第24話:生きるべきか死すべきか
嘉一は十以上の対戦車ロケットに襲われながらも無傷で生き残っていた。
敵が狙っている事を物の怪達から教えてもらった嘉一は、常世に逃げ込んでいたので、どれほど激しい攻撃を現世で受けても平気だったのだ。
今までは地区の氏神様の社まで行かなければ、常世にある知識寺跡の観音食堂に行けなかったのだが、色々と関係を深めた事で、何時でも何処からでも常世にある観音食堂に行くことができるようになっていた。
完璧な安全地帯を手に入れた嘉一だが、難しい決断を迫られていた。
このまま敵に殺されたことにした方がいいのか、それとも生きていると出て行って、敵を叩き潰す先頭に立つのかだ。
もう精神的に一杯一杯の嘉一は、できる事なら死んだ事にして、残りの人生を常世でのんびりと過ごしたかった。
だが今嘉一が死んでしまったら、天文学的な遺産が誰かの手に渡り、悪用されてしまう恐れがあったのだ。
一応遺言は作ってあるし、顧問弁護士に渡してある。
だが、余りにも金額が莫大過ぎて、人の理性など簡単に崩壊させかねない。
選びに選び抜いた顧問弁護士だが、数百万円のために弁護士の矜持と信頼を捨てて横領する人間もいるのだ。
まして天文学的な金額を前にすれば、人間の矜持など吹き飛んでしまいかねない。
もし、国家が命じてやらせるような事があったら、それを言い訳する事で罪の意識が軽くなり、少々の誇りなど崩壊してしまうかもしれないのだ。
嘉一は一瞬だけ悩んで、鏡付喪神に影武者を頼んだ。
不審な電話を受けて危機を察知して、点検口から床下に逃げ込んだという設定で、影武者に床下で救助を待ってもらった。
自分が床下に行かなかったのは、救助者を装った敵がいて、死に損ねた嘉一に止めを刺すかもしれないと考えたからだ。
嘉一の慎重で猜疑心が強すぎる考えは、哀しい事に的を得ていた。
真っ先に助けに来てくれたはずの警備員が、嘉一が契約した警備会社の警備員が、嘉一の影武者にナイフを振るって殺そうとしたのだ。
本当の刺客ではない事は、震えるナイフで明らかだった。
恐らくだが、普通の日本人警備員を脅迫したか金で籠絡したかして、急造の刺客に仕立て上げたのだろう。
敵も急造の刺客が本当に殺さなければいけない状態になるとは考えていなかった。
あくまでも対戦車ロケットランチャーで殺したのを確認させるためだけの目的で、競馬で借金の山を作った警備員に金を握らせ脅迫して、確認役に仕立て上げた。
生き残っていた場合は止めを刺せて言う指示も、ロケットランチャーの攻撃を受けて虫の息になっているであろう嘉一を、確実に殺すためだった。
だが、急造の刺客擬きに殺されるほど鏡付喪神は弱くない。
急増の刺客ではどうしても人を殺すのに決意が必要で、一瞬の躊躇いがある。
だが嘉一を慕う鏡付喪神には、人間を殺す事に全く躊躇いがない。
むしろ嘉一を襲う敵を殺せる事に喜びを感じているくらいだった。
だから、何の迷いもなく襲いかかってきた警備員の咽を、側に落ちていた割れた窓ガラスで掻き切った。
多くの警備員が怪我をしていて、動けなくなっている者もいた。
ご近所にも破片が飛んで、とんでもない被害を生みだしていた。
そんな中で、襲撃を知っていた警備員は、勤務時間でもないのに事務所に来て当番の警備員達に差し入れを振舞ったのだ。
攻撃で怪我をした仲間を介抱する事もなく、表向きは契約主の安否を確かめ、生きているのなら助けるという言い訳を頭に描きつつ、嘉一を殺そうとした警備員は返り討ちになり、外国勢力の悪辣さを証明する存在として骸を晒した。
しかしこれで終わったわけではなかった。
敵の悪辣さはその程度ではすまなかった。
敵は警備員だけでなく、普通に駆けつけるであろう消防士や野次馬の中にも刺客を紛れ込ませていたのだ。
そして彼らは急造の刺客擬きではなく、本職の刺客だった。
彼らは対した怪我もしていない嘉一を殺そうと次々と襲いかかってきた。
中には密かに所持していた拳銃を使って確実に殺そうとした。
だが、彼らの企みは全て叩き潰された。
嘉一に味方する付喪神や物の怪達が一切の手加減をせずに反撃したのだ。
道にいる間に足を取られて転倒させられ、地面に叩きつけられた際に攻撃される。
他の人間には分からない間に、情け容赦のない攻撃を受けていた。
だが、警備員とは違って殺されはしなかった。
敵の悪辣さを証明するために、自殺をさせずに証言させなければいけないからだ。
それは八九式火箭筒を使って攻撃した連中も同じだった。
装備していた自殺するための道具は全て取り上げられた。
指や四肢が叩き折られて、手足を使った自殺が封じた。
歯も全て叩き折られてしまい、舌を噛み切って自殺する事もできない。
「俺の事は大丈夫ですから、倒れているこいつらを確保してください。
俺を殺そうとした連中の手先です。
武器を隠し持っているかもしれませんから、気をつけてください」
嘉一は、ようやく駆けつけた警察官と何とか動けるようになった警備員に指示して、付喪神と物の怪達が半死半生に叩きのめした刺客を確保させた。
嘉一の住む警察署ではとても収容できない人数だった。
普通に留置していたら、口封じされるのは明らかだった。
何故なら前回嘉一を狙ったスナイパーが、留置所に入れられて監視されているにもかかわらず、原因不明の不審な死を迎えていたからだ。
「この連中は自衛隊に引き渡してください。
他国に入り込んで複数の対戦車ロケットランチャーを叩き込むような連中です。
しかも警備員や消防士の中に工作員が紛れ込ませるような力を持っています。
もし警察の中に工作員がいて、こいつらが口封じされるような事があれば、府警の幹部全員に加えて、現場の人間にも厳しい取り調べが行われますよ。
それどころか、世論から今受けている以上の激しいバッシングを受けて、家族共々普通に暮らせなくなりますから、素直に自衛隊に引き渡してください」
普通なら官省庁の間にある縄張り争いで、警察が確保した人間を自衛隊に預けるような事はないのだが、現場の警察官もマスゴミの連中が今どのような目にあっているのかをよく知っていた。
自分の家族がそのような目にあわされるのは絶対に許せない事だった。
幸い隣接する市との境界線に自衛隊の駐屯地があったため、襲撃犯は全員そこに預けられる事になった。
「俺も調書を取る対象なのでしょうが、警察官の中に敵の工作員がいないとは言い切れませんので、正式な手続きがされるまでは任意同行を拒否します。
ロケットランチャーによる攻撃を受けたのですから、今は緊張して感じていない怪我があるかもしれません。
全てはその検査が終わってからにしてください」
影武者は襲撃犯達を自衛隊に引き渡してからそう言って病院に向かうふりをした。
影武者が付喪神だと悟られる可能性がある、病院の精密検査を受ける訳にはいかないから、口で言った事とやる事が違ってくる。
だが一番の問題は、問題はここまで大規模な攻撃を受ける状況で、神仏や付喪神、物の怪達の秘密を隠せる家を失った事だった。
これからも敵の攻撃を受ける事を前提に、周囲に被害を広める事なく、嘉一の安全を確保できる家を早急に手に入れなければいけなかった。
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