『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

「最強姉からの逃走」編

1話 「姉ちゃん、強すぎ問題!」


「オレはもう、姉ちゃんからの支配は受けない!!」



 アンシュラオンは目の前にいる女性、パミエルキに叫ぶ。



「なんだい、やぶからぼうに」


「ずっと思っていたんだ!! これはおかしいよ! なんで実姉なんだよ! せめて義姉とかの設定じゃないのかよ! 設定ミスだ! 断固抗議する!」


「何の話をしているの? アーシュは、たまによくわからないことを言うわね」


「大切な話だよ! オレの人生にとって、とっても大事な話をしているんだ! 姉ちゃんとオレにとっての未来の話だよ!」


「お姉ちゃんとアーシュの未来は、ずっと一緒にいることでしょう? ああ、大丈夫。ちゃんと二人だけの場所を探すから。無人島がいい? そこなら誰もいない場所で二人きりよ」


「それがおかしいんだよ! 毎日毎日べったりじゃないか! 歩くときも話すときも、お風呂入るときも、トイレだって!」


「そりゃ姉弟なんだから当然じゃないの。こんなにそっくりなんだもの」



 真っ白でふわふわとした長い髪の毛に、真っ赤な瞳。


 こう言うと、どこか白兎の可愛さを表現しているように思えるが、女性の瞳は鋭く尖っており、白兎どころか凶悪な白虎を彷彿させる威圧感を放っている。


 きめ細やかな白い肌、自己主張が激しすぎる非常に豊かな胸、引き締まったボディラインは、多くの男性を一瞬で虜にしてしまうほど魅力的。


 いつも濡れているような真っ赤な唇、端正な鼻筋もまた、神が女性を完璧な存在として造ろうとしたかのように美しい。


 もしこんな女性と出会えたら。


 こんな女性と愛し合えたら。


 そう思う男は多いだろう。




―――が、【実姉】であれば話は違う!!




 アンシュラオンの肌も髪の毛も、姉とまったく同じふわふわの白。瞳も同じ赤。


 唯一違う点は、目尻が姉よりも少し下がっているので、柔らかい印象を与えることくらいだろう。


 それを除けば二人はそっくりであり、アンシュラオンもまた美の結晶と呼べる容姿をしている。


 そして、姉はそれ(弟)を愛している。


 愛らしい弟を抱き寄せ、とてもとても甘く優しい声で囁く。



「いい、あーくん? お姉ちゃんとあーくんは、この世に二人しかいない大切な存在なの。【たった二人だけの人類】なの。だからこうして一緒にいることは自然なことなのよ?」


「いろいろと考えたんだけどさ、やっぱりそれはちょっと無理があるんじゃ…常識的に考えてさ…」


「そんなことないの。本当なの。生き残った女は、お姉ちゃんだけなの。だったら、あーくんはどうするの? あーくんが愛する女は私だけでしょう? 私しかいないんだから当然だよね。あーくんが昔、お姉ちゃんに言ったこと覚えてる?」


「…姉ちゃんと結婚する」


「あーーん、そうそう。それよぉお! あーくんは偉いねえ。その続きは?」


「…姉ちゃんと子供を作る」


「はぁああ! そうよ。そう。お姉ちゃんと子供を作って、一緒に暮らして、一緒に暮らして、一緒に暮らすの。死ぬまで…ね!」


「あのさ、もっと外を見るべきなんじゃないのかなぁ、って最近思うんだけど…」


「なんで?」


「な、なんでと言われると…自信ないけど」


「ほら、見てみなさい。ここに外なんてないのよ。あったとしても、あーくんが知っている通り、山と森しかないの。それは何度も確かめたでしょう?」



(たしかに何にもないけど…山しか見えないもんな)



 見渡す限りの山、山、山、山、山、山、山、山。


 この世に山脈以外のものがないのではないかと思えるほど、連綿と山が続いている。


 ここは世界最高の霊峰の一つ、『火怨山かおんざん』の頂上付近。


 火怨山は標高二万メートルを軽く超えるため、周囲には雲すら存在しない。空気も薄いので一般人が登山できるような場所ではない。


 さらに下の階層には凶悪な魔獣が跋扈ばっこしており、最低でも『名崙めいろん級』以上の実力者でなければ、即座に彼らの餌になってしまうだろう。


 それでもあくまで「餌にならない」というレベルにすぎない。


 『王竜おうりゅう級』の武人であっても秒殺されるような上位魔獣がひしめいており、ゲームのラストダンジョンのように出会う魔獣は伝説でしか耳にしない存在ばかりだ。


 仮にそれらを乗り越えても中層以上には結界も張ってあるので、ここに入ることすら難しい。いや、不可能だろう。



(オレもかなり走り回った記憶があるけど、本当に先が見えないんだよな。ずっと山しかない…。北のほうで海はかすかに見えたけど、人の気配はなさそうだ。でも、本当に世界は山だけなのか? この【世界】は、本当にそうなのか!?)



「じゃあ、師匠とゼブにぃは?」


「あれは…たまたま生き残った人類よ」


「たまたま、あの二人が?」


「そうよ。たまたま生き残ったの。だから強いのよ」


「あれも男でしょ? 姉ちゃんと結婚でき…」


「できるわけないでしょう!!!!」


「ひっ!」


「あんなものが! あんなものたちが、アーシュの代わりになるわけないでしょう!!! わたしの可愛い、かわいいあーくんの!! この真っ白で愛らしい、あーくんの代わりになんて!!! それともあーくんは、私があいつらと結婚したほうがいいと思ってる? ねえ、思ってる!? そうなの!?」


「…いや…そうは……思ってないけど……」


「はぁはぁはぁ!! ああ、そうね。そうよね。勘違いするくらいなら…殺してもいいか。邪魔なら殺しても…アーシュと私だけいれば、人類は生き残るもの…ね」


「え? えっ!? 姉ちゃん、落ち着こう!! ほら、深呼吸して!! ちゃんと吸って!!」


「ふーーー、すーーーーーー! ふーーーーー!!」



 弟の髪の毛を吸う。


 たっぷり吸う。



「はぁーーはー。アーシュのおかげで落ち着いたわ。ストレスが溜まった時は、やっぱりこれに限るわね」



(猫吸いなの!? オレって猫なの!?)



 それはまるで可愛い猫に吸い付く姿。


 可愛くて可愛くて、自然とそうしてしまうのだ。



「ほらぁ、お姉ちゃんのこと好きでしょう。あーくんも吸って?」


「吸えって言われても…って、どうして胸を出すの!?」


「あーくんの大好きな、お姉ちゃんのおっぱいじゃないの」


「好きだよ! すごく好きだけどね! まだ昼間だし!」


「昔は一日中吸っていたじゃないの」


「ぐおおおおおおお! 過去の自分を殴ってやりたい!!」



 吸ってました。



「それはその、姉ちゃんが…好きだったから」


「好き、だった?」


「ちがっ!? 今も好きだよ! 綺麗だし、エロいし、可愛いところもあるし、オレのこと愛してくれるし、すごくすごく好きなんだ! でもさ、やっぱり姉弟だから…」


「姉弟だから、なぁに?」


「うっ、うう…柔らかい……」



 パミエルキが豊満な胸をアンシュラオンの顔に押し付ける。


 抵抗したいが、その柔らかさに抵抗できない。所詮、男などそんなものだ。



(ほんと、どうしてこの人が姉なんだ? 姉じゃなかったら、すごく好みなのに…!! 本当に結婚してもいいくらいなのに! いや、姉がいいって言ったのはオレだし、べつに実姉でもいいんだけど、ここまでハードとは思わなかった!!)



 問題は実姉であることよりも彼女の性格にある。


 それはこの短時間での会話で簡単に理解できたはずだ。


 しかし、彼女の本当の怖ろしさはここからなのだ。



「そ、そうだ。今日は違うことしようよ。ねっ、そうしよう」


「お姉ちゃんと遊びたいのね。いいわよ」


「ほっ…」


「じゃあ、アーシュがお姉ちゃんと同じってことを、じっくり教え込んであげるわ」


「えっ? それって…―――うわああああ!」



 ポイッとアンシュラオンを、火怨山の頂上から投げ捨てる。


 軽い擬音であったが、実際は剛速球。軽く投げたはずなのに、遠投をしたかのように何十キロも飛んでいく。



「落ちる落ちる落ちるっぅううう!」



 アンシュラオンは何千メートルか落下し、崖に当たり、転がり、さらにトゲトゲの岩にぶつかり、それらを破壊しながらようやく止まる。



「あたたた! 擦りむいた!」


「そんなの、すぐに治るでしょう?」



 そして、投げた当人がすでに目の前にいた。



(瞬間移動かよ!! おかしいだろう! どんな速度で走ってきたんだ、この人は!?)



 投げられた人間より早く到達するなど、人間ではない。いや、本当に人間かどうか怪しいと思える時すらある。



「アーシュ。さあ、お姉ちゃんと遊びましょう。全力でいいのよ。全力でぶつかってもお姉ちゃんはびくともしないから。そして、あなたが特別であることを教えてあげる。その身にも、心にも、たっぷりと…ね。ふふ、あはははは!!」


「ひぃいい!!」



 アンシュラオンは即座に逃げることを選択。


 【戦気せんき】を全解放すると同時に、自ら火怨山の中腹に全力でダッシュ。


 ちょうど目の前に小山があったので、その後ろに隠れるが、あっという間にパミエルキが追いついてきた。



「こら、アーシュ! 逃げるんじゃない!」


「逃げるに決まってるだろう! 姉ちゃんと真正面から戦えるわけないじゃん!」


「そんな【魔獣】の後ろに隠れても無駄よ!」



 アンシュラオンが隠れた山は、実は魔獣と呼ばれる生物。しかも魔獣の最高峰である第一級の撃滅級魔獣であった。


 撃滅級は、魔獣の中でも一つの都市を軽々壊滅させるだけの戦闘力を持った強力な個体で、一個師団の軍隊と同じといわれているほどだ。


 それを、ワンパンチ。


 魔獣が発する超重力波動ですら彼女の歩みを乱すことはできず、悠然と相手に近寄り、ぶん殴った。


 ミサイルでも傷つかないであろう鱗を破壊し、筋肉をズタズタにし、骨を砕き、内臓をぐちゃぐちゃにする。


 そして―――爆散


 拳圧から発せられる巨大な戦気せんきが衝撃波となり、粉々になって消失。


 その場には、最初からそんなものはいなかったと思えるほど何も残らない。



「やべぇええええ! 姉ちゃん、いつから人間をやめたんだよ! 『グラビガーロン〈たゆたいし超重力の虚龍〉』をワンパンじゃねえか!」



 グラビガーロン〈たゆたいし超重力の虚龍〉。


 巨龍種と呼ばれる魔獣の中で最強レベルの種族である。


 捕食以外では攻撃しない温厚な魔獣だが、近寄るだけで超重力であらゆるものを潰していくので、こうした頑強な岩場にしか生息できない。


 何度か人間界に出没した際は、歩いただけで幾十の都市を壊滅させたという怖ろしい魔獣だ。核爆発にも耐えられる防御性能を持っているので、誰も止められないのだ。


 が、姉のパミエルキの前では無力。



「おかしいって!! オレだって簡単に倒せないのに! やっぱりオレと姉ちゃんは違うって!」


「あれくらい普通よ。師匠だってやるじゃないの!」


「同じ強さになってどうするんだ! 師匠は【覇王】だろう! 最強の武人って聞いたぞ!!!」



 アンシュラオンと姉のパミエルキの師匠、陽禅公ようぜんこう。現在の覇王であり、最強の武人であると称される豪傑である。


 すでに年老いてしわくちゃなので、好々爺といった感じの温和な人物であるが、それでも覇王。実力は飛び抜けていて、当然アンシュラオンが勝てる相手ではない。


 しかし姉のパミエルキは、その師匠と互角に戦っているので自分との実力差は明白だ。そんな彼女とまともに戦うほうが難しい。


 それからも盾にする魔獣をことごとく一撃で倒し、アンシュラオンが逃げた場所には、まったく関係のない哀れな魔獣たちの死骸で溢れかえっていた。


 姉、強すぎである。


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