青い流星だけが知っている。

あごだし

喧嘩屋編

序章 はじまりの物語

 今日もツーストの甲高いエンジン音が357号線に響き渡っている。


 今日も白煙を吐きながら白バイを横目にJCTをフルパワーで走り抜けてゆく。


 今日も怒号を飛ばす暴走族と悲しく街を照らす満月を置いてけぼりにしてゆく。


 白いタンクに刻まれた名前はRZ350。

 ハロゲンの丸いヘッドライトは行く手を優しく勇ましく照らしてくれる。


「大丈夫だよ、私がいるから」


 そう囁くかのように軽量な車体は上手く段差をいなし、今にも夜空へ飛び立ちそうなほどの加速で全てを置き去りにしてくれた。辛く悲しいことも、死ぬほど痛いことも、酷く腹の立つことも……


 白いタンクを流れる青い流星だけが全てを見ていた。


 ◇


「さすがに煽りすぎたか……」


 ココ最近、17時を過ぎても白バイが出没していた。だからというかなんというか、仕方なく白バイやら暴走族やらと一緒に国道を流していたんだが……どうやら今夜は向こうも本気みたいだ。


「しつっけーなー」


 ミラーにはクルクル回る赤色灯しか映ってないのを見てとてつもないスリルを感じる。いつもと同じように逃げ切れるとは思えなくなってきてRZの回転数を一気に上げて次のギアに繋ぐ。


 それを合図に一匹狼を追い込む狩りが始まった!


 ◇


 RZとは別のエンジン音が後ろからたくさん近づいてくるのがハッキリとわかる。


「止まらんか、ノーヘルのクソガキィ!」


 いつの間にか周囲を取り囲んでいる漆黒の車体から鋭い視線と大きな怒鳴り声が飛んでくる。止まったら捕まるという確定した事実にダメ押しするように罵声を浴びせてくる白バイ。白バイたちの後ろからは暴走族が束になって追いかけて来るというワケのわからない状況に俺は大きな笑い声をあげた。


「あはははッ!こりゃ全力で離脱するしかねーなァ!」

「おいコラ、待たんかァ!」


 ほぼ同時に加速するRZと白バイたちは前を走るトラックや一般車をすり抜けてどんどん速度を上げてゆく。前がフリーになってふと手元に目をやるとスピードメーターが振り切れそうになっている。が……さすが鬼マサ。鬼のマサジ率いる白バイ隊はひっきりなしに怒号を飛ばしながら付かず離れずくっついてくる。湾岸市川で高速に乗るフェイントをかけるがそれでも白バイたちは一切ブレずに俺をひたすらに追いかけ回してくる。しばらく走ると橋を登ったり下りたりする道が続くが、それでもなおしつこく追ってくるオーラを背中のドラゴンが感じ取っている。

 だいたい、一台の走り屋パクるために後ろで暴走してる族たちを無視する白バイなんて聞いたことがない。


「超おもしれーッ!ヤッパこりゃ腹ァ括ってイチかバチかの勝負に出るしかねェみてーだな……どっちが先にくたばるか勝負だコラ!!」

「上等切ってんじゃねェぞクソガキァ!」

「ドタマかち割って殺すぞコラァ!」


 鬼マサに続いて他の白バイ隊員たちや暴走族たちも口々に罵声の言葉を飛ばしてくる。


「フルチューンを施したオレのRZに勝てると思うなよッ!!」


 下り坂でスピードメーターは完全に振り切って一回転したのをチラリと確認しつつそのまま、姿勢を低くしてトラックの間をすり抜け赤信号に突っ込む。


 ――――――ッ!!!


 気がつくと左右から聞こえていたクラクションと衝突音は後ろの方に遠ざかっていた。咄嗟の判断で右に左にとハンドルを切り、鬼のような笑みを浮かべて大きな笑い声をあげている。まさに狂人そのものだ


「アブねー死ぬかと思ったゼェ!!!」


 しばらくして脈動が落ち着くと今更思い出したかのように追っ手を確認すると、相変わらず白バイたちは張っついて来ているのを見ていい加減うんざりしてきた。しかし暴走族は交差点で大惨事になっているようだった。


「しつけーんだよッ!」

「お前には言われたくねェなアンパン野郎!」

「るっせッ、三下のマッポのクセして!」

「アンだとコラァ!!」


 白バイとは抜きつ抜かれつ、交差点という交差点を全て赤無視することを繰り返して既に花見川を越えようというところまで来たが……橋を越えた先の警察署前に何やら赤いランプがチラホラと煌めいて見える。

 何台ものパトカーが横向きに止まって警官が手を大きく振っているのが少しずつわかってきた。完全に道路が封鎖されているというワケだ。


「チッ、ここまでか……」


 そう呟くとギアを落とし少しずつ減速していき、なんだか元気のなさそうな音を奏でるRZに間もなく白バイたちが追いつき鬼マサはこう言った。


「もう諦めろ、お前は檻にできるだけ長くブチ込んだるから覚悟しとけェ」

「はい、わかりました……なーんてねッ!」


 そう言い放ち勢いよくアクセルを捻ると荷重が後ろにかかって、本当に飛び立つんじゃないかと思うくらいフワッと前輪が浮くのを感じた。

 そして道路を封鎖するパトカーと警官たちめがけて唸るエンジンと共にそのままの姿勢で突っ込んでゆく。


「んなこと脳ミソ腐っても言うわけねェだろバカヤローッ!!!」

「ッな、っの野郎……ッ!」


 15000rpmの演奏が14号に甲高く響き渡り、パトカーのわずかな隙間を上手いこと縫って走り去っていく。


 最高に楽しいッ、今までの人生でイチバン楽しい!ダチも女も親もいらねェ!俺にはコイツだけいてくれればそれでいい。流れる景色の中で止まって見えるコイツだけが俺の味方だ――。


 ◇


 あの一件は一般車も巻き込んだ大事故になったため、新聞の一面を飾る大きな話題となった。それと同時に千葉最速最強のRZ350は暴走族や走り屋たちの間で瞬く間に有名になり、暴走族や白バイ、パトカーの路上封鎖からウィリーで逃げ切ったことで日本全国で生きる伝説となった。


 だがしかし、それからすぐの頃、生きる伝説はあまりにも呆気なくこの世を去ることとなった。


 ある雨の夜のことだ。急に雨が降ってきたものだから急いで家に帰ろうと357号線を制限速度なんか気にもとめずに走っていた。するとピカッと光ったかと思えば体中に電気が走り稲妻に撃たれたことがわかった。そして呆気なく、あっさりと、誰にも悲しまれず、この世から姿を消したのだった。


 ◇


 そうして一つの物語は終わりを迎え、新たな物語の始まりへと向かうのだった。

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