第5話 挑発
「東尾からの留学生――というのも珍しいが、二十二で留学してくる人も珍しいね。いや、うちは二十二までしか在籍できないからさ」
ヴァルハラ王立魔術学園の廊下を歩いていた時、俺の担任になるらしい、スダレハゲ魔導師が言った。ちなみに魔導師とは、魔術師を導くもの、つまり一般的な学校でいうところの、教師ってことである。
「妹が優秀なものでね。そのお守りってやつさ」
嘘はつかなかった。物事を隠す一番の秘訣は、偽ることではない。話さないことだからだ。
「しかしその妹はA級。君はB級。離れてしまったね?」
語尾に嘲りを感じた。
俺は、変装の一環でかけさせられた眼鏡をクイと持ち上げ、笑った。
怒る気にもならない。当然だ。リンを鍛え上げたのはこの俺。力の差は誰よりもわかってる。
「まあ一緒に来てくれるだけでも違うものかな。え?」
スダレハゲが、無遠慮に人の肩を叩いてくる。中々の打力で、俺は少しよろめいた。
目を向ける。
スダレハゲが、白い歯を見せて、笑っていた。
俺は目を上向けた。
わかりやすいこって……。
「それではヒョウくん。入って下さい」
しばらく教室の前で待たされた後、名を呼ばれた。ガラガラと扉を開き、中に入って、クラスメイトの前に立つ。
「本日東尾から留学することになった、リティシア=豹くんだ。みんなよろしく頼むよ」
担任のすだれハゲ魔導師が言った。
ちなみにヒョウとは本名だが、リティシアはリンの苗字である。俺には苗字がないからな。設定上、俺とリンは本物の兄妹ってことになってるから、これで丁度いい。
「え、うっそー。黒髪だよ、珍しー」
「黒髪の人って死念濃度が超薄い場所じゃないと生まれないんだよね。今どきそんなとこあるんだー」
「黒髪眼鏡っていかにも本の虫って感じ」
「でも顔はちょっとかっこいいかも」
「いやーでも目つきわるーい」
本来の俺の髪は黄赤なのだが、今は聞いての通り今は舐められやすい黒髪に変えている。ついでに眼鏡もしている。
髪の色は生まれた場所の死念濃度に関係していて、黒髪は相当薄い場所でしか生まれない。
本来そんな場所で生まれた黒髪の人間は、平和の象徴として讃えられていいはずなのだが、平和な世の中だとまあこんな扱いだ。特に七大陸一平和とされる北頭だとな。
まあそれはさておき、そろそろ本題に移るとするか。
俺は目に魔力を込めて、クラス内を見据えた。身体に纏った魔装を見れば、大体の力量はわかる。魔力は精神と非常に反応しやすく、魔装が甘いと見られただけで相手に感情を透視されてしまう。その魔術を
故にここが甘い奴は総じて魔術師として甘い。逆もしかりだ。
グルリと見まわし、当たりをつけた。
こいつか。
俺には一切興味を持たず、ボーっと外を見つめているツインテールの女。間違いなくこいつが、このクラスの『生徒』の中では一番強い。
「じゃあヒョウくん。向こうの空いている席に座ってくれるかな?」
「はいよ」
背中越しに返事して、席に向かう。
席に向かうとき、チラリと女を盗み見たが、やはり女は俺より外の方が気になるようだった。
椅子を引いて、席につく。
「なあなあ」
「えと、は、はい!! な、何でしょう?」
隣の女が振り返った。
「このクラスで一番強い奴。つまり、クラスリーダーはどいつだ?」
周囲がどよめく。ハゲの魔導師すらも俺に目を向け始めた。
「俺は今日中にA級に上がるつもりだからよ、そいつをとっととぶっ潰さないとならないんだよ」
試しに挑発してみる。
どうにも乗り気じゃないみたいだからよ。
「ああ、それだったら絶対、ネイファちゃ――」
「おい!!」
後ろから声がかかる。
振り返った。
瞬間。
パシ。
つかんだ。
開いて、手の中の物を宙に放った。
消しゴムのきれっぱしだった。
しかし死念が込められている。当たっていたら大ケガしているところだ。
そいつを放ったのは『え? 人殺したことないの? 嘘でしょ?』って聞きたくなるぐらい、くっそ悪そうな顔をしている、ボーズ頭の男のようだ。
ふーん。
「まあいいや。サンキューな」
ピンと、消しゴムのきれっぱしを、ボーズ頭の頭上に飛ばす。
それは天井を穿ち、パラパラと、くす玉でも割ったように、ボーズ頭の上に破片を落とす。
頭に天井の破片を落とされて、男は怒り心頭に俺を見ている。血管がボーズ頭の上を蛇のように這っていて、中々に笑えた。
ドヨドヨドヨ。
周囲がどよめく。
笑う俺と睨みつけてくるボーズ頭。
当初の予定とはまるで違うが、そっちがそうくるならこれはこれで悪かない。
俺だって、叩きのめすなら女より男の方がいいからな。
目を閉じて船を漕ぐ。
そして四十五分後。
バン!!
机を叩かれる。
目を開いた。
そこにいたのは、失敗面のお団体。
「あれだけ大見栄切ったんだ。覚悟できてんだろうな!! クソ眼鏡野郎!!」
「眼鏡かけても一生『眼鏡眼鏡』しちゃう、お
「くっくっく」
お団体のテンプレ発言を断ち割って、俺は笑った。
「なんだ、てめ――」
「いや、丁度よかったなと思っただけさ。相変わらずあいつはもってるな」
「あ?」
「お前らみたいなゴミが相手なら、こっちも心が傷まない。何かする前にもう顔はボコボコみたいだしな」
男らのコメカミに青筋が浮かぶ。
俺はそれを笑って受け止めた。
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