17話 「宿命の始まり」
ジルたちはその後、十二時間に渡って戦い続けた。すでに日は落ち、真夜中になっている。
この最強姉とこれほどの長時間戦える段階で、『人類最高戦力』という言葉が自称でないことがわかる。
紛れもなく彼らは歴戦の勇士。それすらを超えて伝説級の英雄たちだ。
だが、相手が悪すぎた。
「はぁはぁ…! ぐっ!!」
ついにジルに限界が来た。
『戦鐘』は強いがゆえに自身への負荷も相当なものだ。それを連続で何万と繰り出せば、さすがの彼の肉体も悲鳴を上げる。
両腕の筋肉が裂け、神経と腱が切れ、血が噴水のように噴き出す。
「もう限界みたいね。がんばったほうかしら? それじゃ、今度はこっちの番よ」
パミエルキが強引にジルの拳を振り払うと、腹に強烈なアッパー。
覇気を突き破り、腹筋に到達。
「がはっ…!」
身体中がバラバラになりそうな衝撃を受け、ジルが動きを止めた。
続いて顎に蹴りを見舞い、吹き飛ばす。
これも最初にやられたことをやり返したのだ。このあたりでパミエルキの性格がよくわかるだろう。
ただし、同じことをやり返していても意味がない。
パミエルキの追撃。吹き飛ばされたジルに追いつき、技を発動。
次々と繰り出される蹴りがジルに襲いかかる。あまりの速さのためにパミエルキの姿が十人以上に分裂して見えるほどだ。
覇王技、『
戦士因子10で使える滅属性の蹴り技である。その速さも桁違いだが、もっと桁違いなのはその威力。
まだ覇気をまとっているにもかかわらず、問答無用で蹴りが炸裂した部位を抉り取っていく。
「ぐうううっ! 負けられない! 人の未来のためにも!」
それでもさすがは英傑。かろうじて踏みとどまる。
が、耐えないほうがよかったかもしれない。
パミエルキの右手に、見たこともないほどの膨大な覇気。
しかもそれは―――【赤】
通常、覇気は金色の輝きを帯びているが、なぜか彼女のものは赤く燃え盛っている。
「冥土の土産に教えてあげるわ。覇気にはまだ上の段階があるの。これは『
赤い閃光が迸り、ジルが呑み込まれる。
彼だけではない。まるで巨大なレーザービームのように周囲一帯を巻き込んで崩壊していく。
神技、『不動明王拳』。
至高技すら超え、武神の領域に達した者だけが扱える超絶技である。
「ジル!!」
「あんたもそろそろ終わりね」
パミエルキが右手に結晶剣を生み出すと、一閃。
サムライは剣光気で受けるが―――断ち切る
光気を抉り、刀身である石の剣が破壊され、サムライの身体にまで到達。
幸いながら剣光気が威力を軽減してくれたので致命傷ではないが、胸がばっさり切られて鮮血が舞った。
さらにパミエルキが迫り、闘神と挟み撃ち。
「卑怯じゃないわよね? あなたもやったことだもの」
「いや…そっちは卑怯だろ?」
「やられたら百倍にして返すのが、私の流儀よ」
武器を失った剣士は、少し強いだけの武人にすぎない。
パミエルキの拳を必死によけるが、その代わりに背後から闘神に滅多切りにされる。
「くそ…が!!」
「あら、逃げるの?」
「恥もくそもあるかよ! タイマンなんて張れるか!」
無様に背中を見せながらも、転がるように逃げて距離を取るサムライ。
向かうは、さきほどやられたジルのもとだ。
「ジル、無事か!!」
すべてが灰燼と帰して、広大な森の中にぽっかりと生まれた空白地帯の中心部に、ジルが倒れていた。
慌てて駆け寄り、生存を確認する。
「……マ……タ……ちょっと……だめ……そうです」
「ったく、細身のくせにしぶといやつだぜ! それだけ言えれば上等だ。今助けてやるからな」
まさに「生きていた」と形容するのに相応しいほどボロボロで、完全に虫の息である。
マタと呼ばれたサムライは懐から『石』を取り出すと、ジルの身体に強引にねじ込み、そこで石を破壊。
するとジルの破損した肉体が修復されていく。
「ほら、しっかりしろ。『ハウリング・ジル〈唸る戦鐘〉』の名が泣くぜ。全世界のお前のファンを失望させるなよ!」
「あなた…こそ。代名詞の…石の剣がないじゃない…ですか」
「大丈夫だ。ちゃんと代わりの刀はある」
マタが刀を取り出す。こちらはしっかりとした金属製のものだ。
「やっぱり刀じゃないとな。石の剣でなんて無理無理」
「そんなぁ、あれだけ独自ブランドを展開していたのに…」
「商売だったからな。そんなことは言いっこなしさ。立てるか、ジル」
「ええ、だいぶましになりましたが…」
当然、パミエルキが逃がすわけがない。
彼らの前に立ち塞がる。
「『ハウリング・ジル〈唸る戦鐘〉』、聞いたことがあるわね。たしかたった一人で野良支配者たち数千を討伐した『覇王』ね。そして、石の剣。『石剣王』、マタ・サノス。こちらも『剣王』だったかしら」
彼らが強いのは当たり前だ。なぜならば『世界三大権威』と呼ばれるうちの二人、『覇王』と『剣王』なのだから。
しかし、腑に落ちない。
「ハウリング・ジルは師匠の何代も前の覇王だったはず。マタ・サノスに関しては、もっと前。千年か二千年は前の人物だったはずよ。どういうこと? 偽者? それともただのはったり?」
「そこまで教える義理はねえな」
「そう。じゃあ、こっちから炙り出してあげるわ」
パミエルキが何もない遠くの空間に剣を投げる。
すると―――バリン
「ぐっ……ふっ」
何もなかったはずの空間が、ガラスが割れるように粉々になると、そこから一人の老人が姿を見せる。
今投げた剣が胸に突き刺さっており、かなり苦しそうである。
「間抜けねぇ。私が気づかないとでも思ったの? 空間を切り替える際に少しだけタイムロスがあるわよ。術式構築が完璧じゃない証拠だわ。まあ、私がジャミングしたせいだけどね」
ジルやマタの気配に気づかなかったのも、あの老人が『空間術式』を使って隠していたからだ。
彼自身も空間の狭間に隠れてこちらの様子をうかがい、機を見て参戦する予定だったのだろう。
だが、不審に思ったパミエルキが術式干渉波、つまりはジャミングを仕掛けて妨害した。その結果、老人の術にわずかな遅れが発生し、景色と景色の間にズレが生じることになった。
それを見逃すほどパミエルキは甘くない。
「くっ…災厄の魔人、今回はやはり特別か」
見破られた老人は、即座に術を展開。鏡合わせをした時のように彼の姿が何重にも連なっていく。
魔王技、『
術士因子レベル9で使える空間術式の一つで、肉体だけではなく霊体を他の空間に隠す術である。分身したように見えるのは、彼の本体が違う次元にあるからだ。
こうなると通常攻撃はすべて無効。拳でも剣でもどうすることもできない。
だが、パミエルキも即座に対抗術式を練り上げ、老人の術式を破壊。再び物質世界に彼を引きずり出す。
「なんと! 『
老人が驚くのも無理はない。『破邪顕生』は因子レベル5の術式で、効果は展開された術式の無効化であるが、6以上の因子レベルの術式には対抗できない。
通常ならばそうだが、パミエルキの演算処理が老人を上回れば別だ。たとえるならば、ソロバンで高度な計算機に勝ってしまうようなものであった。
一旦体制を整えようと、二人は老人を庇いながらパミエルキから距離を取る。
「ザンビエル殿、ご無事ですか」
「危うく死ぬところであったよ。やはり術の資質も飛び抜けておる」
「じいさん、やばいぜ。話に聞いていたより圧倒的に強い。剣光気が斬られたのは初めてだ」
「私もここまで圧倒されたのは初めてです。『借り物の身体』とはいえ、万全であっても勝ち目はなかったでしょう。地力が違いすぎます」
「この程度で音を上げてどうする。『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』の力はこんなものではないぞ。やつはまだ三つの力をバラバラに使っておる。それが一つになれば『
「いや、今ここでそんな情報を聞かされてもな…」
「来ますよ。気をつけてください」
「もういいわ。飽きた。あんたたちが何者であっても関係ない。考えるのも面倒くさい。私にとってはあーくんだけがすべて。あの子だけが私を理解できる。あの子も私だけしか愛せない。その崇高な【純愛】を邪魔をするやつは―――すべて殺す!」
パミエルキから凶悪な黒いオーラが噴き出てきた。
通常の魔人の力を超えて、災厄の魔人だけが放つ『人に大特効』を持つ特殊な力だ。あのゼブラエスでも臆して逃げると聞けば、いかに怖ろしいかがわかるだろう。
しかし、純愛と聴こえたのは気のせいだろうか。少なくとも姉は、これが綺麗な愛情だと思っているらしい。戦慄である。
「厄介な仕事を請け負っちまったぜ。もう無理だ。さっさと【雇い主】に責任を取らせようぜ!」
「ザンビエル殿、私たちが時間を稼ぎます。あとはお任せします」
「心得た」
「マタ、私たちはここで死にますよ」
「人生で二度、死ぬ日がやってくるとはな。武人冥利に尽きるね」
ジルとマタが、特攻を仕掛けてパミエルキと戦っている。
覇気すら貫く攻撃に青年の肉が削げ、骨が砕け、身体が欠損していく。光気をもってしてもダメージを与えるのが困難な相手に苦戦し、マタも徐々に深刻なダメージが増えていく。
ジルは強い。一国の軍隊よりも優れた力を持っている。マタも強い。彼がいればいかなる邪悪をも切り裂くことができるだろう。
だが、そのすべてにおいてパミエルキのほうが上回っている。人類最高の力を持った者たちが、たった一人の女性を押さえられないのだ。
「偉大な英霊二人の犠牲を無駄にはせぬ! オン カカカ ビサンマエイ ソワカ!」
だが、彼らが息絶える前にザンビエルの術が発動。
大地に閃光が走り、幾十本の線となって火怨山の麓全体を覆っていく。それによって巨大な術式が形成され、景色が歪んでいった。
半径およそ五十キロを丸々『隔離』しようとしているのだ。
「これは『
直後、空一面が黒に染まった。
月明かりすら完全に多い尽くすほどの、影、影、影。
それらすべてが人間とは程遠い姿をした【異形の者】たちであり、千を超える軍団が空に集結していたのだ。
外からこの光景は見えない。すでに隔絶された空間にあるからだ。
その中の一体であり、他と比べてもとりわけ強い存在感を示していた『岩の身体をした巨大な異形』が、パミエルキに向かって六本腕を向けると、彼女の周囲に強力な封印術式が展開される。
軽く見ただけでも凄まじい演算処理が行われている。撃滅級魔獣でも、これに囚われたら逃げることはできないだろう。
「災厄の魔人、お前を外に出すわけにはいかぬ」
「へぇ、そういうこと。この術式を作ったのはあなたたちね。でも、こんなもので私を拘束できると思っているのかしら? 随分甘く見られたものね」
「無駄だ。術式を破っても、この数の差ではあらがえぬ。ここに集いしは、わが配下の中でも武に秀でた者たちよ。おとなしく従うのが身のためだ」
「数の差? 雑魚がいくら集まっても私には関係ないわね」
その言葉と強烈な殺気に、空を覆う異形たちに緊張が走る。
たしかに彼らすべては戦闘に長けた武闘派であるが、人間の英傑二人がこうも簡単に倒されたのを見れば怖気づくのも仕方ない。
だが、大きな異形はまったく動じない。それだけ腕に自信があるのだろう。
「戦うのならば容赦はせぬ。主命に従い、汝を滅するのみ」
「主命…ね。まあ、いいわ、付き合ってあげる。待ち伏せされた理由も知りたいし、【黒幕】がいるようだからお灸をすえないといけないもの。でも、それが終わったら、あなたたちは一人残らず殺すけどね」
「我は『絶対不死』。殺すことは不可能よ」
「だといいわね。ふふふ」
(あーくん、少しだけ時間をあげるわ。その間にお姉ちゃんから好きなだけ逃げてごらんなさい。でも、あなたは嫌でも知ることになるわ。お姉ちゃんがどれだけあなたを愛していて、あなたも私をどれだけ愛しているかをね。この世界で私たちは二人だけ。たった一つだけの同じ存在なのですもの)
こうしてパミエルキは、この世界から一時的に消える。
単なる逃走劇だと思っていた舞台が急激に進展し、『宿命の螺旋』が廻り始める。
のちの覇王アンシュラオンと、姉である災厄の魔人パミエルキの物語は、ここから始まるのであった。
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