 切り裂かれた空間から現れたのは、見た目はまだ十二~三歳の、夜叉族の子供であった。

しかし、彼の姿を直視するよりも先に、反射的に四人は身構えていた。

「ひっどいなあ。子供一人に四人がかりで来る気?」

「だあれが子供で、何が一人か!ざけんな、この化物め!」

 確かに大輔の言う通り。なりは子供でも、小さな体から発する魔気は生半なものではなかった。まだ幼い子供の体に秘めた強大な魔力。それだけでもこの子供が、中級以上の魔物であると言うことが判別できる。さらに、

「…たいそうなお出迎えだ」

 四人の周囲を取り囲む、この気配は───

「あれ?もうバレちゃったんだ?ま、いいか。どうせみんな殺すんだし…あ、でも、恨まないでよ?これは正当な仇討ちなんだから」

「仇だと…?誰だ、てめえは…?」

 口に出してそう聞いておきながら、聖にはなんとなく子供の正体が解っていた。

 彼の目の前でニヤニヤと笑う子供は、閉じた目も、長く伸ばした黒髪も、なによりも顔立ちそのものが、最近見たある顔にそっくりだったのである。


 数万の羅刹を率いて人界へ現れ、聖の前で龍二を無惨に惨殺した、あの、黒い影の男と。


「僕の名はカラー。夜叉一族の新王カラー。前王にして我が父、貴様らに殺された夜叉王シャニの仇を討つ!!」

 高らかに宣言するのと、ほぼ同時だった。

四人の前へ、数え切れないほどの敵が出現したのは。

「やはりな…」

「待ち伏せかぁ…ちぇっ」

 先刻から感じていた気配。

それはカラーと同じく空間に結界を張って潜伏していた、夜叉族戦士の闘気だったのだ。

「話し合い、の余地はなさそうね」

 青龍の言う通り、彼らは皆一様に武器を構え、殺気をみなぎらせて四人を取り囲んでいた。どう説得したところで戦う事になるのは目に見えている。

 それにしても、数の上でもそうだが、戦術的にも敵に一歩先んじられた感はいなめない。

状況は完全に四人に対して不利だった。


───しかし、


「丁度良い。俺もてめえの親父には貸しがある」

 そんな不利な状況を前にしても、聖の目には不敵な笑みが浮かんでいた。

それは、他の三人にも共通した事だったが、

…ただ一人、聖の瞳にだけは何故か怒気の色があった。

「貴様の親父に奪われたもの、その代価…それを」

 彼の網膜の奥には今も、護り切れなかった少年の姿が、彼を情容赦なく殺した男の嘲笑が、そして無様で情けない己の姿が、痛いほど強く焼き付いていたのだ。

 そんな聖の目の中で、男の姿は、眼前に立つ子供の姿と、寸分の違いもなくぴったりと重なり合った。

「今こそ、返してもらうぜ!」


 神霊界最初の戦いは、こうして始まったのである。

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