第110話 超人タクヤ降臨 (大規模作戦4日目)

「ようやく着きますね、ボス」

「ああ…」


 島の北部にある森を駆ける二人の男。

 部下を囮にし主戦場から離脱したCBのボス上北沢と、大幹部最後の一人リューヒ。

 二人は主要拠点であるこの島を放棄し、特対から逃げるために走っていた。


 CBメンバーはほとんどが倒れ、健在なのはこの二人と、各地でボスが再びやって来るのを信じて戦っている一般兵数十名だけである。

 幹部以上の地位を与えられた実力者たちも皆特対の猛攻の前に敗れ、組織はもはや完膚なきまでに壊滅させられていた。


 敗因として考える事は沢山あったが、今はこの反省を活かすためにも何としても自分がこの島から逃げ延び、再起を図らねばならないと考える上北沢。

 考察は後回しにし、逃げる事に頭を切り替え集中した。



 洞窟への隠し通路の入り口が近づいてくると、遠目に人影が見えた。

 まだハッキリと確認できていないが、その人影は隠してある洞窟入り口の辺りに居たので、大幹部のユキナが自分たちの事を待っているものだと思った。


「あれ、ユキナですかね」

「チッ…エンジンかけて待っとけってのに…」


 上北沢は自分たちが船に乗った瞬間に発進できる様準備しているものと思っていた為、思わず舌を鳴らしてしまう。

 それに隠してある通路の入り口の近くに立っていたのでは、通りかかった特対に勘ぐられてしまうだろうと、彼女の迂闊さに苛立ちを覚えていた。

 だが影に近づくにつれ、それが仲間のものでないことが二人にハッキリと分かり、走る足を途中で止めたのだった。


 そして卓也も、止まった二人をバッチリと目で捉えていた。


「………誰だテメェ」

「どうも、嘱託職員です」

「…その嘱託とやらが、そこで何してる?」

「いやあ、女を捕まえてボートをぶっ壊したから、次はアタマを取ろうかなと待ってたんだけど、アンタがアタマってことでいいのかな?」


 上北沢は、卓也の後ろにある通路を隠してある岩がズレているのを見て、決してハッタリを言っているのでないことを理解した。


「…いかにも、俺がCBの代表の上北沢だ」

「そうか。おとなしく捕まるなら痛くはしない」

「さっきから、ざけてンのかオラぁ!」

「黙れリューヒ。もし嫌だと言ったら?」

「こうする」


 突如卓也は右足を思い切り振り上げ、サッカーボールを蹴るようにして足元にあった拳大こぶしだいの石を二人に向かって蹴り飛ばした。

 強化した脚力から放たれた蹴りは、ただの石を砲弾のように飛ばした。


「…」

「うわっ…!」


 凄まじい威力にリューヒは思わず手を顔の前に構えるが、石はどこにも着弾しなかった。

 あれほどの勢いで放たれた石は、上北沢の目の前でピタリと止まり空中を浮いていたのだ。

 サイコキネシスにより防壁が張られ、卓也は攻撃が届かないどころか上北沢の表情一つ変えることが出来なかった。


「流石、ボスだグァッ…!?」

「…!」


 二人が安心したのもつかの間、石の発射を目くらましにして猛スピードで回り込んでいた卓也は、無防備なリューヒの背中に掌底を繰り出していた。

 そして


「勁掌ッ!」


 卓也の声の直後にズシンという衝撃が響き、リューヒはそのまま前に倒れた。

 続けて、リューヒの隣にいた上北沢目がけて攻撃を繰り出す卓也。


「チッ…!」


 卓也の掌底が当たる直前、上北沢はサイコキネシスで卓也を吹き飛ばし身を守った。

 何かに引っ張られるようにして5メートルほど後ろに飛ばされた卓也だったが、体勢を立て直しつつ地面に着地する。

 だが、上北沢は周囲の岩や木を引っこ抜いて物凄いスピードで卓也に向けて飛ばした。


「ウゼェんだよ!」


 咆哮と共に物凄い勢いで迫る木や岩を、卓也は高速で走りながら躱し反撃の機会を窺う。

 時折石を投げつけてけん制するも、先ほどの見えない壁に阻まれ上北沢に攻撃が届くことは無かった。

 正面からの攻撃では届かないと判断した卓也は、フィールドを活かし平地だけでなく木の上やちょっとした小高い丘の上などに素早く移動しながら投擲攻撃を繰り返すが、上下左右どの方向からの攻撃も全て"見えない防壁"に阻まれ失敗してしまう。


 卓也が一回攻撃する間に上北沢は三回も四回も攻撃を行っており、二人の手数の差は歴然であった。

 サイコキネシスの攻撃手段の一つである"物体への干渉"により、卓也以外の周囲に存在する物質は最早上北沢の支配下と言っても過言ではない。

 先の戦いでは同系統かつ同レベルの能力を持つ美咲が相手だった為"支配権の取り合い"という互角の勝負が成立していたが、程度の低い炎や水を操る能力者・範囲効果を持たない能力者ではあっという間に支配権を奪われ一方的にやられてしまう。

 それほどサイコキネシスを極めた者は優位に戦うことが出来るのだ。


 卓也の能力は先ほどのゴウキとの戦いや、先日の【手の中】のメンバー渡会との戦いで"重力"や"酸素濃度"にも干渉できることが分かった。

 これらは上北沢でも干渉するのが難しい領域である。

 しかしそれらは同時に、専門の能力だからこそ『周囲のみ』だったり『部屋の中だけ』で効果を及ぼすことが出来た。


 卓也が今感知している"重力"や"酸素濃度"を能力で変えてしまう事で、もしかしたら島全体、あるいは日本・世界の数値まで変動してしまうかもしれない。

 そう思うと、効果的かもしれなくても今はその切り口で上北沢に反撃を行う事は難しかった。

 もし機会があれば、今度酸素濃度計を借りて実験しようと思った卓也である。



「あいったー」

「ハッ…!」


 しばらく膠着状態が続いていたが、二人に動きが見られた。

 素早い動きと身のこなしで華麗に攻撃を躱してきた卓也だが、上北沢の放った大きな石が左腕に命中し、肘から先が消し飛んでしまう。

 そしてそれを見た上北沢からは思わず笑みがこぼれた。

 酷い出血と片腕の欠損は、持久戦になれば確実に自分に勝利の女神が微笑むと確信してのことである。


 しかしその笑顔も長くは続かなかった。


「………お前…!」


 上北沢の顔色がみるみる驚愕の色に変わっていく。

 卓也はすぐさま傷の治療をし、元のコンディションに戻した。

 潰したはずの腕が戻る様をハッキリと目にした驚きもあるが、上北沢の頭の中ではとある歯車が噛み合う。


「そうか…お前が…お前が特対のヤツらを治療してやがったのか…!!」


 驚愕が怒りの表情へと変化する。

 今日の防衛戦での特対の異常な回復力、その原因が目の前にいた。

 自分がこれまで積み上げてきた地位と城のほぼ全てを失う事になった原因が、今目の前に立っているのだ。

 能力者・非能力者合わせて総勢300人の自分のしもべであり軍隊が、たったの数日で無くなった、その原因の一端に上北沢の怒りは頂点に達していた。


「よくも俺の邪魔をしたなァ!!!!!!!」


 凄まじい叫びと共に発せられる泉気の波が周囲に広がる。

 明らかに先ほどよりも気合いの入った様子で、力を漲らせていた。


「社会にとってはお前が邪魔だ」


 対する卓也は上北沢の怒号や気など全く意に介さず、言いたい事正論を言った。


「ー!!!!」


 だが淡々と告げたその言葉が引き金で、上北沢は卓也を捕まえず殺すことに決めた。

 周囲に生えている木や、土に埋まっている大きな岩などを片っ端から持ち上げると、自分も一緒に宙に浮き卓也を見下ろした。


「もう、テメェが泣き喚こうが何しようが、殺す。命乞いをしても許してやるつもりは無ぇから、今のうちにお祈りでもしておけや…」

「…おお、天にまします我らの父よ…、今そちらに愚かな命をひとつ送ります…」

「…!!!マジで殺す」

「こっちもダチが一人お前の部下にやられてるんだ。お前にもそのツケを払ってもらうぞ!!」


 舌戦が繰り広げられる。

 長年清野と付き合いのある卓也の煽りレベル・煽り耐性はカンストしており、彼に舌戦で勝てる人間はほとんどいない。

 お互いに攻めの姿勢を緩めず、一触即発のまま第2ラウンドへの火蓋が切って落とされようとしていた。



「…死ね」


 先に動いたのは上北沢だった。

 手掌で木と岩を操ると、凄まじいスピードで卓也目がけて飛ばす。

 威力も量も、先ほどより上だった。


「おっと!」


 卓也もスピードを1段上げて、飛んでくる物体を次々と躱していく。

 水鳥と殺り合っていた時のような轟音が北部エリアに鳴り響いた。

 質より量で攻める上北沢と、緩急をつけた動きで見事に躱す卓也。

 相変わらずの膠着状態…と言いたいが、卓也の方は完全に攻める余裕を失っていた。


 さっきまでの上北沢は攻めてはいるものの、同時に卓也の動きや持っている能力を視ようとする意図があり、そこまで間髪入れずに攻撃を行いはしなかった。

 なので卓也も攻撃と攻撃の間に石や木片を拾って投げる猶予があったのだ

 しかし卓也が高いレベルの治療系能力者だと分かると、上北沢は治療が間に合わないくらいの速度と威力で押し切る作戦に変更した。

 そのせいで卓也の方には反撃の機会がほとんどなくなってしまった。


 こうなってくると辿り着く決着としてはお互いの泉気切れ・体力切れだが、もちろんお互いそんなことは考えていない。

 どこにお互いの伏兵がいるかもしれない状態で、いつ切れるかも分からないエネルギーを待っているほど悠長では無かった。



 猛攻の中、卓也が唐突に動きを止める。

 先に仕掛けたのはだった。


「なんだ…?」


 見ると卓也の足はすねの辺りまでが地面に埋まり、土が固まって身動きが取れなくなってしまっていた。

 上北沢は早々に、素早い動きの卓也をサイコキネシスで直接縛るのは無理だと判断すると、密かに地面を何か所か柔らかくしてそこに足を取られるのを待っていたのだ。

 そして地面に卓也の足が埋まった瞬間土を固定し、まんまと動きを封じる事に成功した。


「くたばれぇ!」


 自身の能力で凝固した土をほぐし脱出しようとする卓也だったが、それをさせまいとする上北沢の猛攻が襲う。


「こなくそっ…!」


 足が使えない卓也は飛んでくる木石ぼくせきをパンチで一生懸命はたき落とし防御していた。

 正面からの攻撃はなんとか対応できていた卓也だったが、後ろや真上からも容赦なく降り注ぎ、やがて大量の木と岩に体が埋まってしまう。

 もちろん木や岩は単に体に張り付いているだけでなく、凄い力で卓也の体を圧縮している。


 そして、先ほどまで轟音が響いていた一帯が久しぶりに静寂に包まれた。



「は、は、は…はははは…どうだっ…!回復ヤローが…!!」


 息を切らせながらも、脅威を排除した喜びから笑い声をあげる上北沢。

 森だった場所からは木々が根こそぎ抜かれ、二人が戦闘をしていた場所だけぽっかりと更地のようになってしまっていた。

 一か所、不自然に木や石や岩が密集している場所があり、それが上北沢のこしらえた卓也の"ひつぎ"のようになっている。

 それを見ながら勝利を確信し、笑いをこぼすのだった。


 だが隠れる場所などほとんどないはずのこの場所に、上北沢の耳に聞き覚えの無い声が届いた。


「塚田さん!」


 今まで卓也の指示で安全な距離を取って見守っていたバディの駒込が、透明マントを被りながら身を案じて"棺"の近くへやってきていた。


「なんだ、仲間がいやがったのか…」


 声はするものの、姿が見えず辺りを見回す上北沢。

 コソコソ隠れているくらいだからそれほどの実力は有していないだろうと、特段焦った様子もなく能力で空気に干渉を始める。

 この更地で不自然な動きがあれば、そこに声の主が居る道理であるというのをすぐに理解したのだ。

 しかし


「大丈夫ですよ、駒込さん」

「!?」

「塚田さん!無事なんですか!?」


 ぐちゃぐちゃの挽肉にしてやったハズの人間の声が聞こえ、上北沢は驚きの表情を浮かべた。

 駒込もまた、あの木石の圧縮を受けてなお元気そうな卓也の声に驚愕する。

 二人とも、卓也が"武術で体を頑丈にすることが出来る治療術師"と誤認しているため、無理もなかった。


 棺の中の卓也は、無傷である。

 服は汚れているが、能力で硬度を上げた体は木石の圧縮ではほとんどダメージを負うことは無かった。

 しかしこのままでは上北沢にも全くダメージは与えられず、決着が着かない。


 消耗戦でも負ける気は全くしていないが、『ツケを払え』と大見栄を切ったにもかかわらず体力切れを待ったのではカッコが付かないと考えた卓也は"隠し玉"を使うことにした。



「こっちは全然平気ですよ。それより駒込さん」

「な、何ですか?」

「ここからは、もしかしたらさっきよりも周りに被害が及ぶかもしれないので、気持ち離れていてもらえますか?」

「え…?」

「いやー、やっぱ体術だけじゃ厳しいですね。まさか触れもしないなんて、参っちゃいましたよ」

「はぁ…」


 『触れた相手の数値を操作する』という能力によるデバフがまるで使えない事に参っている様子の卓也。

 にもかかわらず状況にそぐわぬ能天気な反応に、少し緊張感を抜かれてしまう駒込。


 しかし、この後すぐにまた緊張することになるのだった。


「だから、ちょっとね…」

「!…それ…は…」

「やり方を変えなきゃいけないなーなんて…」


 木や石などを押しのけ、棺の中から出てきた卓也の腕は、まるで大木のように太かった。


「師匠と違ってテクニックじゃ難しそうなんでね…」


 次に出てきた足も、腕と同様に樹齢数十年の立派な木のように太く逞しかった。


「だから、ここからは純粋なパワーで戦います。あ、この姿はナイショでお願いしますね」


 そして最後に体全部が出てくる。

 身長はゆうに3メートルを超え、手足はゴツく人間の体を一握りで潰せそうな大きな掌を携えた、およそ人間とは思えない異形の姿。

 本当にこれが共にここまでやってきたパートナーの姿なのかと自分の目を疑うくらい、大幅な変化をしていた。

 だが顔や声は、間違いなく先ほどまで一緒に行動していた塚田卓也そのものなのだった。


「というわけで、離れていてください。危ないので」


 姿の見えないパートナーに注意を済ませると、ゆっくりと上北沢に向かって歩いて行く卓也。

 彼が好きなアメリカンコミックのキャラクターから着想を得たこの変身は、能力で自身の身体能力をパワーとスピードにこれでもかと振った結果だった。

 これ以上体を大きくしてしまうとスピードや手足の器用さが損なわれていくため、このサイズがベストである。


 卓也はこの状態を、そのキャラクターから取って【超人モード】と呼んでいた。



「ぶっ飛ばしてやる…!」










 _________________










 1課のエースである水鳥美咲と鷹森光輝はCBのボスである上北沢を探していた。

 一騎打ちの途中で現れた彼の大勢の部下と戦闘をしている内に、肝心のボスの姿が見当たらない事に気が付いた二人はその場を他の仲間に任せて捜索を開始していた。

 幸いなことに二人とも能力で飛行する事が出来たので、空から上北沢の捜索を行っていたのだった。


 島の各地では仲間とCBのメンバーが未だ戦いを繰り広げており、叫び声や雄たけび、そして爆発音や様々な能力の音が響いている。

 そんな中、二人は島の北部にを見つけた。

 森の中にぽっかりと、木々が生えていない更地があったのだ。

 よくよく見ると地面から木が引っこ抜かれたばかりの、まるで開拓工事真っ最中の現場のような地形であることがうかがえた。


 二人は会話を交わさずともここに上北沢がいると感じ、揃って近づいていった。

 その時、ひと際大きな音が更地の付近から聞こえた。


「…あれは!?」


 音のした方を見た美咲は、目に飛び込んだ光景に驚愕の声を上げた。


 そこには、防壁を破られ吹き飛んでいく敵のボスと、変わり果てた姿の塚田卓也が居たのだった。

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