嫌いなあいつとの悪縁を切りに行ったら、一日一時間、手を繋がなければ死ぬ呪いをかけられた。
一般決闘者
プロローグ:縁結びの神
人間だれしも、嫌いな奴の一人や二人いるだろう。
嫌いで嫌いで仕方ない。そんな奴ほど腐れ縁で結ばれて、同じ幼稚園、小学校、中学校、高校に進学してしまうなんてよくある話。
いわゆる、悪縁。
例えば、修学旅行のクジでの班決め。僕と奴は同じ班となり、中学最後の思い出は、トラウマ生成旅行と化した。
例えば、運動会の二人三脚。お互いに風邪をひいて休んでしまい、勝手に二人三脚にぶち込まれた挙句、奴と足をつないで走る地獄のレースが始まった。
例えば、テストの結果発表の日。奴にだけは負けまいと好きでもない勉強に注力した結果、奴と同率一位となってしまい、似た者同士だと揶揄された。
奴の名前、それは
水瀬は、例えるならとんかつに醤油をかけ、目玉焼きにソースをかけるような女だ。サラダには専用のドレッシングをかければいいのにポン酢をかけるし、納豆には付属しているタレではなくキッコーマンの醤油をぶっかける。
挙句の果てには、薄茶髪の女の子が好きな僕に対する嫌がらせのためだけに、わざわざ薄茶髪にしてくるとか、性格の悪さがにじみ出ている。
嫌いな相手が好きなものを身につけていたら、背筋に悪寒が走るのは僕だけではないはずだ。
さて、どうして僕が大嫌いなあいつのために、時間を使ってわざわざこんなことを思い出しているのかというと、すべては神社に祀られる神の祟りのせいである。
時に、悪縁が悪戯をすることがあるというけれど、これはいくら何でもタチが悪すぎるだろうと、今、僕は神を膝蹴りしたい衝動に駆られていた。
―――縁絶ちの神。
水瀬と同じ高校に進学することが決まってしまった僕は、その縁を切るためだけに、東京からここ青森まで電車を乗り継いでやってきていた。
縁絶ちの神とは、文字通り縁を断ち切る神のことで、日本で唯一、ここ青森で祀られている神でもある。悪縁というのは、すなわち偶然の重なりで、ありきたりな言い回しだが、いわば雷に打たれるようなもの。
雷とはすなわち神の怒りと言われている。水瀬との腐れ縁が偶然、つまりは神の仕業だというのであれば、その縁を切るのもまた、神であるという寸法だった。
しかしここでもまた、神は悪戯を企てていた。
今まさにお賽銭をいれ、鐘を鳴らそうと綱に手を伸ばしたその瞬間、誰かの手が重なった。悪縁を断ち切ることばかりを考えて、頭の中で神頼みをしていて気が付かなかった。
―――ああ、すみません。お先にどうぞ。
本来、その言葉を発してしかるべきその状況で、しかしそんな言葉は、その顔を見た瞬間、呑み込むどころか異空間へと消え去った。
「「は?」」
僕とそいつは、同時に疑問符の声を上げた。いやいやまさかまさかそんなばかな。
僕は目の前で起きていることが信じられなくて、何度も何度も瞬きを繰り返すが、そいつも何度も何度も目をぱちくりとしているのが見えて、ああ、これは幻でも何でもないと嫌でもわかってしまった。
「「なんでお前がここにいる、水瀬ぇ(三柳ぃ)!!!!!!」」
ここは旅行客も少ない寂れた神社。縁絶ちというご利益はおろか不利益しかもたらさない、いわゆる邪心の住まう社。そんなマイナーな場所に、まさか同じ時期、同じ時間、同じタイミングで鉢合わせるなど、どんな運命の悪戯だ。
これは悪夢だ。幻だ。そう神にもすがる思いでスマホで頭を打ち付けるが、しかし現実から逃げられるわけもない。
同じく近くにあった岩に頭をごつんごつんと打ち付けている水瀬と目が合い、速攻で逸らすまでがワンセット。
「………現実よね」
「現実だよ、不幸なことにな」
「ここ、縁絶ちの神社よね」
「ああ、縁絶ちの神が祀られてる」
「「…………」」
俺たちはお互いの認識をすり合わせ、それが間違っていないと認識する。多分、今この瞬間、考えたくもないが、この女と考えていることは同じだろう。
すなわち、
「「なんで縁結んでんだよ、このクソ神ぃいいいい!!!!!」」
――――――誰がクソ神にゃん。
「「は?」」
本日何度目かの疑問符。声のする方、神社の鐘の奥へと目をむけると、そこには猫の耳としっぽを生やした狐顔のナニカが佇んていた。首にはしめ縄のようなものがかけられており、真昼間だというのに、そいつからは後光がさしているのがよく分かった。
神々しい雰囲気を持つ、謎の生物。
「………おい、水瀬。僕には奇妙な生物がしゃべっているように聞こえるんだが、これは僕の幻聴か?」
「奇遇ね、三柳。私も偶然、そう聞こえるし、そう見えるわ」
―――――奇妙とは失礼にゃん。私は縁結びの神、妖狐猫にゃん
「おい、会話が成り立ってるように聞こえるんだが」
「奇遇ね、三柳君、私も偶然、そう聞こえたわ」
僕たちは狐モドキから目を離さずに、お互いにお互いの感じたことを共有しあう。こんなことをいうとなんだか共同作業をしているようで吐き気さえ感じるが、しかし今は目の前の謎生物の方が重要である
―――――今、お前たちに
「呪いだと? はっ! あいにく、光の錯覚とスピーカーに騙されるほど僕は馬鹿じゃない!」
そうだ。考えてみれば、こんなことはあり得ない。どこからかスクリーン映像のように、どうにかして僕たちに映像を見せているに違いない。
その仕掛けを探そうと、僕は周辺を見渡した。
「………三柳、手を放しなさい」
水瀬はそう言って手をあげる。するとなぜか、僕の腕も、勝手に持ち上がった。
見れば、僕たちの手はいつの間にか恋人つなぎをしていた。
「……おい、お前こそその手を放せ水瀬。虫唾が走る」
「それはこっちのセリフなのだけれど? ご丁寧に指まで絡めてきちゃって、三柳はそんなに私のことが好きみたいね?」
「またいつもの悪戯か? こんなもの、男の僕の方が力が強いんだから、簡単に引きはがしてやる」
僕はふんっと指に力を込めて、水瀬の手を外しにかかる。しかし案外、握力が強いのか、どうしても手が離れない。――――というよりも、掌に強力な接着剤でもつけられたかのように、ぴったりとくっついてしまっていた。
「「…………」」
水瀬も違和感に気が付いたのか、お互いに顔を見合わせる。そして息を合わせたように、綱引きの要領でお互いの腕を引っ張るが、どうあがいても外れる様子がなかった。
「おい、これはまさか、本当に?」
「……信じられないけれど、そうみたいね」
「夢じゃないよな?」
「少なくとも、私の頭にはたん瘤ができているわ」
「それは僕もだ」
信じられないが、どうやら本当に、目の前のコレは本物らしい。何が縁絶ちの神だ、真逆じゃないか……!
―――――お前たちは一日一時間、手を結ぶにゃん。一度くっついたら、一時間
は何があろうと離れないにゃん。
「縁結びって、そういう物理的な感じなのか!?」
「待ちなさい、三柳。この猫モドキが言っていることが本当だったとしても、永遠に手を触れさせなければ問題ないわ」
―――――ちなみに、結ばなかったら日付が変わった時点で死ぬにゃん。
「「…………」」
それだけ言い残して消えてく自称神。それを見届けながら、僕たちは絶句するほかなかったのである。
これがつい一か月前の出来事であり、未来永劫思い出したくもない最悪の一日だった。
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