第6話

「何か聞こえたか?」

 ビアンカが聞くと、蔵之介はビアンカの胸元におでこを寄せた。

「分かんない。耳元でぴちゃぴちゃ言ってて、海の叫ぶ声が聞こえたけど」

「ならよかった」


 やっと息が吐きだせ、蔵之介ははあはあと息を切らしていた。

 ビアンカは体を離し、蔵之介の肩を支え、椅子の背もたれに寄せた。

 その肩をゼノスが再び支えると、ビアンカは頷き蔵之介の頬にキスをしてカーテンの向こう側へ向かった。

 カーテン越しにも向こうから、海の声であろう息遣いが聞こえた。


「っくそ、絶対吊るす……」

 海は頬を赤く染め、力なくくたりとそこに倒れていた。衣服はピーの手により既に整えられている。


 ピーはキーパーに採取したものを渡した。

「糸の採取もしましたので、すぐに調査いたします」


「頼む」

 ビアンカが言って海に歩み寄る。

「全く、余計な手間をかけさせるな」

 ビアンカはそう小さくつぶやいた。


「どうだ? 契約する気になったか? 僕の助手は上手いだろ?」

「すっごい上手いな。遅漏の俺が一瞬だった」

「早漏の間違いじゃないのか?」

 海はビアンカを睨みつけた。すると視界の向こうでカーテンが揺れた。

 見ると、顔を赤くした蔵之介が現れる。



「なっ、カーテンの向こうに行くなんておかしいと思ったよ! 蔵之介に聞かせるなんて何してんだよ!?」

「大丈夫だ、蔵之介は何も聞いてない。そうだな、蔵之介?」

「う、うん……」

 蔵之介は耳を攻められた感覚と恥ずかしさで赤い顔をそらした。


「絶対聞いてただろ!?」

 海は声を上げる。

「静かにしてください。聞いてないと言っているでしょう。もう一回されたいんですか?」

 ピーに言われ、海は静かになった。



 調査結果次第では即死刑は覚悟しておけ。



 蔵之介ははっとしてカーテンから飛び出した。

「そ、それは多分違うと思う!」

 ビアンカに言って駆け寄った。

「海ならそんな事しないよ」

 蔵之介はビアンカから海に目を移す。分かってはいたが人の形をしてる。以前会った時の姿とは全く違った。

 見目では分からないが、先ほどの話の内容から本人だろうと察しはついた。 なんといっていいか迷い、ビアンカの服をぎゅっと掴む。

「蔵之介、海を信じたいか?」

 蔵之介はビアンカを見上げると、ビアンカの左手が右頬に触れた。

「うん、だって、海は誤って蓋を開けてても外に出ようとしなかったし、毒も調節できてた。悪意は持ってないと思う。それに、ごはんも運んできてくれたし、理由は言えないのかも知れないけど、敵にはならないんじゃないかな……」

 蔵之介はだんだん弱気になって、声が小さくなっていった。


 ビアンカは仕方ないと言った様子で息をつく。

「なら蔵之介は彼をどうしたい? 追放するか? 食事を運ばせるために雇うと言っても断られた。このまま、不法侵入を許し続けるわけにもいかない。

 蔵之介にできる事は、彼を説得するしかない。出来なければ追放か、それでも入ってくるようなら拘束して留置するしかない」

 ビアンカに言われ、蔵之介は泣きそうな顔をしていた。

 蔵之介は海に向き直った。


「海、海ならビアンカと契約して食事を運んで。そしたらいつでも会えるし、俺は嬉しい。もしだめなら、もう来ないでいいよ。海が捕まるのは見たくない。全部俺のエゴだけど……。食事も頑張って虫を食べる」

 海は蔵之介の言葉に目を見開く。

 ビアンカは蔵之介の頭を撫でた。

「上出来だ」

 蔵之介はビアンカに言われ、顔を向けるとビアンカはほほ笑んでいた。

 ホッとして海を見るとうつむいている。



「卑怯な奴だな」

 海は手を握り、ため息をついた。


「どうする? 蔵之介が望んでるよ」

「ビアンカ。そんなふうに海を脅さないであげて」

 蔵之介はビアンカの腕をつかんだ。海を見るが、返答をしてこない。これは拒絶なのだろう。蔵之介はそう受け取り、口を開いた。

「大丈夫、僕は虫を食べる。僕に捨てられたって思っても、僕を心配して食事を運んで来てくれたんだ。捕まって海が罰を受けるなんて嫌だし。

 きっと森の中に離してからも苦労したのに、もっと苦労させるなんて嫌だよ」

 蔵之介の目からは涙がこぼれ、ぽたぽたと絨毯に染みをつくった。



 ビアンカは蔵之介を見つめ、その後海へ向き直り口を開く。

「分かった」

 先に声を出したのは海の方だった。

「契約する」

 海がそういうとビアンカはほほ笑んだ。

「助かる。今後は、二人分を頼む」


 ビアンカの言葉に、海は首を横に振った。

「残念だが、それは無理だ。俺は蔵之介のためにしか働くつもりはない」

 海が言うと、ビアンカは軽く笑った。

「それだけ蔵之介の事を想ってるってことか」

 ビアンカの言葉に海は顔を赤くする

「そういう言い方するな!」

 照れたように言う海を初々しいと言うかの様にほほ笑み見て肩に手をぽんぽんと置いた。



「じゃあ」

 と蔵之介が口を挟む。

「材料を頼める?」

 蔵之介は涙をぬぐい、海に歩み寄る。

「材料?」

「材料と調味料を揃えてくれれば僕が作れるから。出来れば料理の本とかもあると助かるけど」

「それならできると思うが。何を買って来て欲しいのか指示は欲しい」

 海は蔵之介と目が合うと照れたように目をそらした。

「それはメモを作るよ。それで二人分作れると思うから、そしたらビアンカも食べれるよ」

 ビアンカもそれで頷いた。

「それなら料理人に蔵之介から教えてもらい、いずれ料理人だけで作れるようにさせよう」

 蔵之介を見つめる海の目は震えていた。


「ではそれで契約でいいかな?」

 ビアンカはそういって、海の体をひとなめ見る。そして腕を掴み、手を滑らせる。

「おい、触んな!」

海が顔を赤くし抵抗するが、胸、足、お尻と触っていく。腰を撫でると海は「ひっ」と声を上げた。


「うん、がたいもいい、力もありそうだ。警戒の強い初日に侵入で来たスピードと判断力。それに事前調査もしてたんだろうな。その能力を期待してもう一つ契約したい」

「もうしねーよ! あんたとこれ以上契約なんてありえない!」

「蔵之介の専属のキーパーになって欲しい」

その言葉に海は驚き顔を上げる。


「キーパーは今もいるが、今後蔵之介と相性のいいキーパーを選び付き人にするつもりだった。それには蔵之介を絶対的に信用し、命にかけても守れる人材が必要だ。君がそれに適任だと思うんだが、どうだ? 

 ゼノスもその役割はあるが、まだジュブナイルだからな。君は性成熟してるだろ?」

「当たり前だ! じゃなかったらさっきのは何だっていうんだ!?」

 海は怒って言う。


 この世界で幼児はスリング、性成熟したものはアダルト、その間はジュブナイルに分類される。ゼノスはジュブナイル。生贄が子供だということも想定し世話役に任命した。そう蔵之介はゼノスから聞いていた。



 ビアンカは続ける。

「ゼノスが世話役としてはここまでで適任だと分かったが、守護としてはゼノス一人では荷が重い。城を守るキーパーもいるが、いつでも守れるわけではない。

 そして、生贄の役割の面も含め蔵之介に害がなく、信頼でき、できる限り側にいて守れる者が必要だ。

 君は他のキーパーの様に姿を消すことはできないが、生贄としての役割を害するような事はなさそうだ。その面も合わせ、素早さや、城に忍び込める度胸、城のキーパーから逃げ出した実力。蔵之介の守護には適役だ」



 ビアンカは海の耳元に顔を寄せる。

「食事を運ぶとき以外は、蔵之介を好きなだけ見ていられる、どうだ?」

「まるで俺がいつでも蔵之介を見ていたいみたいじゃねーか」

 海は小声で言って蔵之介を見る。蔵之介は何かと、何度か瞬いた。

「悪い仕事じゃないだろ? それに、生贄をかけた戦いの時。僕が木の上に張り付けた蔵之介を、木から降ろしたのは君だろ? 降ろしたのは蔵之介が高いところが苦手なのを知っていたからだ。違うか?」

 ビアンカは含みある笑いを見せ、しかし離れると厭らしさを消し、自然とほほ笑む。

「なっ」


 海は否定しなかった。

 確かに木のから降ろしたのは海だった。


 蔵之介は海を逃がすときに高いところに逃がそうとしてくれた。しかし、高いところが苦手な蔵之介は木に登ろうとするが足がすくみ怖くてなくなく諦めた。そして、「ここで許して」と低めの葉に下された。

 蜘蛛なのだから木に登ることなんてたやすい、それくらい蔵之介も分かっていたはずだ。

 なのに怖いのを我慢して登ろうとしてくれた。優しく危なっかしい蔵之介を放ってはおけなかった。

 海はその後も母親にたたかれていた蔵之介の事を放ってはおけず、何度も気付かれない様蔵之介の部屋の窓の外に張り付き見守っていた。側にいて見守っていられるならそれに越したことはない。


「分かったよ! 契約する、キーパーになる! これで満足か?」

 海は諦めたように肩を落とした。ビアンカにはなぜか見透かされている。それに抵抗したところで余計に変な突っ込みを受けそうで、今はそれは面倒だった。分かりやすい奴だとはよく言われたが、すごく不愉快だ。

「うん、ひとまず満足だ。これ以上の話は蔵之介のいないところにしたい」

 ビアンカは目を細め海を見据えた。

 海は嫌な予感がして背中がゾクリとする。

「大丈夫、警戒するような事ではないよ」

 ビアンカはそういって、海の拘束を解くようピーに指示をした。


 僕のいない所で……蔵之介は昨日ゼノスから聞いた、聞いてはいけない事を思い出した。僕に話してもらえないことはまだある様だ。でもビアンカはそれを隠そうとはしてい様だ。

 言えないことは言わない。子供の頃よく言われた「大人になれば分かる」という言葉。最終的に調べるまで分かることはなかった。あれは説明したくない大人のいいわけだ。

 きっとビアンカは時が来れば必要なことは説明してくれる。蔵之介はそれを信じて待とうと心に決めた。


 蔵之介は海に歩み寄り

「これからよろしく!」

 と手を差し出した。海は顔を赤くし、目をそらすと、ビアンカがにこにこと見てるのが目に入る。

「んだよ」

 海が睨むように見て言うと、ビアンカは蔵之介の肩を抱き寄せた。

「蔵之介」

「なに?」

 蔵之介が顔を上げると、ビアンカの唇に唇が触れた。


「なっ」

 海は驚いてビアンカと蔵之介を引き離した。「えっ」と蔵之介は声を上げた。キスされたことへと、突然引き離されたことに驚いてのことだった。

「何してんだよ! 未成熟の相手にそういう行為は重罪だろ!」

 しかし、海はキーパーの手によってすぐさま拘束される。

「おい、いつの間に戻ってきたんだよ!?」

「先ほどからずっといました」

 姿の消せるキーパーがいつ戻ってきたのか蔵之介も気付いていなかった。

「ビアンカ王に気安く触るだけでなく、蔵之介様との関係を邪魔する行為も重罪に値します。反省部屋へ閉じ込めて置いてください」

ピーが言って、キーパーは頷き海は再び手足を縛り連れていった。

「うるさい! いいか! お俺をお前が雇ったんだからな! 俺はお前が蔵之介に手を出そうとしたら全力で阻止してやる!」

 最後の方は声が遠くなり、その後も何か騒いでいたが何を言っているのかは聞こえなくなった。


「ビアンカ、今なんでキスしたの?」

 蔵之介が顔を赤くして聞く。

「海が勘違いしないようにするためだ。蔵之介は僕のモノだからな」

 ビアンカはそういって、蔵之介の頭を撫でた。




 勘違いしないように。僕のモノ。


 ビアンカの言った言葉を思い出し、天井を仰いだ。

「ビアンカってなんであんなに俺の事好きなんだろう? 好きなんだよね? 多分……」

 部屋に戻り、蔵之介は撫でられた頭を確認するように触った。

「執着してるというと大げさな気もするけど、すごく気を使われてる気がする」

 聞かれたゼノスは考えるように首を傾げる。

「執着……、確かに強い方かもしれません。ビアンカ王は生まれてすぐに王になる人材と選ばれ、教育を受けたそうです。最初のうちは皆と足踏み揃えて教育を受けていましたが、ある日からビアンカ王だけが、王になる為の修行をサボらず全てに全力になったと聞いています。指導に当たる師もビアンカ王に付きっ切りで指導していたそうです。それはどちらかというと、ビアンカ王の方が、強さか王座かに執着していた様だと周りから見えていたようです」

「そう、なんだ。……生まれた時から王になる人材」

 即位式でビアンカが王になる事を信じている人達がいたのは、その姿や行動を 見ていたからだったのかと理解した。


「ビアンカってなんで王になりたかったんだろう」

 蔵之介が言うと、ゼノスは考え口を開いた。

「王になりたかったわけではないと思います。ピーさんからお聞きしましたところ「王になる運命」だと、ビアンカ王は仰っていたようです」

「王になる運命?」

「はい、王になったらそれなりの実力と能力が必要になる。それを持っていな ければこの世界を壊してしまうと」

「ビアンカが言ってたの?」

「そうだと聞いています」


 ゼノスが頷くと、部屋のドアが空いた。ゼノスは急なことに警戒し、ドアに糸を飛ばす。

 するとドアと壁に糸が張られ、ドアが途中で止まった。

「誰だ!?」

 ゼノスが言うと身構え、蔵之介を後ろにかばうように立ち、左手を横に伸ばした。

「俺だよ」


 声から察するに海だった。ドアから海の手がひらひらと振っているのが見えた。

 ゼノスは、息をつき警戒を解いてドアへ近付いた。

 しかし、ドアは勢い良く押されると糸がぶちぶちと切れ開いた。

「糸が弱いな。もっと鍛錬しろよ」

 そういいながら海が入ってくる。

「僕だって頑張ってますよ!」

 強く言うが、ゼノスはしょぼんと肩を落とした。

「“頑張った”じゃ蔵之介は守れないからな」

と海はゼノスの肩をぽんと叩き蔵之介のもとへ歩み寄る。

「お仕置き部屋に行ったんじゃ無かったんですか?」

「ん? ああ、抜け出してきた。昨日一晩中狭い暗い地下室に閉じ込められていたのに、今日まで閉じ込められてらんないよ」

 海はソファにどかりと座った。


「なっ、何してるんですか!?」

 横柄な海の態度にゼノスが声を上げた。

「何って座っただけだろ」

「ここは蔵之介様の部屋です、それをキーパーの身分でソファに勝手に座るなんてありえません!」

「いいだろ別に、な?」

 海が言って、蔵之介を見ると蔵之介はまじまじと海を見ていた。

「なんだよ」

「本当に海なんだよね?」

 蔵之介は海の顔を下からのぞき込むように見たり、髪や服、足元までまじまじと見ていた。


「どうだ? 人の姿の俺はカッコいいか?」

 海が自慢げに言うと、蔵之介はうなずいた。

「うん、海って人の形にもなれたんだね。どうして飼ってるとき見せてくれなかったの?」

 蔵之介は興奮気味に言った。カッコいいかとの問いに本当に頷かれるとは思わず、海は照れて首の後ろを撫でた。

「そりゃ見せるわけにはいかないだろ。驚くだろうし、ここでのルールでもやたらと見せるのは禁止されている。騒ぎになっても面倒だからな」


 蔵之介の守護となった海は、契約時とは裏腹に嬉しそうだった。

 蔵之介も久しぶりの友と会ったかのように話しができた。以前は会話も出来 なかったのに不思議だった。それだけ海は気さくな性格だった。

「でもなんで海は性成熟しても青いままなの?」

「お前、その話聞てないのかよ。それは」

 海が言おうとして、ゼノスに服を引っ張られ止められる。

「その説明はまだ蔵之介様には早いって言われてるんです!」

 ゼノスはこそこそと海に言うと

「ええ? 大丈夫だろ、今時エッチのしかただって知ってるって」

 海が含むように笑うと、ゼノスは顔を真っ赤にした。

 ゼノスを気にせず蔵之介に説明を始める。


「この世界の蜘蛛は全てオスなんだ」

「ちょっとダメですってば!」

 ゼノスが止めに入るが話を続ける。

「それぞれが独自の進化を遂げ、俺の家系では体の色が変わりにくくなった。 体に雌の特性も持ち合わせたからだ」

ゼノスは海が話をしている間も、ずっと海を引っ張って居た。蔵之介は止めようか迷ったが、話の方が気になり海に聞く。

「じゃあ、この場所に性別がないってこと?」

「そう、だから妊娠にも相手は必要ないんだ。卵のうを自分で作り、産卵して射精する事で子供が生まれる。それを言えば全部雌とも言える。子作りは一人で全部できるんだよ」

 蔵之介はぽかんとしていた。一人で卵を生んで子供を作る?

「すごいね、それってどういう仕組みなの?」

「気になるか? それなら身を持って経験してみるか?」

 海は蔵之介の顎を指で持ち上げ顔を近付けた。


 ゼノスは先ほどから海の服を引っ張り、顔を赤くしていたが自分の力ではどうすることもできないと悟り、「うわぁぁ!」と泣きながら部屋を飛び出した。

「あいつはなんで泣いてるんだ?」

「うぶなんだよ」

 蔵之介が言うと海は笑った。

「うぶって、蔵之介がいうのかよ」

「それ、バカにしてない?」

 蔵之介はムッとして海を見る。

「可愛いとは思ってる」

 海が言うと、蔵之介は海の袖を引っ張った。


「なんでさっき嘘ついたの? 俺を知らないって、俺が嫌だった?」

 蔵之介は不安そうに問う。

 海は蔵之介を見て、顔をそらした。

「捨てられたからだよ。寂しかったんだ。また捨てられると思ったし。嫌われてないって分かってるのに、離れて。一緒にいたかったから、拗ねてたんだ。

我ながら恥ずかしい事言ってると思うけど。嘘ついた理由はそれだけだよ。

 さっき蔵之介がいつでも会えたらうれしいって言ってただろ。すごい嬉しかった」

 海は蔵之介を抱き寄せた。


「だから心配すんな」

 と海が蔵之介の頭に頬を寄せると、蔵之介は涙をあふれさせた。海が蔵之介の頭を撫でると蔵之介は海の胸に顔を押し付けた。

「なんで泣いてるんだよ!?」

「だって、嫌われてるのかもって思って。逃がしちゃったの後悔してて。でも普通に話してくれるし。

 今まで虫と人間で話したことなかったのに、なんか話しやすいし。このまま一緒に居られたら嬉しいのに」

 蔵之介が顔を離すと、海は蔵之介の頬に手を触れた。

「お前、それ誘ってるの?」

 蔵之介の頭に手を回すが抱き寄せることはしなかった。蔵之介は意味が分かってないのか、返事をしなかった。

「泣いてんなよ。俺が泣かせたみたいだから」

「うん」

 蔵之介は海の背に手を回して抱きしめた。



「ちょっと! 何してるんですか!?」

 ゼノスが戻ってくると、声を上げた。

 ピーを連れ立っている。

「海。ビアンカ王が話があるそうで「早急に来い」だそうです」

 ピーは笑顔で、眉をひくつかせて言った。


「今いいところなのに、それにさっきのお前のやり方じゃ足りないんだよ」

 海が不満そうに言うと、

「さっきの?」

蔵之介が聞くが、先ほどの”精子採取”を思い出し気まずく目をそらした。

海の首の後ろの服をピーが掴む。

「おい、あ、待って! まだ話してる途中でっ」

 引きずられるように部屋を出て廊下に放り出された。そこにはキーパーが居て海は担ぎ上げられた。

「おい!」

「先に向かってください、私は少し蔵之介様に話がありますので」

とピーは蔵之介の部屋に戻り、ドアを閉めた。


「蔵之介様」

 ピーは困ったような表情で蔵之介につかつかと歩み寄った。

「はい」

 緊張気味に蔵之介は姿勢をただした。

「単刀直入に聞きます。蔵之介様はビアンカ様の事をどう想ってますか?」

「どうって、……王様?」

「それだけ? ですか?」

 ピーに聞かれ、蔵之介はドキッとする。胸が少し痛んだ気がした。

「胸が痛みますか?」

「な、なんでわかるの?」

 蔵之介は頬を赤くして慌てて手をわたわたと動かす。

「分かりますよ。ビアンカ様は貴方を意識されています。事あるごとに貴方の 心音がどうのこうのと、私が興味がないと言っても実況中継のように話してきますから」

 一瞬時間が止まった様だった。蔵之介の顔は徐々に赤くなっていき口がわなわなと震えた。

「なっ、な、な……」

 蔵之介は顔を真っ赤にして肩を震わせた。そんな、ビアンカに伝わるだけではなくピーにまで伝わっているなんて思いもしなかった。

「どうやら貴方は相当優しいお方で、ゼノスにも良くして頂いてると話は聞いています。さらにはゼノスに頼めばいいようなことも自分でしようとするとか」

「う、うん。ゼノスにもやるから言ってくれって言われた……。でも自分で今までやってきたし……」

 蔵之介はうつむき目をそらした。顔はまだ熱く、赤くなっている。しばらく冷めそうになかった。

「いけません、ここでの生活に慣れるためにもゼノスに全て任せてください」

「でも、体洗われたり、拭かれたり着替えさせられたり慣れないよ!」

 蔵之介が言うと、ピーはため息を着いた。

「いずれ慣れます、それをしなくていい代わりに貴方には役割が今後増えていきます。ですから生活のことはゼノスにお任せください」

 役割が今後増える。それは蔵之介も少しは理解していた。子供を生むこと。

 実際どうやるものなのか分からないけど、妊娠と言えば人間も命が関わること。それだけ体への負担も多いと聞く。生活の事は出来なくなる場合もあるという。それくらいの事しか分からないけど。


「わかったよ……」

 蔵之介はしぶしぶ返事をした。

「あと、もう一つ重要な事です」

 ピーは蔵之介の前に膝をつき座った。


「蔵之介様から楽しそうな心音を感知すると、ビアンカ様がお妬きになります。もっとビアンカ様とも共に時間をお過ごしください」

「ビアンカと?」

 蔵之介は驚き顔を上げた。

「ええ、ビアンカ様はお望みです」

「望んでる……? でもビアンカは忙しいんじゃ?」

 ピーは頷く

「ええ、忙しいお方です。ですから仕事についてこられてもかまいません。それで知見を広げることもできます。ビアンカ様は仕事の合間にでも貴方に会いたがりますし、様子はどうかなど事あるごとに聞いてきます。貴方には何も言わないかもしれませんが、ビアンカ様は昔から付き合いのある私から見ても異常なくらい蔵之介様を意識しております」

 ビアンカが、意識している。俺だけではない。それに蔵之介は少しほっとした。

「そ、そうなんだ。じゃあ俺から会いに行った方が良いの?」

 ピーは少し黙って、周りに気付かれないほどのため息を着いた。

「いえ、蔵之介様が会いたいときで構いません。ゼノスには蔵之介様が会いたがったらいつでも部屋に着て良いと伝えておりましたが、今まで蔵之介様は会いに行きたいと仰らなかったと伺っております。王に会われるのは気を使われますか? ビアンカ様は貴方の心音から、接触を試みると緊張しているようだと。それを気にしてあまりお近づきになれない様です」

 蔵之介はそれを聞いて袖口をぎゅっと握りしめた。会いたい気持ちはあった。けど会いたいというのは、迷惑をかけるんじゃないかと思い控えていた。胸がきゅぅっと締め付けられる。

「俺は、ビアンカに会いたいって言ってもいいんですか?」

「当たり前です。誰も禁止しておりません」

「そう、なんだ」

 蔵之介はうつむき両手を頬にあてた。まだ顔が熱い。今まで部屋にいて、ふとビアンカは何してるかな? と想うことはあった。でもそれはあえて口には出さなかった。言ったところで分かるものでもないし。会いたいと言ってもビアンカは忙しく会えるとは思っていなかった。

「じゃあ、今ビアンカに会いたいっていったら、会える?」


 蔵之介はゆっくり顔を上げ、声が震えそうになるのを堪えた。

 すごく緊張して、心音が早まる。きっとこれもビアンカに伝わっている。恥ずかしいけど、会いたい。それが正直な気持ちだった。


「分かりました。今は海と話をしていると思いますので、終わりましたら呼びにまいります」

 ピーはそう言うと、ほほ笑み服を翻し部屋を出ていった。

 蔵之介はそれを見送りうつむいた。

 言えた。堪えてたことを。

 蔵之介はそれだけで嬉しくなり両手で顔を覆った。ビアンカに会える。

 さっきも会ったのだけど。それを考えると今会いたいなんておかしいんじゃないか? と蔵之介は肩を落とした。変だと思われるかもしれない……

「蔵之介様? 大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

 蔵之介の表情は暗かったが、それでもビアンカに会える喜びが勝り顔を上げた。

「でも驚いた。ビアンカがあんなに俺のこと気にしてたなんて思わなかったから」

「ビアンカ様はいつでも蔵之介様を想っております」

「そうだったんだね、なんだか不思議な感じ」

 ビアンカの事を考えると胸が暖かくなる。こんなに想われてるなんて。

 顔の熱が冷めないままだったが、気がかりがありゼノスに顔を向けた。


「海は大丈夫かな? ここだと罰とか受けたりするの?」

「はい、何かあれば罰を受けることになります。けど海さんは受けて当然だと思います」

 ゼノスは不満げに頬を膨らませて言った。

「そ、そっか」

 さっきのゼノスの反応を思い出すと、海をかばいきることも出来なかった。



「でも、安心した。海が僕を嫌いってるんじゃなくて。ビアンカは罰を軽くしてくれるといいけど……」

「あんなデリカシーがなく、ルールも守れないなんて、一度きつくお仕置きを受けたほうが良いと思います!」

 ゼノスは腕を組んで先ほどの所業を思い出しているのか怒っている。


「そう、なのかな?」

蔵之介は頬をかく

「でも、蔵之介様は海さん相手ですと性成熟の話も平気そうでしたね」

「そういえば、海相手だと平気だったかも。なんでだろう」

「ビアンカ王相手だと恥ずかしそうにしていらしたのに」


 ビアンカと話すのはなんだか恥ずかしい気持ちがある。それは蔵之介にとって初めてキスをした相手であり、抱きしめられ、優しくされ、気遣って貰える相手だから。

「ビアンカとは、性成熟の事だけじゃなくて、他のことも恥ずかしいかもしれない」

「なぜです?」

 ゼノスは首を傾げた。

「意識しちゃうからかな? 胸が熱くなるっていうか、特別なんだと思う」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る