第130話 ヤンデレラ その5

「実は孝之さん、既婚女性と不倫関係にあるみたいなんですよ…」

「え…」


 驚愕の表情を見せる女。


 俺の仕込みとは、伊藤の交際相手である鹿苑寺という女に、伊藤の嘘の不貞行為を吹き込み怒らせるというものだった。


 この女がヤンデレだというのは、濁りきった目を見たらすぐに分かった。

 俺との面識は無いことからヤンデレラによる効果ではないだろうし、伊藤と交際しているか或いは片想い中の"先天的ヤンデレ"だと踏んだ。


 確認したら前者だったので、俺はひとつの役割を彼女に与えた。


「そんな…嘘よ…あの人が……」


 ブツブツと独り言を吐く彼女を尻目に一足先に2階へと上がる俺と真里亜。


 描いたのは、伊藤との話し中に激情に駆られたこの女がボコりに来るという筋書き。

 これで伊藤を懲らしめて、二度とこんなことをやらないよう注意するというのが主旨である。

 悪気はなくてもこんな質の悪い能力、簡単には使わせないよう痛みで分からせるということだった。


 その場で素直にヤンデレラを解除し今後使わないことを誓ってくれたり、彼女が何もしてこなかったらそれはそれでいい。

 前者なら彼女が乗り込んでくる前に不貞行為は人違いだったと弁解するし、後者なら弁解プラス伊藤の気泉を封じ強制解除&能力使用禁止を課せばいい。

 俺の仕込みは一種の保険のようなものだった。


 そして彼女の行う暴力は、ビンタとかパンチキックとかそれくらいをイメージしていた。








 ___________________










「真里亜は見ちゃダメ」

「あっ」


 俺は隣にいる真里亜の肩を掴むと回れ右をさせて、二人の愛憎劇が目に入らないようにした。

 流石に刄傷沙汰は高校生には刺激が強すぎるからだ。


「もう…私は大丈夫なのに……あっ」

「ん?」


 不服そうにしていた真里亜だったが、途中で何かに気が付いたようだ。

 そしてーーーーー


「ヤッパリコワーイ!」

「うぐぉ」


 俺に抱きついてくると、おもいっきしホールドしてきたのだった。

 く、苦しい…グリグリすな…



「がッァ…………!」


 近くには、厨房から持ち出したであろう包丁で勢いよく伊藤の腹を刺す鹿苑寺の姿が。

 刺された伊藤はたまらず持っていた携帯を落とし、仮眠室の床に倒れ込んでしまう。

 そして鹿苑寺は倒れた伊藤に馬乗りになって、包丁を振り上げる。


 泉気のお陰で常人よりも頑丈になっているとは言え、やはり鍛えていないと包丁には勝てないよな。


「ひどいよっ…!」

「グガァっ…!!」

「一緒に幸せになろうって言ったのに…!」

「ゴアッ…!」

「自分は他所の女と…!幸せになろうなんてっ…!!」

「ゴボッ…!!」


 鹿苑寺が悲痛な思いを吐きながら、自分の下に居る伊藤を二刺し三刺ししていく。

 それを受け、伊藤も苦しそうな声と血を吐き出している。

 そろそろ止めてやらないとな。


「アンタなんか…!」

「おっと、そこまでだ」


 真里亜を引き剥がし鹿苑寺に近付くと、包丁を振り下ろそうとする手を掴む。


「っ…!何よ!アン…タ……」


 激昂する女の首に恐ろしく速い手刀を打ち込み意識を飛ばすと、倒れる体を支え邪魔にならないよう部屋の隅に置いた。

 そして重症を負い立ち上がれないでいる伊藤の横に立った。


「はぁっ…!はぁっ…!」

「よぉ…苦しそうだな。大丈夫か?」

「はぁっ…!はぁっ…!」


 返答できずに大きい呼吸を繰り返す伊藤。目線だけ俺に向けているが、焦点が合っているのかも怪しい。

 普通の人間だったらとっくに死んでいたかもしれないな。


「もしお前が能力を解除してくれるなら、その傷を治してやれるが…どうする?」


 脅迫のようなやり口は最終一歩手前の手段だったが致し方ない。

 それほどコイツが歪んだ趣味をしており、かつ人にも強要するヤツだったからな。

 これで少しは懲りてくれたら良いのだが…



「……………………フッ」


 解除を期待していた俺に返ってきたのは、伊藤の嘲笑だった。


「…これで死ぬなら本望ってか?」

「…………そう……だ……」


 精一杯振り絞った肯定の返事に、呆れを通り越して惨めとさえ思ってしまう。

 最期は愛するヤンデレ彼女の手で逝けるなら、ヤンデレ好きとしてこれ以上のエンディングはないとでも思っていたんだろうな。


「……ま、どっちでも一緒だからいいんだけどな、俺は」

「…ごほっ……」

「解除してくれたら皆怪我もなく無事に終われるけど、お前が死んでも俺の能力は解除されるしな」

「……」

「…そしてお前の愛する恋人は社会的にご臨終だ……」

「………なに…?」

「お前はギャルゲーが最も現実と乖離していると言ったが、確かにそうだ。お前の好きなヤンデレヒロインは、愛するあまり主人公をその手にかけ、そこでゲームは終了する。バッドエンドかトゥルーエンドかは作品にもよるがな」


 プレイヤーの分身たる主人公が死んだら、普通は即コンティニュー画面か、エンディング後のエピローグで少しだけその後の事が語られるだけだ。

 その後もガッツリストーリーが進むゲームはそう無いだろう。


「だが現実は違う。今お前が死ねば彼女は警察に逮捕され、罪を償うことになる。実名で全国に報道され、出所後も【恋人を殺した殺人犯】という汚名をずっと背負ったまま生きなければならない。お前が自己満足に浸ったまま死んだ後も、彼女の物語は終わらないんだ」

「…!」


 彼女を嘘で焚き付けたのは俺だが。


「さぁ、どうする?お前を愛してくれた女性を、自分の手で地獄に叩き落とすか?それでもヤンデレ最高と満足したまま逝けるのか?」

「……」


 伊藤の目線はもう俺ではなく、気を失っている彼女を捉えていた。

 俺も喋らず、しばらく無言の時間が続いていたが、やがて伊藤が再びこちらを向きーーーーー


「………解除した…」


 と呟いた。


「オーケイだ」


 俺はしゃがむと、伊藤の肩に手を置き能力を発動させた。








 ___________________









 その後の話


 能力で伊藤の傷や服を治した俺は、そこいら中にベットリと付いた血液をどうしようかと悩んでいた。

 すると真里亜が、「血液を水に変えましょうか?」と言ってきたので、お願いしてみた。

 何という事でしょう…。あんなに真っ赤だった部屋が、透明な水浸しの部屋に大変身。

 課題であった汚れ問題も、真里亜が居れば簡単にクリアできるなと感じたのだった。


 そして俺たちは気を失っていた鹿苑寺を起こす。

 設定は、俺たちが床にぶちまけてしまった水に足を滑らせ転倒した鹿苑寺が気絶してしまった、というものだ。

 当然本人は自分の記憶との食い違いに混乱していたが、あのショッキングな光景よりも、ただ転んで気絶したという方を選んで落ち着いてくれた。

 刺したハズの伊藤が無傷でピンピンしてりゃ、そりゃあ自分の記憶なんて信じられなくもなるわな。


 それとすぐに不貞行為は誤解だと伝えたので、彼女の病みも落ち着いた。

 伊藤もこれからは彼女を一途に愛していき、ヤンデレの良さは自分だけが知っていればとりあえず良いという風に思い直したようで、俺はあえて気泉を封じるまではしなかったのだ。

 ちょっと甘いかな…?



 そして俺と真里亜は急いで俺の住む部屋へ戻り、能力が解けて眠るように気を失っていた美咲を一旦ぬいぐるみにし、四人まとめて特対近くの人気のない公園のベンチで元に戻した。

 伊藤の話では能力を解除すると、影響を受けていた人は少しの間気を失い影響を受けた前後の記憶が曖昧になるのだという。

 真里亜と遠くから様子を見ていたが、皆「なんで揃ってこんなところで寝ているのか?」といった事を口にしていた。

 どうやら、あのハチャメチャな行動は覚えてないようで良かった。


「良かったですね、兄さん」


 うん。君は本当に何ともないね…。



 あと、今回は能力を弱めにかけていたというのは本当の話らしく、「来られる人だけが来た」という、なんとも大学の飲み会みたいな状況だった。

 おかげで助かったのだが、本気を出されていたらと思うとゾッとする。


 何が最弱だ、清野のヤツ…


 いや、俺が迂闊にファミレスであんなこと言ったからか…




 はぁ…





【ヤンデレラ】 完

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