第18話

 それから始まった長い長い戦い。


 最後にからくも勝利を得たのは、四人の戦士であった。だが──


 ここでもまた、真竜族が降伏した時と同じような事態が、青龍の前に立ちふさがったのである。


「なぜだ?…このまま攻め込めば羅刹王を討てる!なのに、どうして危険を承知で、『次空封印』をしようとするんだ?玄武!!!」

「青龍。私たちは、羅刹を滅ぼすために来たのではない。奴等を滅ぼすことなく、この神霊界を人界から引き剥す…そのためだけに天から遣わされてきたのだ」

 羅刹族をことごとく世界の奥地へ退け、人界への四つの接点を内側から封印する。

あくまでそれが、自分たちに課せられた使命であり、行使できる力の限界でもあるのだ。

「そんな………ッむ

 静かな声でそう諭す玄武であったが、そう言う彼の中にもまた、青龍と同じ疑問や反発が渦巻いていた。

「では玄武…最後の門を封印した後、あたし達はどうなるの?このまま神霊界へ残って、羅刹どもに殺されるのを待てって言うの?」

 杓子定規な玄武の応えに、赤毛の美女朱雀が反論する。

「そうだぜ玄武。俺達は封印の完成後、一切の戦闘を禁じられている。…天界へ戻れる訳でもねえってのにさ?…つまり、俺たちは野望を阻止されて怒り狂った連中に、ここで殺されてやるしかねえってこった。そんなのやだからな?俺」

 銀髪を揺らして、長身の青年白虎も賛同した。

「……」


 『羅刹を倒せ。だが、決して滅ぼしてはならない』

そう、世界の創造主たる神は彼らに、そんな矛盾した厳命を下していたのだ。


 理由はわからない。知らされていないからだ。


「どうする?玄武」

 完璧な封印は神霊界側からしかできない。

しかしこちら側に残る事は、すなわち完全な『死』を意味する。彼らに残された選択肢は、二つに一つ。


 神命に殉じて封印完成後、羅刹の手によって惨殺されるか。

封印を放棄して人界へ逃れ、弱いながらもそちら側から封じてみるか。


 しかし、それはどちらを選んでも何らかの問題の残る、およそ完璧とは言い切れぬ選択であった。


「玄武…」

 事態は逼迫していて、のんびり悩んでいる時間はない。

 だが、玄武はとっくの昔に決断していたのだ。二つの選択のどちらでもない、第三の選択を。

「お前達は人界へ行き、今後もあちらから封印を護れ。私が残ってこちら側の封印は完成させる」

「な…っ!!」

「馬鹿言わないで、玄武!!」

「そんなことをしたら…っ」

 動揺する三人に、玄武は優しく微笑んで見せた。

微笑の奥の瞳が、彼の決意の堅さを映している。

「………玄武…ッ」

 白虎らは悟らざるを得なかった。玄武の決心がどんな説得をも受け付けないであろう事を。

だが、そうと知っていても言わずにはおれなかった。

「格好つけやがって…玄武だけにそんな真似させられるかよ?」

 白虎も、そして朱雀も青龍も、皆気持ちは同じであった。

 皆、大切な仲間を犠牲にしてまで、その命を生贄として差し出してまで、生き残りたいなどとは思わなかったのである。


「これは命令だ。どうあろうと従って貰う。さあ、急げ、羅刹が迫りつつある」

「だけど…玄武」

 玄武に注意を促されるまでもなく、白虎らも羅刹の気配は感じていた。それが凄まじい大軍であることも、着々と近付く魔力の大きさで計ることができる。と同時に、残された時間が少ないということも…。

「…お前達の気持ちは受け取った。ありがとう。…私の事なら心配はいらない。だから、早く行…」


「四人揃ってこその『四獣結封印』だろう?玄武が死んでは意味がない」


 涼やかな声は唐突に、悲嘆に暮れかけた四人の耳へ飛び込んできた。


「な…っ!」

 慌てて声のした方向へ振り返った四人は、そこに一人の青年がたたずんでいるのを目にして声を失った。

「……っ!!」

 あまりの衝撃に、四人は驚愕し、強く警戒して身構えた。青年は鋭敏な感覚を持った彼ら四聖獣に、己の存在と気配とを、ここにくるまでまったく気付かせなかったのである。


 しかも───。


「…ひ、飛竜様…!」 

「え…っ!?」

 それはあまりにも意外な人物であったのだ。


「真竜一族の王が、なぜ…」


 神霊界最強一族の長、ひいてはこの世界で最も強大な力を有する人物が、彼らの前に立つこの美しき王、飛竜なのである。かつては神霊界を治めた英明なる王だが、今では羅刹に仕える一部族の長。


 それがなぜ、今、この時、こんな場所に現れたのか。それも、供も連れずに、たった一人で。


 しかも彼は、四人に思わぬ提案を打ち明けたのである。


「ここは私が引き受けよう。四人で人界へ行くがいい」

「な…っ?」

 青龍を除く三人は、謎と疑念に混乱を深めつつ、なおも彼の真意を計ろうとした。

「何を考えてやがる?お前は敵側の人間だろうが?!」

 長く美しい黒髪。均整の取れた細身の体。筆舌にし難い、男とも、女ともつかない美貌。『神霊界の至宝』とまで呼ばれた美しき王は、短絡的な白虎の問いに、ひだまりのような微笑みで応えた。

「私は青龍を殺したくない。そのために君達を助けようとしている…それでは理由にならないか?」

「飛竜様…」

 驚き困惑する青龍を押し退け、玄武が前に出て飛竜と直面する。

そしてその目が、一瞬、微笑む飛竜に対して探るような険しい視線を放った。


 彼の提案と、彼自身が、果たして信頼するに足るかどうか、見極めようとするかのように。


「さて、玄武?…どうする?私は君さえ良ければ、ここの封印を引き受けても良いと思っている。君はここへ残って自らの命を掛けた『滅封印』を施そうと思っていたんだろうけど、そんなものがほんの時間稼ぎに過ぎないことを、君自身が一番良く解っているだろう?」

「……」

 飛竜の指摘をこの時、玄武の目は無言で肯定していた。そんな彼に飛竜は、開いたままのゲートを指差しながらこう言った。

「だったら今は私を信じて、ここから四人揃って行くがいい。人界へ…」

「馬鹿言わないで。信じられる訳ないでしょ!貴方は…」

 間発入れず反論しかけた朱雀を、玄武はただのひと睨みで黙らせた。不満そうに口を閉じる朱雀だったが、目には飛竜への疑惑の念が込められている。

「…解った。貴方を信じさせてもらう」

「玄武!本気かよ?!」

 意外な決断に白虎が口を差し挟むが、それに対して玄武は場違いなほど明るい声で答えた。

「なんとかなるさ。さ、時間がない。行くぞ」

「…なんとかっ…て…」

 毒気を抜かれた白虎と朱雀は、唖然とした表情のまま、玄武に引きずられる様にしてゲートへ向かった。そして問答無用とばかりに、次々とゲートに放り込まれて人界へ旅立っていく。


 ───敬愛する飛竜の存在に後ろ髪を牽かれ、去り難い心境に陥った青龍ただ一人を残して。


「飛竜様…大丈夫なのですか?そのような危険をなされても…。もし、羅刹どもに知られたら…」

「心配は無用だよ。さあ、お行き」

「で、でも、いえ、やはりいけません。飛竜様にこのような危険を犯させては…」

 そう言って人界行きを拒み始めた青龍の腹へ、戻ってきた玄武は素早く当て身を食らわせた。

気絶する直前に彼が見たものは、限りなく優しい飛竜の顔。


 それは瞳に焼き付くほど美しかった。


「ありがとう…玄武。青龍を頼む」

「私たちの仲間だ。当然だろう」

 完全に気を失う前に、青龍は二人の交わした会話を聞いた気がした。

「君はもう知っているのだろう?…君達の『神』が、どれほど不完全なものであるか…」

「…何のことだか解らないが」

「そう?なら、覚えていて。神が決して全能でも、絶対でもないってことを…」

 遠ざかる意識の中。それは謎めいた、秘密の言葉の応酬に感じられた。そして、


「それから、ありがとう玄武。…私を信じてくれて」


 それが最後の、飛竜の言葉。

なぜかその声は、とても嬉しそうだった。



「飛竜様…」


 冴月の閉じた瞳から、透明なしずくが滴っていた。それを見届けた透の右手が、そっと彼女の額から外される。

「……」

 大きな目を見開いた冴月は、初めて見るような視線で己の周囲を見渡した。

「思い出したかい?青龍?」

「…はい。玄武」

 長い長い『青龍』の記憶が、今は自分の物として心の中にある。

青龍の感じた悲しみや、怒り。苦しみや、痛み、その想いのすべてが、彼女と共にあった。


 今、彼女は『冴月』であって、『冴月』でない者へと、明らかな変化を遂げたのである。

 そう。この瞬間、彼女はどこにでもいる普通の少女『冴月』から、大きな神霊力と使命を負った聖獣、『青龍』となったのである。


「俺たちがこれからどこへ行き、何を成さなくてはならないか…それも、もう解っただろう?」

 冴月が、そして聖と大輔がうなずく。

「時間はない。あの時と同じように」

 透が立ち上がった。釣られて三人も立ち上がる。そして、

「神霊界に行く」

 透の言葉は、まるで戦線布告のように、三人の心を打ち鳴らしたのである。

 ───否。



 これが再びの戦乱の、始まりであったのだ。

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