第160話 背中を預けるぞ
「さて、次はどこに跳ぶか…」
中等部校舎の屋上に着地した俺は次に飛び移る建物を吟味していた。
人避けの結界が思ったよりも広かったおかげで大ジャンプを見られずに済んだが、逆を言えばまだまだ敵のテリトリーの中であると言える。
なのでまずは安全な敷地外に脱出して玄田のおっちゃんと連絡を取り、今回の依頼主である(と思われる)鬼島さんと話をしなければならない。
特に、事件にネクロマンサーが絡んでいるので、迅速に報告する必要がある。
特対は先日の一件から【ネクロマンサー対策本部】なるものを設置し、最も注意すべき能力犯罪者として行方を追っている。
俺も何度か協力させてもらい進捗を共有してもらったが、結果はあまり芳しくなかった。
【手の中】のメンバー飯沼の能力でも全く情報が取れなかったのだ。
しかしそれも先ほどのおしゃべりクソ男のおかげで【個人情報保護砲】という能力が守っていることが分かった。
些細だがこれらの情報を手土産に、守屋と、できればいのりや真里亜も特対で保護してもらうよう交渉したいところだ。
「あの…塚田さん」
「ん?」
稗田を失った悲しみから少しだけ立ち直った守屋が、俺に抱えられたまま話しかけてきた。
早く下ろしてやるためにも、移動ルートを考えないと。
「移動するなら、私の"鳥"を使いますか?」
「…あ」
そういえば、守屋は鳥が出せるんだったな。
人を運んで飛べるくらい大型の鳥を出すこともできるのか。
「…はぁ!」
気合いと共に現れたのは、見たこともないくらい大型の鳥だった。
「こいつぁ…ハゲタカか?」
「これはアンデスコンドルという鳥です。ハゲタカというのは、コンドル類とハゲワシ類を合わせた俗称なんです。だから鳥類学上"ハゲタカ"と呼ばれる鳥は一羽もいません」
「へぇ…そうなんだ」
それは知らなかった。
企業買収で、株式が安い時に買って経営に口出しして価値を高めてから売却し、高い利回りを得るファンドのことを【ハゲタカ/ハゲタカファンド】なんて言うが…。
鳥も企業も、どっちも俗称じゃないか。
「この子を三羽出せば一人ずつ全員運べると思います」
「…いや、俺が二人をこのまま抱えて、それを持ち上げてくれ」
「え?」
「確かに俺の両手が使えないのはよろしくないが、空中で守屋だけ狙われて落とされてしまったら助けるのが難しい。抱えてる俺ごと落ちたなら何とでもなるけど」
バラバラになってしまうと守りづらいことこの上ない。それはいのりも同じことだ。
「でも、三人も持ち上げられるでしょうか…」
「その点なら問題ないよ」
「…私は卓也くんの案に賛成よ」
能力を知っているいのりは微笑みながら賛成してくれる。2対1となり守屋も俺の提案を飲まざるを得なかった。
そして能力で軽くなったいのりと守屋を俺が抱え、それを鳥が運ぶ形で学園の敷地内から一旦退避することにしたのだった。
_________________________
『おう、卓也か。どうした?』
「おっちゃん。今、聖ミリアムを調査していたんだが、ちと厄介な事になった」
『厄介な事?』
「ああ…実は―――」
俺たち三人は人目に付かないようになるべく高い位置を飛行し、学園から少し離れた広い公園へと降り立った。
ヤンデレラの時と同様、なるべく近くに追跡してきた術者が潜めるような建物が無い場所だ。
そして俺といのりが目視とテレパシーで、守屋の鳥が上空から周囲を警戒しつつ、宝来へと電話を掛けた。
おっちゃんにはこれまでの調査の内容と、先ほどの犯人との戦闘、そして【ネクロマンサー】が一枚噛んでいる事を伝える。
「…以上がさっきまでの進捗だ」
『そうか…。よく無事だったな』
「ああ。でも目の前で生徒が一人やられた…」
『その生徒は、死んでたのか?』
「っ!」
稗田と守屋が親しい友人であるなど知りもしないおっちゃんは、ハッキリと最悪のケースを口にした。
一瞬守屋の体がビクッと震えたが、すぐに警戒へと意識を戻す。
強い子だ…。
「いや…死んだというより、"そのまま消えた"ってニュアンスの方が正しいな。意識は無かったけど、ライフは全く減ってなかった」
『そうか。じゃあ刺した相手をどこかへ飛ばす能力ってことか』
「…多分」
おっちゃんは知らないが、あの時のユニの反応はとてもそんな能力のものでは無かった。
それを詳しく聞くためにも、早く二人を保護してもらわないとな。
「それで、おっちゃんに相談なんだけど」
『ああ』
「今近くに、犯人のターゲットとされている生徒がいるんだが、その子を特対に少しの間保護してもらいたいんだ」
『なるほどな…』
「おっちゃんに仕事を回してるのは鬼島さんだろ?」
『……気付いてたのか…』
「まあ…何となくだけどな。それで鬼島さんに保護を頼みたいんだが、おっちゃん、取り次いでもらえないか?」
鬼島さんとは連絡先の交換はしていなかったし、他に連絡を取る方法はあるにはあったが、ここは一旦依頼主であるおっちゃんを通すのが筋だろう。
これが宝来からの依頼じゃなかったら話は別だが。
「…わかった。少しだけ待ってもらう事は出来るか?」
「それほど長時間じゃなければ」
「そこまで時間は取らせねえよ。それじゃ」
そう言って電話を切るおっちゃん。事情説明とか、鬼島さんの都合とか色々あるからな。いきなりすぐ電話対応できるとは限らない。
こちらが今心配すべきは獅子の面の男の奇襲だな。
おそらく刀を飛ばしたヤツは学園の生徒か教職員だ。いきなり外出して俺たちを追撃してこれるとは考えにくい。
だが獅子の面の男の方は死者だから、ある程度自由に動けるだろう。さっきは入念に破壊したが、すぐに遺体を修理して来れるかもしれないし、こっちはヤツの素顔も名前も分かっていないんだ。
普通の人間のフリをして接近されても判別のしようがない。
一応いのりにテレパシーで警戒をしてもらっているが、それもさっきは通用しなかったからダメ元だ。
唯一の手掛かりが背丈くらいとは、なんとも頼りないよな。
ヴー…ヴー…
色々と考えている内に、登録されていない番号から俺のスマホに着信があった。携帯番号のようだが、鬼島さんかな?
「もしもし」
『やあ、塚田くん』
やはり相手は鬼島さんだった。
「こんばんわ、鬼島さん。突然すみません」
『構わないよ。玄田さんから話は聞いている。生徒の保護、だったね』
「はい。犯人からターゲットにされている生徒がそばにいます。事件解決まで特対に置いてもらう事は出来ないでしょうか?できれば、先ほど誘拐されてしまったもう一人の生徒も一緒に、"外出の根回し"もして頂けるとありがたいです」
稗田と守屋は"事件にあっていない"ことにするための根回しだ。
守屋は寮暮らしだから親御さんへの根回しはいらないが、稗田の事はそうはいかない。
今日明日帰宅をしない理由をでっちあげるためには学校行事にするのが丁度良いのだが、どちらにせよ服部理事長の協力が不可欠だ。
そして服部理事長の協力を得るには鬼島さんの協力が要る。
『保護と根回しの件はなんとかしてみるが、さらわれた生徒の救出というのは見通しが立っているのかい?いくら理事長や親御さんを説得すると言っても、そんな長期にわたって帰宅しない理由を作るのは難しい』
「ええ。実は鷹森職員に少し調べ物のお願いをしておりまして。その結果次第では、明日にも詰めることが出来るかと…」
『鷹森くんに?』
「はい。特対に登録されている能力者の中で、現在聖ミリアムに在籍している生徒・教職員のリストを送ってもらうようお願いしていたんです。もしその中に先ほど生徒をどこかへ飛ばした能力があれば、その持ち主が犯人です」
稗田がやられてしまったのは悔しいが、敵の能力を少し知ることが出来たのは大きい。
その情報が無ければリストを見ても「これなら使えそう」くらいの段階で候補を絞る必要があったが、今なら一発で分かる。
『そうだったか。行動が早いね』
「被害者がみな能力者であることと、手口が内部の人間である可能性が高いのを知った時点でお願いしました。といっても特対の初期説明を受けていなかったり、敵の能力で既に隠されていたりしたら意味ないですけど…」
能力者は基本的に、特対の最初の説明を受けた時点でその人間の名前と能力をデータベースに登録される。
そこから特対に所属したか、民間の組織に所属したか、これまで通りの生活を続けるか等でタグ付けが行われ管理されるのだとか。
初期説明を民間組織の人間が行っていた場合は、組織に所属してもしなくてもその者に説明済みである事やプロフィール、(組織に調べる能力者が居れば)能力の内容を特対に報告するのが義務付けられている。
つまり誰が説明してもデータは登録される仕組みになっているのだ。
しかし例外として、非合法・非登録の組織がいち早く囲っていたり、元からそういった組織に所属している人間が覚醒した場合は特対のデータベースには登録されない事がある。
特対も漏れなく覚醒した者を調査するほど余裕がないので仕方ないのだが(和久津は相当忙しいらしいし、調べる能力者というのは貴重なようだ)
『隠蔽能力か…』
「ええ。先ほど襲撃してきた敵も【シークレットオブマイハート】という、探知能力などから情報を隠す能力を使ってきました。ハガキでネクロマンサーの情報が得られなかったのも、コレのせいかと思います」
飯沼のハガキや俺の名前を見る効果やいのりのテレパシーなど、あらゆる能力が通じなかった。非常に厄介な能力だ。
だが俺の能力で言えば、名前が視えないということはすなわち能力に護られていることになり、ネクロマンサーの関係者であることが分かる。
これはチャンスだ。
『……それは本当かい?』
「え、ええ…」
『そうか……』
鬼島さんの様子が少しおかしい。
そんなに驚くような能力だっただろうか?
「あの、どうかしました?」
『いや…その名前の能力を持っていた職員が、かつて特対…になる前の部署に居たものでね』
「…ということは」
『ああ、多分ネクロマンサーによって甦らされ、操られているんだと思う。その能力者自体は本件とは全く関係ない事件で殉職しているのだが』
特対になる前に亡くなっているのなら、3年以上前か。
ネクロマンサーの奴が能力付与の実験をしていたのがここ1年くらいだから、操るために謀殺した線は無いってことだな。
しかし、能力者が死ねば死ぬほど強くなる能力か…
改めて厄介な相手だな。
『まあその件については一旦置いておこう。解決の見通しに関しては分かった。鷹森くんには私からも声をかけておくよ。情報も共有してもらうようにする』
「はい」
『では今キミたちの居るところに急いで迎えを寄越そう。そして守屋・稗田・南峯の三名の保護については服部理事長と南峯司氏に事情を説明しておく。これでいいかい?』
「十分すぎるくらいです。何から何まで、いつもスミマセン」
『我々も色々とキミに助けてもらっているからね。特対入りの件も少し考えてくれるとありがたい』
「…そうですね」
『では10分後に転送能力者を向かわせる。住所は―――で合っているね?』
「はい。大丈夫です」
『ではもう少しだけ待っていてくれ』
そう言って通話が終了する。
さり気なく勧誘までされてしまった。
「というわけで、守屋。少しの間保護してもらえることになったから。特対は知ってるよな?」
「はい。能力が身に付いた時に説明に来てくれました」
「ならオッケーだ。いのりも悪いな。勝手に進めちまって…」
「いいわ。テレパシーが通じないんじゃ、この先居ても足手まといになるだけみたいだし…」
「そんなことはない。守屋たちと潰し合わずに済んだのだっていのりのおかげじゃないか。それに獅子の面の男と思う存分戦えたのも、俺の作戦を守屋に伝えてくれたからだし。そんな自分を卑下するなって」
少し気落ちしている様子のいのり。
横濱の時もそうだが、初めの勢いは凄くて、冷静になると落ち込むよないのりは。
足を引っ張るとか、邪魔になるとか、自分のせいだとか…。そんなの周りは気にしてないのに。
そりゃあ一番最初は能力者と関わらない生き方をしてほしいなとは思ったけど。人間なんだから感情を優先させたっていいし、最適行動だけ取れなんて無理な話だ。
それにいのりがグイグイ引っ張ってくれるからこそ、頑張って行こうって思える。
「…」
「いのり?」
いのりの存在のおかげで助かっていた事を考えていると、急に俺の手を両手で握って来た。
「卓也くんは、あんな戦いをずっとしてたの?」
そう問いかけるいのりの手は震えていた。それにとても冷たい。
「そう…だな。少し話したと思うけど、夏休みに特対の任務に参加させてもらった時は、命がけだったな。敵も味方も、みんな必死だ」
「……私ね、さっきの人が凄んだ時とか、卓也くんの腕が吹き飛んでるのを見て、少し怖くなっちゃったみたい…」
確かに俺たちが居るのは異世界みたいなもんで現実感が少し薄いかもしれないが、命が1個しかないのは変わらない。死んだらそこで終わりだ。
その実感が沸いてくると、怖いよな。
さっきの戦闘は、普通の感覚からしたら衝撃的出来事のオンパレードだったかもしれない。
いのりは怪我こそ負っていないが、精神的なケアが出来ていなかった。俺の落ち度だ。
「ごめん。配慮が足りなかった」
「ううん。卓也くんは悪くないわ。私の覚悟が足りなかっただけ。自分が首を突っ込もうとしている事の危険度を見誤っていたわ…」
特対やNeighborみたいな"組織"に所属しない俺たちが大きな事件に首を突っ込むという事は、相応のリスクが付きまとう。
後ろ盾がないから、ヤバい奴に顔なんて覚えられようものなら、狙われた時も自分の身は自分で守らなくてはならない。
特にいのりの家はいのり以外に能力者が居ないから、家族に危険が及んだ場合、助けられるのが自分しかいなくなる。
攻撃や防御のできないテレパシー能力では守り切れないだろう。
「だからね…もっと強くならなきゃ」
「えぇ…」
そこは退かないんかい!
「『危ない事はもう止めるわ』の流れだっただろ」
「そんな流れは無いわよ。卓也くんがそこに居る以上、私は付いて行くって決めたの。卓也くんの居ない生活は想像できないって前に言ったでしょ」
それは誘拐事件の直後、二本橋通りでの一幕だ。
「また怖い思いするかもしれないんだぞ?」
「………」
「?」
「…無理だわ。今脳内"富岳"でシミュレーションしたけど、卓也くんと離れ離れになる方が100倍怖かったわ」
「なんじゃそりゃ…」
脳内富岳って…スパコンが頭の中に入ってるのか。
「…」
いのりの目には確かな決意が宿っていた。
俺の手を握る力も先ほどまでと違い強く、そしてもう冷たくは無かった。
見事な精神の自己再生だ。
そして、そんな彼女が背中に居るから、俺も頑張れるんだと思う。
本当は突き放すべきなんだろうけど、俺は―――
「……じゃあ、次もまた背中を預けるぞ?」
「! 任せなさい!次こそ一矢報いてやるんだから!」
俺の言葉で、いつもの自信満々ないのりの表情に戻っていた。
そして俺といのりは、改めて固く握手を交わす。
だが、直後いのりが
「…え?」
と何かを聞き返していた。
「ん?どうした?」
「いえ…今何か声が…」
「声?」
「守屋さん。今私に『健気ね』とか何か言ったかしら?」
「私?」
俺たちのやり取りを黙って見ていたであろう守屋に話を振るいのり。
一体どうしたんだ?
「何も言ってないわよ、私は。何を見せられているんだろうとは思っていたけど…」
「そう…。あ、ホラまた向こうの方から…」
そう言っていのりの指さす方を見てみるが、そこはただの原っぱだった。
「何かありますか?塚田さん」
「…いや、特には」
「ええ?そこにいる守屋さんの白鳥が喋っ―――痛っ」
良く分からない事を言ういのりが突然目を押さえ痛がる。
「おい…大丈夫か?」
「…ええ。何か急に右目が…ゴミでも入ったのかしら」
「見ようか?」
少し痛がっていたいのりだったが、すぐに痛みは引いたらしく問題ないと言ってきた。
だがその後もずっと「何だったのかしら?」と頭に疑問符を浮かべ続けていたのだった。
そして、そうこうしている内に目の前に特対職員がワープしてくる。
やってきたのはCB掃討作戦で、A班の転送チームとして活動していた人だ。
「お久しぶりです、塚田さん」
「ああ、その節はどうも。話すのはA班の任務以来ですね」
「そうですね。鬼島さんから学生さんを保護するよう言われたのですが、そちらのお二人で間違いないですか?」
「ええ。お願いします」
最低限の言葉だけ交わすと、早速二人を特対本部へ送る準備をしてくれる事に。
段取りが良くて助かる。
「気を付けてね、卓也くん」
「ああ」
「……稗田くんの事、宜しくお願いしますね…」
「ああ。心配すんな」
一先ず別れの挨拶を済ませていると、転送準備が整ったらしく声をかけられた。
そして二人は最も安全な特対本部へと跳んでいったのだった。
_________
「さて…」
転送班の人に連れられワープしていく二人を見送った俺は、ユニに先ほどの話を聞くことにする。
(それで、さっきの刀の事について、教えてもらってもいいか?)
(ああ…)
いつになく神妙なトーンのユニ。思わず俺にも緊張が走る。
(あの刀は、名を【葬送の小太刀】と言う、閻魔刀の一振りでな…)
(…)
(刺した相手を"生きたまま黄泉へ送る"能力が宿っているんだ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます