第4話 食事は1人で食べるより2人、2人より3人

「待ってくれ、局長は大佐以上じゃないと就任できないはずだろ?」


「大佐もしくはがあればいいのさ。さすがに少佐のままでは歴代局長の顔が立たないってことで―」


「異例の中佐昇格というわけか」


「そういうこと」


レオは昔からそうだ。昔から上の奴らと上手いことやっていた。

もちろん彼の腕もある。それは分かるが、どうも俺には彼のそういうやり方が好きになれない。第一上に上り詰めて何がしたい?何を望むというのか?


「そう僻むひがむなよ。それに俺が局長になる以上はお前は程度好きにやれる。お前にも好都合だろ?」

「なんなら副局長のポストを空けてやってもいい」


「いやいいよ。俺はエリート共と席を並べて仲良くなんざつまらなくてかなわない」


「まぁ今すぐってわけじゃない。また考えが変わったら言ってくれ。昔からの馴染みだ、遠慮するな。」

「それに俺が局長に就いたのには明確な理由があるのさ」


足を組みなおし、前かがみになってこちらを真剣な目で見つめてくる。

辺りの空気が重くなったかのような感覚に苛まれるほど、今までの雰囲気とは変わったのが分かる。


「ライリー捜査官、彼女独身なんだってな聞いたぞ?」


彼のニヤケ顔が鼻につく。思わず額に手を添えてしまう。


「お前....それが目的なんて言わないでくれよ?」


「なんだ、お前も狙ってるのか?ツバサ」

「お前のタイプは両手にプロトンガンを付けてる奴だと思ったが」


「んな奴そうそういるか!というか別にライリーはただの部下だ」


「ならいいじゃない~。お前ライリーとは長いんだろ?ディナーぐらい誘えるよな?」


「いやまあそれはそうだ、今度誘ってみるよ」


文字通り稲妻のごとき速さで返ってくる。


「今夜」


驚きはしなかったが、少し呆れて彼に答える。


「俺は謹慎喰らったんじゃないのか」


「それはそれこれはこれだ、融通が利かないな相も変わらず」


「分かった、分かったよ。場所はどこがいいんだ?」


「それは俺が決めてある。とっておきのがあるんだ」


感情を隠そうともしない様子で、鼻歌すら聞こえてきそうな勢いである。



あからさまな咳払いをひとつ、改まってレオが話し出す。


「局長に俺が就いたのはもう一個あるのさ、理由が」

彼の目には決意ともとれる鋭さが伺える。彼は窓に視線を移し、遠くを見据えて続ける。


「お前も気づいてるだろ、今回の事件。どうみても普通じゃない。なにか大きな影がこの国を飲み込もうとしている」

「俺はそれを何としても防ぎたい。もう二度とこの国を地獄に墜としたくないんだ」

「ルビーの件は完全にブラックネスに取られたが、裏で俺たちで独自に調査をしようと思う」

「お前に調査を任せる。頼めるか」


「分かった」


「進捗は逐一報告を頼む、盗聴が心配だ、直接会おう」


さっきまでこれでもかと光り輝いていた太陽をいつの間にか大きくどす黒い雲がたちまち覆い隠している。辺りは薄暗く、どんよりとした空気となる。


「それから、お前の処分内容なんだが」

「明日からの1週間自宅謹慎と始末書の作成だ」

「ライリー捜査官に聞いたぞ。お前ここ数年ずっと働きづめなんだろ」

「お仕事熱心なのは感心だが——」


「よしてくれ、俺には仕事しかないんだ、もう仕事しか...」


「これは決定事項。たまには羽を休めててみろ、


そう言い残し、ディナーの件を改めて念押しして彼は家から去った。


しばらくソファーに腰掛け目を閉じてみる。

ああしょうがない、先延ばしにしても変わらない。仕方がないので重い腰を上げてライリーに誘いを入れる。思えば彼女と食事をするのは久しぶりか。それに加え食事に誘うということを記憶の限り自分からしたことはない。


「コロン、ライリーにつないでくれ」


彼女とつながり、ホログラムが映る。どうやらまだ仕事場らしい。見慣れたオフィスが背景に映る。


「お疲れ様です。柊 少尉捜査官」


「お疲れ」

「まだ大使館の件で仕事か?」


「いえ、ちょうど終わったところです」


言葉に詰まる。何を言えばいいのか。いや、分かってはいるのだが言えない。


「...すまなかった、迷惑をかけた」


もっと丁寧に言いたかったのだが、情けないことにこれが自分の精一杯であった。


「お気になさらないでください、私が柊 少尉捜査官の立場なら同じことをしていました」

「処分はどうなったのですか...?」


「1週間、羽を休めろとさ」


彼女は鼻に手を当ててクスクスと笑った。


「ジョークが上手いのですね、アダムス少佐は」


「昔からああいう奴さ」


都合よく彼の話が出た。千載一遇の機会である。これを逃したら私にはもうどうしようもない。


「今夜、レオにディナーをどうだと誘われている。ライリー捜査官もどうだ?」


冷たい汗が背中を一直線に伝うのを感じる。ほんの数秒であったが、数時間にも感じられた。やけに恥ずかしい。


「私なんかが行ってよろしいのですか?その...2人の邪魔にならないかと....」


やや被せるように返す。


「食事は1人より2人より3人、もちろんじゃないか」


「ありがとうございます!」


と、嬉しさを隠しきれず笑顔がこぼれるライリーが映る。


「場所はレオが決めてあるそうだ。時間になったら迎えがそちらに向かう手配をしておく」

「追って伝える」


「楽しみにしています!」


「じゃあ後で」


「失礼します」


思いのほか事がトントン拍子に運んで安心した。


レオにライリーが来ることを伝え、シャワーへと向かう。

こんな午後も始まったばかりにシャワーを浴びるのはいつぶりだろうか。

シャワーは汚れも感情も洗い流し、シャンプーとソープは安心と癒しを与えてくれる。


まだ時間がある、少し寝ておきたい。

眠気が襲い、ベッドへと体を誘う。逆らえない。逆らわない。

意識が深淵へと沈んでいく。


--


夢を見た。彼女だ。ルビー・ブルームだ。話しかけてもこちらを向かない。

聞こえていないのか?そっと肩に手を当て、のぞき込むと彼女の目の輝きは鈍く、虚無を見続けている。


「助けに来た、ルビー。俺だ、柊 ツバサだ」


彼女は顔をゆっくりとこちらに向け、

"なんであの時、見捨てたの"と呟く。


「違うんだ、俺は――」


--


レオからの着信で目を覚ます。

どうやら迎えがもうすぐこちらに着くらしい。


コロンにフォーマルなスーツを用意させている間に、歯を磨き、顔を洗う。


あの赤い目が、彼女の目が僕の胸をきつく締め付け続ける。


迎えの高級空車、フォルセティに乗り込む。

シャンパンや50年物のワイン、丁寧に磨かれたグラスが並ぶ。

窓を覗けばいつの間にか太陽から月に主役が移り、広告の鮮やかな色とりどりのライトが主演を引き立たせる。


店に着くとレオがすでに入口で待っていた。どうやら最高級フランス料理店のようだ。

創業開始2202年と、ロスエンゼルスの中でも群を抜いて古く、まさにとっておきである。当然一捜査官が入れるような場所ではなく、名前を聞いたことがあるだけであった。


「どうだ、すごいだろ、350階建てのビル最上階地上1100m、ロスを一望できる。昔のハリウッド跡地もここならはっきりと見えるぞ。ちょうどあのあたりだ」


「酔っぱらって落ちたら確実にあの世行きだな」


「美味しいものたらふく食って、高い酒おなか一杯飲んで死ねるなら、悪くないだろう?」


そんな冗談をいいながら彼女を待つ。空は澄み、心地よい海風が流れる。


滑らかで美しいフォルムと青白く輝くライトが特徴的な黒いフォルセティが一台、下に生えたビル群をかき分けこちらに向かってくる。


「あれ、ライリーだ」

「気に入ってくれるかな」


「さぁ。食事の趣向は知らない」


「お前はそもそも自分の好みすらわかっていからな」


そもそも全てを生成できる時代、わざわざ外に出て飯を食べるのは無駄な気がしてしまうのである。これはさすがに胸に閉まっておこう。


フォルセティのドアが開く。開いたと同時に世界のスピードが奪われる。

ワインレッドの高いヒール、細い足首、片足だけ見えるワインレッドのロングスカート、強調しすぎない胸のV字ライン、明るめの唇に、薄めの化粧、軽くまとめ上げたブロンズの髪の毛。思わず、息をのんでしまった。今思えば、フォーマルな店に彼女ときたことがなかった。ドレス姿を見るのがこれがおそらく初めてである、いや間違いなく初めてだ。既に見ていたら忘れまい。


「こんばんわ、アダムス少佐、柊 少尉捜査官」


「こんばんわ、ライリー。ドレス似合っているね」


「ありがとうございます。久しぶりのディナーなのですこし張り切ってしまいました」

ライリーは自身の下から上を流れるように一見してからこちらに微笑む。


すると彼女の奥から、もう一人、男性がフォルセティから出てくる。

この雰囲気は、あの目は、この禍々しさは、彼である。間違いなく彼である。


「久しぶりだなぁ、アダムス、柊、懐かしい顔ぶれだ」


「ら、ライリー大佐、お久しぶりです。2年前の紛争終結パーティ以来でしょうか?その...」


言葉をややつっかえながらレオが答える。


「そうだな。おそらくは。当時はまだ中尉だったが今じゃ少佐、それに今回の―」

「おっとまだ話しちゃいかんかったな」

「まぁいずれにせよ、活躍はいろんなところから聞く。元上官として誇りに思っている」


「とんでもないです、ライリー大佐」



頭を軽く下げているレオの額からものすごい量の脂汗がたれるのが見える。手を軽く握っては緩めることを繰り返している。


大佐がこちらに目線を変え、1歩2歩と私に近づく4歩目で足を止めこちらをのぞき込む。


「娘が世話になっているというのに、挨拶が随分と遅れてしまったな。すまない柊」

「随分と娘によくしてくれているようで、会うたびに君の話をされるのだよ」


「やめてくださいお父さん、恥ずかしいじゃないですか」


「そそんな、ライリー捜査官は大変優秀な捜査官で、部下としてとても頼りにしております」

「相変わらずお元気そうで何よりです。ライリー大佐」


完全にどもってしまいながらもなんとか答えることができた。

もう俺には喋る言葉が思いつかず、レオに目を向けることがやっとである。


「にしてもまさか今日ライリー大佐までいらっしゃるとは、ライリーも私に言ってくれれば私が直接お迎えに行きましたのに....」


レオが言葉を選びながら場をつなぐ。


「柊さんが言っていたのです。"123”と。でしたら3人よりも4人のほうが良いのではと思いまして父を誘ったのです。サプライズとしてあえて黙ってたんですよ。喜んでいただけましたか?」


レオの目が俺に"何てことやってんだ"と訴えかけてくる。

俺はレオに"俺のせいにするな"と目に力を込めて丁寧に送り返す。


「ええとても。ライリー大佐とは私も彼も積もる話がたくさんあります。立ち話もこれくらいに、食事を楽しみましょうか。さあこちらへ、特等席を用意してあるんです」


と2人を案内している。


私もやや遅れて歩き出すが、履きなれない靴と空気で足取りはひどく重い。








































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