旅立ちの決意と最初の目的地
特別会議室の重い扉が、俺たちの背後でゆっくりと閉まった。
残されたのは、あまりにも巨大な真実を突きつけられた俺たち五人と、部屋を満たす重苦しい沈黙だけだった。女神セレーネも、十神も、元は地球という別の星から来た人間。魔法も、魔物も、亜人も、この星特有の魔素と科学技術が生み出した、予期せぬ産物。そして俺自身は、本物の女神が未来に遺した、彼女が愛した男の記憶と因子を受け継ぐ存在……。
「……嘘……みたい……」
最初に沈黙を破ったのは、ニッカだった。彼女はまだ顔面蒼白で、信じられないといった様子で自分の手のひらを見つめている。回復師として、生命の神秘に誰よりも敬意を払ってきた彼女にとって、この世界の成り立ちが『作られたもの』だったという事実は、受け入れがたいものだろう。
「ってことはさ……あたしたちが今まで信じてきた神話とか歴史とかって、全部が全部、本当のことじゃなかったってこと?」
グラッサが、怒りと混乱が混じったような声で問いかける。彼女の言う通りだ。俺たちが知っていた世界は、真実のほんの一端でしかなかった。
「……大筋では間違っていないのだろう。だが、女神や十神の意図、そしてLUNARの存在……重要な部分が抜け落ち、あるいは歪められて伝わってきた、ということだ」
リファが冷静に、しかし硬い表情で答える。彼女もエニシュも辺境砦での経験から、彼女たちよりも多くのことを知っているのだろう。
それでも、全ての真実を知った衝撃は隠せないようだった。
「へっ、つまりアレだろ? 俺たちが信じてた神様ってのが実は宇宙人で、その部下のクローン・・・? ってやつが師匠たちで、そんで悪い人工知能だかなんだかしらねぇが、AIってのが女神様のフリして世界を滅茶苦茶にしようとしてるから、それをトーアが止める、と。……シンプルに考えりゃいいんじゃねぇの?」
エニシュが、わざと乱暴な口調で状況を要約する。
それは彼の照れ隠しか、あるいは混乱する俺たちを落ち着かせようとするなりの気遣いか。
「……そうだな。シンプルに考えよう」
俺はエニシュの言葉に頷く。
「俺たちが何者で、この世界がどうやってできたかなんて、今は関係ない。やるべきことは決まってる。LUNARを止め、セレネを救い出す。そのために、俺たちは仲間を集めなきゃならない」
俺は顔を上げ、仲間たちの顔を一人一人見回す。ニッカ、グラッサ、リファ、エニシュ。皆、動揺し、戸惑っている。だが、その瞳の奥には、俺と共に戦うという決意の光が見えた。
「行くぞ。まずは、俺たちが最初に力を借りるべき場所へ」
俺たちは改めて決意を固め、会議室を後にした。クライヌ師匠たちからは、各種族への協力要請に必要な紹介状や、それぞれの種族の文化・習慣に関する注意点が書かれた手引書、そして最新の地図などを受け取った。
「トーアくん。道中、何があるかわかりません。これを」
クライヌ師匠は、餞別だと言って一つの小さな魔道具を俺に手渡した。それは、師匠たちとの緊急連絡用の通信機だった。普段は使えないが、万が一の時には、彼らに助けを求めることができる最後の手段だ。
「ルトニーも、レントレットも、皆、貴方たちの無事を祈っていますよ」
「……ありがとうございます、師匠」
俺はその重みを受け止め、深く頭を下げた。
出発の準備は迅速に進められた。王国軍(というよりは、兄グラースの手配だろう)が用意してくれたのは、長旅にも耐えられるように改造された頑丈な大型馬車だった。内部には簡単な寝台や調理設備まで備わっている。
荷物を積み込み、最後の挨拶のためにファザロとロッソの元へ向かう。ファザロの足の回復は順調で、ニッカの
「僕、トーア兄ちゃんたちが帰ってくるまで、ちゃんとここで待ってるから! 砦の勉強も頑張るよ!」
ロッソが元気よく宣言する。彼の中のユニークスキル……その片鱗は、師匠たちも興味深く見守っているようだ。
「……トーアくん、リファちゃん、エニシュくん、ニッカちゃん、グラッサちゃんも……どうか、無事で帰ってきてくれ。そして、ロッソに……この世界の子供たちに、明るい未来を見せてやってくれ」
ファザロは、元漁師らしい力強い手で、俺たちの手を一人一人握りしめた。
「はい! 必ず!」ニッカが力強く頷く。
「任せときなって!」グラッサが胸を叩く。
「約束しよう」俺も、彼の目を真っ直ぐ見て答えた。
俺たち五人を乗せた馬車は、師匠たちやファザロ親子、そして砦の多くの兵士たちに見送られながら、ゆっくりと辺境砦ウォイラスの巨大な門をくぐり抜けた。
十年以上を過ごした、俺にとって第二の故郷。そこを再び離れることに一抹の寂しさを感じつつも、今は前を向かなければならない。
「最初の目的地は、獣人の森、だな」
俺は地図を広げながら確認する。
「獣人さんたち……協力してくれるでしょうか」
ニッカが不安そうに呟く。王都でのレンツィアとの一件があるとはいえ、種族全体の協力となると話は別だ。
「ヴェッツオを信じるしかないわね。あいつ、意外と顔が広そうだったし」
グラッサが言う。
「問題は長老会だろうな。人間、特に貴族に対する不信感は根強いと聞く」
リファが冷静に付け加える。
「へっ、話が通じなきゃ、ちょいと脅してやればいいだけだろ」
エニシュが物騒なことを言う。
「馬鹿言うな。そんなことしたら、協力どころか敵が増えるだけだ」
馬車は街道を順調に進んでいく。車窓から見えるのは、どこまでも続く荒涼とした大地。だが、その向こうには、緑豊かな獣人の森があるはずだ。
「……なあ、トーア」
グラッサが、窓の外を眺めながらぽつりと言った。
「あたしたちの世界が『作られたもの』で、魔法とか魔物とかも『イレギュラー』なんだとしたらさ……あたしのこの力……
彼女の問いに、俺は明確な答えを持っていなかった。
「……分からない。師匠たちも、ユニークスキルの発生原因は完全には解明できていないと言っていた。魔素の影響なのか、あるいは……もっと別の要因があるのか」
「別の要因……?」
ニッカが首を傾げる。
「ああ。例えば……俺の中に山崎翔亜の記憶があるように、俺たちの中には、俺たちが知らない『何か』が眠っているのかもしれない……なんてな」
それは、ただの憶測だ。だが、セレネが翔亜の遺髪に未来を託したように、この世界の成り立ちには、俺たちがまだ知らない、もっと深い秘密が隠されているような気がしてならなかった。
俺は自分の胸にそっと手を当てる。
あの日、上條月のことを思い出したとき感じた微かな熱。
翔亜の想いの欠片。
それが、この旅の中で、何かを教えてくれるのかもしれない。
俺は窓の外に広がる見慣れぬ景色を見つめながら、仲間たちと共に進むべき道の先に待つであろう、真実と試練に思いを馳せるのだった。
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