辺境砦への帰還と合流
バフェル公爵を捕縛し、王都の当面の危機を取り除いた俺たち三人は、グラースに後処理を託し、早々に王都を後にした。
目指すは俺たちの第二の故郷とも言える場所、辺境砦ウォイラスだ。
「しかし、まさかお前が
街道を歩きながら、俺は隣を歩くエニシュに感嘆の声を漏らす。
あの絶体絶命の状況から俺たちを救ったのは、間違いなく奴の登場だった。
「師匠の作った試作品だって言ったろ。まだ安定しねぇし、着地点もズレる。今回は運が良かっただけだ」
エニシュはぶっきらぼうに答えるが、その横顔はどこか得意げだ。
ダルウィー師匠に実験台にされながらも、しっかりと技術を習得していたらしい。
「運も実力の内、だろ? 助かったのは事実だ。礼を言う、エニシュ」
「へっ、礼なんていいから、今度美味い酒でも奢れよ」
「それは構わんが、兄貴はまた酔って面倒なことになるんじゃないか?」
リファが呆れたように横槍を入れる。
「うるせぇ! リファこそ、あの公爵相手にもう少し粘れなかったのかよ」
「貴様が来るのが遅すぎただけだ!」
道中、こんな軽口を叩き合えるのも久しぶりだった。
辺境砦にいた頃は、常に死と隣り合わせの緊張感の中、こうやってくだらない言い合いをすることで、互いの無事を確かめ合っていたような気がする。
数日後、見慣れた荒涼とした大地と、その先に聳える巨大な壁が見えてきた。辺境砦ウォイラスだ。
「見えたな」
「ああ。……なんだかんだ言っても、やっぱり落ち着く」
リファが小さく息を吐く。
俺も同感だった。王都の華やかさも、マーシマの海の匂いも悪くはない。だが、この厳しく、しかしどこか懐かしい砦の威容を見ると、心が安らぐのを感じる。
ここで俺は十年を過ごし、生きる術を叩き込まれたのだ。
砦の門が近づくにつれ、警備の兵士たちの姿が増えてくる。
俺たちの姿を認めた衛兵の一人が、驚いたように駆け寄ってきた。
「トーア殿! それにリファ様とエニシュ様も! ご無事でしたか!」
「ああ、なんとかな。留守中の砦の様子はどうだ? 俺の連れ……ニッカたちは無事か?」
俺が尋ねると、衛兵は安堵の表情を浮かべた。
「はっ! 皆様ご壮健です。トーア殿たちの帰りを首を長くしてお待ちでした。ささ、こちらへ」
衛兵に案内され、俺たちは砦の中へと足を踏み入れる。
内部は以前と変わらず活気に満ちていた。
行き交う兵士や傭兵、商人たち。訓練場から聞こえてくる剣戟の音。俺たちが王都で戦っている間も、この砦は変わらず機能し続けていたのだ。
すれ違う顔見知りの兵士や傭兵たちが、俺たちの姿を見て驚き、そして笑顔で声をかけてくる。エニシュやリファへの軽口も飛び交うが、それは彼らがこの砦に受け入れられている証拠でもあった。
やがて俺たちが案内されたのは、砦の中でも比較的安全な居住区画にある、以前俺にも割り当てられていた部屋の一つだった。
扉の前には、見慣れた二人の少女と、松葉杖をついた大男、そしてその傍らに立つ少年が、心配そうな面持ちで待っていた。チェキの姿はない。彼女は今頃、エルフ領で自分の役割を果たそうとしているはずだ。
「トーアさん!」
「トーア! 遅いよ!」
扉が開くと同時に、ニッカとグラッサが駆け寄ってくる。その目には安堵の色が浮かんでいた。
ほんの数週間離れていただけのはずなのに、二人とも以前より少しだけ雰囲気が変わったように見える。特にニッカからは、以前よりも安定した、それでいて深い魔力が感じられ、グラッサの立ち姿や視線の動きにも、戦いを経験した者特有の鋭さが加わっている気がした。
「二人とも、元気そうだな。心配かけた」
俺は二人の頭を軽く撫でる。王都での激戦を思い返すと、彼女たちをここに残してきて正解だったと改めて思う。
「トーアさんこそ、ご無事で何よりです! でも、私たちもただ待っていたわけじゃないんですよ!」
ニッカが力強く言う。
「そうそう! トーアたちがいない間、師匠たちにビシバシ鍛えられてたんだから! 少しは強くなったはずよ!」
グラッサも胸を張る。
聞けば、ダルモア師匠やルトニー師匠たちが、彼女たちのユニークスキルをより実戦的に活かすための訓練をつけてくれていたらしい。
ニッカは回復魔法だけでなく補助魔法の精度と種類を増やし、グラッサは複製能力の応用範囲を広げつつ、短剣術も磨いていたようだ。
元々素質は持っている彼女たちだ。
師匠たちの猛特訓を受ければ、その能力は飛躍的に上がっていてもおかしくない。
それに彼女たちの成長も、これからの戦いの大きな力になるだろう。
「トーアこそ、怪我はないの?」
グラッサが俺の体をペタペタと触って確認する。
「ああ、大丈夫だ。見ての通りピンピンしてる」
「リファも、お疲れ様」
「グラッサたちこそ、留守番ご苦労だったな」
リファも普段のぶっきらぼうな態度は鳴りを潜め、穏やかな表情でグラッサに応える。
「トーアくん、それにリファちゃんも。よくぞ戻ってくれた」
松葉杖をつきながら、ファザロが力強い声で言う。彼の失われた右足には、まだ義足はついていないが、その顔色はマーシマで会った時よりもずっと良く、力強さが戻ってきている。
「父ちゃんの足、ニッカ姉ちゃんが
傍らのロッソが、興奮気味にファザロの膝下を指さす。そこには、僅かだが確かに新しい皮膚と肉が再生され始めている兆候が見えた。ニッカの力は着実に効果を発揮しているようだ。
「凄いな、ニッカ。ありがとう」
「いえ、ファザロさんが頑張ってくれているからです」
俺は、はにかむニッカに礼を口にする。
「さて、無事の再会を喜んでいるところ悪いが、話がある。中へ入れ」
俺たちの再会を見守っていた、師匠の一人であるクライヌが、いつの間にか部屋の入口に立っていた。彼の背後には、ダルモアやルトニーたちの姿も見える。
「師匠」
「王都での活躍、見事だったぞ、トーア。そしてリファ、エニシュも」
クライヌは珍しく穏やかな表情で俺たちを労う。
「ですが、休んでいる暇はありません。魔の森攻略に向けた本格的な準備を、これから始めます」
その言葉に、俺たちの顔から安堵の色が消え、再び緊張が走る。王都での戦いは終わったが、本当の戦いはこれからなのだ。
俺たちはファザロとロッソに「後でまた来る」と告げ、師匠たちが待つ砦の上層階、あの特別な区画へと向かう。扉の前に立つと、中から集結した仲間たちの強い気配が感じられた。
俺は一つ深呼吸をし、ニッカ、グラッサ、そしてリファ、エニシュと共に、決戦に向けた第一歩を踏み出すために、扉を開けたのだった。
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