第155話 ノーサイドゲームとフライングガーデン

 男子生徒の能力【合意と見てよろしいですノーサイドゲームね】は、戦闘中に自分を含めた範囲内の者に"ルール"を強制させる能力である。

 そのルールとは、範囲内にいる人間は両手・両足・頭の5つの部位に一定のダメージが蓄積されると、その部位が強制的に使えなくなってしまうというものだ。

 頭の機能が停止すると死ぬことは無いが一定時間気絶してしまう。範囲内で致命傷を受ければ普通に死ぬ。

 ちなみに"戦闘"の終了条件は能力発動時に術者が決めることができ、"時間経過"や"最後の一人になるまで"や"チームの全滅"などその時に応じて変更可能である。


 この能力のおかげで体の頑丈さなどのフィジカル面の差を埋めることができ、戦闘をより公平に近づけることが可能となっている。

 なおレフリーは公平な立場故、戦闘中誰の味方をすることもない。

 それは術者自身も例外ではなく、戦闘において何らアドバンテージをもたらすことはないのだ。



 女子生徒の能力【寄鳥美鳥フライングガーデン】は、あらゆる鳥類を泉気で作り出すことができる能力だ。

 そして単に実在の鳥類を具現化するだけでなく、『オウムに音声を録音させる』『フクロウやタカに離れたところを偵察させ、その映像を送らせる』といった効果を付与することも出来る。


 生み出した鳥を通して人や物を見ると泉気まで確認することができ、卓也と同様修行で身に付けていない【疑似サーチ】として使えた。

 これにより彼女は聖ミリアムに在籍する能力者を大まかに把握しており、今回の事件で被害にあった生徒の【寮生】【能力者】という共通点にもいち早く気付けたのだった。

 そしてその共通点を持つ生徒が残り僅かとなり自身の番が近付いてきたと悟った彼女は、能力者で友人だった男子生徒に相談を持ち掛け、二人で迎え撃つという決断をすることに。


 男子生徒は寮生では無いが、密かに思いを寄せる女子生徒から相談を受けたことと彼女の怯える姿を見て、尋常ではないほど殺気立っているのだった。









___________________











「レフリーだと…?」


 突如として姿を現した無機質な審判を見る卓也。

 泉気で覆われたその存在が男子生徒の能力によるものだということは、彼の態度からも疑いようがなかった。


「そうだよ。そのレフリーが…」


 瞬間、衝撃音が廊下に響く。

 男子生徒が喋り終わるのを待たずして、卓也はスラックスのポケットに入れておいたパチンコ玉をレフリーにぶつけたのだ。

 しかし玉はレフリーを破壊することなく、見えない壁に阻まれ床に落ちてしまう。


「…いやいや……いきなり過ぎでしょ。レフリーは公平だから敵でも味方でも…って、オイ…!」


 男子生徒が思わず叫ぶ。

 何故なら、卓也はレフリーの破壊が無理だと判断するや否や、持っていたナイフで左腕を切り落としたからだ。


「…!?」

「な、何してんだよ…アンタ!」


男子生徒の叫びが廊下にこだまする。


「卓也くん、平気?」

「全然へーき。痛み消してるし、でもあんま見ない方がいいよ、血も多少出てるから」


 二組の反応は、風邪を引きそうなほど温度差があった。


 生徒二人は卓也の信じがたい自傷行為に顔面蒼白である。

 男子生徒の方は、これまで何度か能力を使った事はあるがこのような対処をした相手は初めてなので、かなり動揺していた。

 彼は自身の能力が発覚しても"日常生活"を選択し、毎日学校で授業を受けている。故に卓也の日常を逸脱した行動に揺さぶられるのは無理もないことだった。


 女子生徒の方は、男子生徒と同じ驚きに加え"腕が切れる"というリアルスプラッタ映像に参っていた。

 もう少し距離が近く、血が派手に飛び散っていたら気を失っていたかもしれない。


 対する卓也の方はこのような事態は慣れっこであるし、いのりも多少の修羅場をくぐっているので慌てるような事はなかった。

 卓也はいのりにあまりショッキングな光景を見せないよう配慮しているが、それがなくても特に慌てることは無かっただろう。

 それほどいのりは卓也に全幅の信頼を寄せているのだった。


「どう?」

「…ダメだ。動かない」


 切り取った腕を服と一緒に治した卓也だったが、相変わらず力が入らない。

 この能力下では、部位を交換しても"腕そのもの"に機能停止が施されているため治療は無意味であると悟った。

 そして今は使えなくなった腕よりも、これ以上被害が増えないよう注意することに頭を切り替えた。


 卓也は先ほどレフリーが言った『ダメージが一定値を超えた』というワードを思い出し、ダメージの基準とは何か、他の部分にはどれほど蓄積されているのか等様々な疑問が頭に浮かんだ。

 左腕は強化していたので自覚する痛みは無かった。ということは独自のダメージ基準があり、それに抵触したか。

 『公平に判定』と言ったのは、この空間が"防御力"を無視して単純に攻撃の威力や手数を重視する場所になっているからか。


「わからんな」


 あらゆるパターンを考えたがどれも想定の域を出ないため、自身に出来る事は攻撃を"受けず"に弾くことしかないと感じた。

 そして早めに説得し攻撃を止めてもらわなければと思うのだった。



「腕、治ってるね…」

「…ああ。…はは、何だよ。手品か何かかよ…。脅かしやがって…」


 二人の生徒は元通りにくっついた卓也の腕を見て安堵していた。

 当初の方針としては【ノーサイドゲーム】の能力下で犯人を手数により圧倒し、無力化するだけのつもりでいたのだから。


 卓也のワイシャツに付いた血が多少気がかりではあったが、作戦続行を決めた。


「萌絵、やれ!」

「…うん!」


 男子生徒の合図で再び複数の鳥を作り出す女子生徒。

 そして、またしても卓也たちに向けて勢いよく飛ばすのだった。


「卓也くん!」

「ああ…」


 左腕が使えない卓也は右腕を前に構える。

 そして、迫りくる鳥を全て叩き落としながら、ゆっくりと前に進むのであった。


「コイツ…!なんて速さだ…」


 左腕を失ってしまった事で必然的に先ほどよりも早く右腕を動かし攻撃を捌く卓也。

 下手に受ける事も出来ないので全て弾いている。それは尋常でないスピードであった。


「聞け、二人とも」

「…?」

「なんだよっ…!」


 卓也は鳥を弾きながら、二人にゆっくりと近づき話しかける。

 そこに焦りや苦痛といった様子は無く、実に冷静であった。


「俺は理事長からの依頼で誘拐事件の犯人を捕まえるために調査をしている者だ。学校に確認してもらってもいい」

「…」

「誰が信じるかよ…!」

「そして犯人はどうやらこの学校の"寮に住む能力者"を狙っているらしい。だから二人ももし寮に住んでいるのなら、すぐに逃げよう。俺が知り合いの警察に言って保護してもらえるようにするから、自分たちで倒そうなんて思うな」


 卓也は、宝来に仕事を頼んでいるであろう鬼島に話を付け、二人を保護してもらう事を考えている。

 能力者絡みの事件の事前調査ならびに早期解決として乗り出した卓也であったが、調べるにつれて金や怨恨などではないかなり強い陰謀を感じ始めていた。

 被害者の安全と次の犠牲者を出さない事を優先するのであればここらで一旦玄田に報告するのがベストだと考えていたので、目の前の二人の事は色々な意味で丁度良かったのだ。


「……稗田ひえだくん」


 鳥を飛ばしながらも、女子生徒は男子生徒を何かを訴えるような目で見た。

 女子生徒は卓也の言葉ではなく、本気で二人を心配する"態度"に少し心を動かされている。

 平気な顔で攻撃を捌いたり、自らの腕を顔色一つ変えずに切り落としたりと規格外の行動に驚きはしたものの、今の卓也は『二人を甘言で騙し危害を加える』ようには見えなかった。


 そして卓也の態度はもちろん男子生徒にも伝わっている。

 伝わってはいるが、一度でも判断を誤れば生命にかかわるような決断を、彼は中々出来ないでいた。

 我が身可愛さではなく、近くにいる女子生徒のためにはどうすれば良いのかを、必死に考えている。



「さぁ、攻撃を止めて。まず話を聞いてくれ」


 お互いの距離が約5メートルのところに近づいた時に、ハプニングが起きてしまう。

 これまで正確に卓也に攻撃を続けていた女子生徒が、度重なる攻撃による消耗と心の迷いのせいで、泉気で作った鳥をあらぬ方向へと飛ばしてしまったのだ。


「あっ…!」

「…!」


 鳥は卓也を通り過ぎ、後ろにいるいのりに向かって一直線に飛んでいった。

 このままなら背広の盾に当たるだろうか?それともいのりの頭上を越えて廊下の逆側の奥まで飛んで行って消えるだろうか?

 そんな不確かなことを考えるまでもなく、卓也はものすごいスピードで駆け出していた。高速で飛行する鳥を追跡するため走る。

 女子生徒は突然の出来事と疲弊で鳥のコントロールを失い、男子生徒と共にただ見ているしかできなかった。


 当のいのりは走って来る卓也を1ミリも疑うことなく見つめている。

 そして数秒後————


「ありがとう、卓也くん」

「おう。怪我はないか?」

「おかげさまでね」


 何とか伸ばした右手でいのりに迫る鳥を弾いた卓也だった。


「右腕ノダメージガ一定値ヲ超エマシタ。右腕ノ機能ガ停止シマス」


 しかしギリギリの出来事で対処の仕方が悪かったのか、無情にも2度目のレフリーの宣告が廊下に響き渡る。

 そして同時に卓也の右腕から力が抜け、両の手とも体からぶらりと垂れ下がる状態となってしまった。


「ごめんなさい…私のせいで…」

「へーきへーき。指一本触れさせないって約束したからな。それに、俺にはコイツが…」

「ねえ、もう止めよう、稗田くん…」


 卓也がいのりに大丈夫だと話している時に、生徒二人の方で変化が起きる。

 女子生徒の方が、戦闘を止めるよう言い出したのだった。


「今ので分かったの…。あの人は誘拐犯なんかじゃないって」

「でも…」

「自分の腕を犠牲にしてまで向こうの子を助けたんだよ。犯人なら、普通そんな事しないと思う」

「そんなの…分からないじゃないか……」

「それにやっぱり、あの人がそんな酷いことするようには、私見えないよ」

「…」


 男子生徒も感じている。彼の人となりに。そして同じ学校の生徒と犯人が一緒に行動している違和感に。

 だが大きな警戒心があと一歩のところで話を聞くのを阻止していた。


 しかし女子生徒が完璧に戦闘態勢を解いたことで、ようやく落ち着くことが出来たのだった。


「おっ、ようやく聞いてくれる気になったか?」

「はい…」

「…」


 泉気を消し、ゆっくりと歩いてくる二人を見て、卓也が一声かける。

 まだ警戒心がゼロになったとは言えないが、戦闘が終わりそうで卓也も安堵の表情を浮かべた。


「話を聞く気になってくれて良かった。俺は塚田卓也。探偵をやっている者だ」

「私は南峯いのり。高等部1年よ。彼の助手みたいなことをやっているわ」

「キミがあの南峯さんか…」

「塚田前会長のお兄さん…?」


 四人は簡単に自己紹介を済ませる。


 女子生徒は【守屋もりや 萌絵もえ】、高等部2年生。男子生徒は【稗田ひえだ 秀和ひでかず】、同じく高等部の2年生。

 二人は1年生の時に同じクラスで知り合い、疑似サーチが使える守屋が彼に声をかけ"能力者友達"になる。

 何かと秘密の多い能力者にとって同じ学校に通う能力者はとても貴重であり、これまでお互い支え合ってきた仲だった。

 そして今回の事件でも、二人は協力し犯人を撃退しようと動き出したのだ


 卓也も今回探偵としてここに来た経緯や、今日の調査で分かったことなどを共有した。

 そして理事長やシスター花森、そして妹の真里亜に確認すればすぐにでも容疑を晴らすことができると話したところ、二人の信用度もかなり上がったように思えた。



「というワケで、俺は君たちの敵ではない。むしろ味方だと思ってほしいところだ」

「…まあ、犯人ではないみたいだけど」

「今はそれでいいよ。ただ守屋さんの方は、できればすぐにでも保護したいところなんだが…」


「それは困るなぁ」


 お互いの潔白を証明し、今後の方針を話そうとしていたところ、声をかけてくる一人の人物が現れた。


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