第14話 けっせい。再び集結した敵のメンバー
「ヒナ、正気を
僕がどんなにヒナを口数で呼び止めてみても彼女は応答すらしない。
ヒナの瞳が黒くよどんでいるということは、出会ったばかりのかんちゃんたちのように敵から操り人形にされているのか。
僕の言うことをものともせずに、ヒナがぎゅっと体を締めつけてくる。
可愛い女の子に抱きつかれている夢のような絵図など気にしていられない。
今は生死をさまよう一大事だ。
「ぐっ、ぐるしい……ヒナ……」
その細身から想像できないちから。
このまま体を骨ごとへし折る気か?
操っている相手の考えが順丈じゃない。
「くっ、僕は……一体どうしたら……」
締め上げる圧迫感に耐えきれず、僕は後ろにいるヒナに向かって思いっきり頭を動かした。
『ゴツン‼』
「ぎゃはっ!?」
僕の後頭部からの頭突きをまともに食らい、フラフラして地面へへたりこむ真っ赤な顔のヒナ。
そのまま僕は体を反転させて、痛みで赤くなった鼻を押さえるヒナに直接触れ、カードに戻す。
これでヒナの『風』の攻撃は封じた。
後は、クマやライオンやらの猛獣のモンスターに命令を下しているあの猫もどきと陰キャそうな小娘? を何とかしないと……。
幸いにもモンスターたちの動きは止まっている。
まるで
「にゃるほど。あっしの猫だましによる精神の『支配』の能力をそんな風に封じるなんて中々やるにゃん」
「でもそれじゃあ、魔術が使えないみたいな顔をしているな」
「それはご名答だにゃん」
「だったら正解者として二泊三日の海外旅行券でもくれよ」
「海外? 何の話にゃん?」
「そうか、この世界に海外旅行はないのか……」
にゃこねの言葉にがっかりして、肩をすくめる。
旅の疲れをとろうとしても、この世界では羽を伸ばすことさえもできないのか。
こんなことなら、多少変態扱いされてでも、秘境の温泉に浸かるべきだった。
いや、でも僕はできることなら真っ向に生きたいし、のぞき魔として、一生を左右する変態に身を投じるのも何だかな……。
この世界でも警察や裁判官という組織は実在するのだろうか。
「おいっ、猫もどき。こっちは一人なのに、こんなにもモンスターを連れてきて卑怯な戦法だとは思わないのか?」
僕は旅行ができないという後悔の念に押されながらも、モンスター集団の上空にいる猫もどきに反論する。
「失礼だにゃ、あっしにはにゃこねという素敵な名前があるにゃん。それにこの作戦は魔王様直々の作戦にゃん。
もう少しで七枚のカードが集めてどんな願いでも叶うのに、勝手にカードを強奪したり、あっしらの邪魔ばかりして困っていた男だにゃん」
「そうか、こんにゃくっちゃねにも色々あるんだな」
「そんなおでんの具材のようなヘンテコな名前じゃないにゃー」
ここからでも分かるくらいににゃこねが怒った形相と乱暴的な発言で僕を見下ろしている。
そうか、七枚のカードが集まれば願いが叶うのか。
しかもどんな願いでもオッケーな嬉しい条件。
恐らく望んでいるのは世界征服という子供が考えそうな幼稚な願いだろう。
あくまでも学校の制服を求めているわけじゃないので
──あれ、おかしいな、これは気のせいだろうか?
何か、いつかしらの夢でもみたような気がする。
まあ、それよりもあの猫耳娘と無口な娘? を今度こそ何とかしないとな。
「だったらお前が降りてきて僕と戦えよ」
「やだにゃ。あっしは無駄と思える行動はしない主義にゃん。GAORI(ガオリ)は下がっててにゃん」
「ハイ、ニャコネサマ」
GAORIという女性が黒いゲートに消えるなか、にゃこねが片手を上げて、モンスターの軍勢に指示をあおぐ。
僕はその瞬間に風のカードを上空に伸ばす。
「行くぜ、ビックサイクロン!」
巨大な竜巻がカードから放たれ、周りのモンスター集団を一気に吹き飛ばしていく。
『ガアアアアー!?』
獣たちの断末魔と共になって滝の飛沫のように僕の周囲に降り注ぐ大量の金貨。
これだけの魔術の
「にゃるほど。そんな力を隠し持っていたのかにゃん」
「……にゃらば‼」
にゃこねが眼鏡を外して僕に視線を定める隙をつき、僕はとある光のアイテムをにゃこねに向けていた。
「にゃん、それは手鏡ー!?」
「まんまとかかったな。さまようさまよう子猫ちゃん~♪」
自身の攻撃を反射して受けたにゃこねの顔から正気が抜ける。
これでにゃこねの自由は奪ったも同然だ。
「さあ、にゃこね。魔王城に帰ってうまい極上の寿司でも食べてろ」
「にゃん、生まれも育ちも猫だからお魚が大好きにゃん」
焦点の合わない瞳のにゃこねが地面に降り立ち、ブリキのおもちゃの笛太鼓隊(ソロ)のようにぎこちない動きをする。
まだ心の中で己と闘っているようだ。
そんなにゃこねに僕はもう一押しの言葉をかける。
「早く帰らないと大トロやサーモンの寿司が冷めるぞ、といっても寿司だからな」
「いや、駄目だにゃん、寿司は良くてもお吸い物が冷めるにゃん」
「それは心配いらないさ、汁物はインスタントにしたからさ」
「インスタンタ?」
「知らないのか? お湯を注ぐだけで簡単に作れる味噌汁のことで……」
「嘘をつくなにゃん。この世界にはそんな物はないにゃー!」
「うわっ!?」
にゃこねの叫びで起きた突然の突風に身を縮める僕。
この異世界にはありもしないアイテムだったらしく、強靭な精神力で我を取り戻したにゃこね。
彼女のかけていた眼鏡が風に煽られ、光輝く瞳。
その途端に僕の全身が見えない糸のようにキツく縛られ、大きな牛乳瓶に瓶詰めにされる。
「おほほっ。口ほどでもありませんわね」
これは紅茶貴族の能力の『束縛』か。
……ということはこの瓶詰めの能力は?
「そのわりには手こずっていたよね?」
にゃこねを挑発したように笑いかける少女。
やっぱりガラス瓶ちゃんの『封印』の能力か。
「まあ、結果的にはオーライですよ」
ガラス瓶ちゃんの隣にはハロ水お嬢も付き添っていた。
にゃこね、紅茶貴族、ガラス瓶ちゃん、お嬢と腕利きの絵師が僕の入った瓶の前に立ちふさがる。
「卑怯だぞ、四人でよってたかって!」
「失礼ながら少し勘違いをしていませんか?」
お嬢が当然のごとくのように腕を組む。
「「「「か弱い女の子なんだから群れるのは当然でしょー!」」」」
そんなお嬢を
ちょうどぶつかり合ったさざ波が一緒に混じり合うかのごとく。
「さてハロ水お姉ちゃん、彼にとどめをさそうか」
「待て、お嬢。君は僕の仲間になったはずだろ? こんなことしておかしいと思わないのか?」
「何のことでしょう。妹を言いくるませて仲間にしてあたしまで騙して。酷い女たらしですわね」
「しかもリアルの女子に興味がない壊れたロリコンときたもんだにゃ」
にゃこねが睨みつけるように僕を見ている。
その目つきはいつになく厳しく、怒りに満ち溢れていた。
だけど、壊れたマリオネットはともかく、その表現を利用したロリコンは言い過ぎじゃないか?
「さあ、お姉ちゃん。水で瓶に蓋を」
「ええ」
お嬢が唱えた『水』の魔術で僕の入った瓶に水が流れ込み、足首が水に浸ったと同時に僕から背を向ける。
「さあ、お
「待て、お嬢。この場を離れてどういうつもりだ?」
「ひょっとしてあなた、良心の
お嬢の冷徹な言葉に僕の高ぶった気持ちが静まっていく。
つまり、気が変わってこの水責めを取り消す心が生まれないように、ここから無難に去る決断か……。
「本気で僕の息の根を止める気なんだな」
「止めるも何もあたしたちは敵通しでしょ?」
これには困ったもんだ。
お嬢には僕と過ごした記憶もないときたか。
魔王側から不必要な情報と思われ、遮断されたらしい。
「じゃあね。ロリコン君w」
ガラス瓶ちゃんがにゃこねに続いて、毒気のある発言をし、地中に向かって何かを呟き出す。
「さあ、わるよや。出番ですよー!」
ガラス瓶ちゃんの言葉により、地中深くに沈んでいた家の固まりが土砂を散らしながら壮大に登場する。
あの時に爆発に飲まれて半壊したはずの牛丼店の『わるのや』だ。
建物は新品同様で外観も内装も綺麗に修復されている。
「さあ、皆さん。GAORIはともかく、かん毒がお腹を空かして待っています。魔王様の元へ帰りましょう」
ガラス瓶ちゃんはメンバーの中で一番若々しいのに、みんなをひっぱるリーダー的存在のようだ。
そのガラス瓶ちゃんが僕に向かって立てた親指を振り下ろす。
「もうここで海の
絵師たち四人が宙に浮遊し、わるのやの屋根に座るなか、さっきの指図が生き残りのモンスターたちへの合図だったのか、今まで空気を読んで動きを止めていたモンスターたちが動き始める。
瓶に閉じこまれ、首しか身動きとれない僕。
迫り来るモンスターの群れ。
こうなったらなるようになれだ。
『ガアアアア‼』
しかし、このままだと確実に殺られる。
僕がそれなりの覚悟を決めて、まぶたを伏せた時だった。
『旦那様、そう
初めは空耳かと我が耳を疑った。
だけど、僕の知り合いでテレパシーが通じる相手など後にも先にも
『ヒナ、もう何ともないのか?』
『はい、フォルダーの世界に戻ると絵師の体を自動的に修復する力がありますので』
『それは良かった。だがこの通り、僕はすぐさま溺れてしまう状況だ。そちらから話しかけてきたということは何か策でもあるのか?』
『ええ。旦那様、自分の体に向かって魔術を放って下さい』
『向かってと言われても体が動かないんだけど?』
『いえ、そうではなく、体全体で魔力を放出するような感覚です』
なるほど、体から汗を出すような感じか。
僕は瞳をキツく閉じて精神を集中する。
心の中で握りしめた僕自身の心臓。
心臓は生きるための糧であり、であるからに……。
……いずれ不要になった血液は体外へと排出される。
汗腺から吹き出るゆるやかな風の魔術により、瓶に細かく走る亀裂。
その隙間から徐々に溢れていく水。
『パリーン‼』
水の圧力に耐えきれず、僕が入っていた牛乳瓶が勢いよく破裂する。
周りのモンスターたちも犠牲にして……。
──数秒後、泥水となった大地から立ち上がり、意識を覚醒させる。
そうか、あの時、キノミが僕の呼びかけに反応して瓶を壊したのもこのやり方だったのか。
「……って、感心している場合じゃない。あいつらは」
時はすでに遅かったらしく、四人を乗せたわるのやはどこにも見当たらない。
「ああ、一足遅かったか……」
『いえ、わるのやで移動したのが幸運のツキです』
「えっ、どういう意味だ?」
「
「へえー、たいしたものだな」
僕はヒナの手際の良さに感服しつつ、スマホレーダーで相手の場所を確認する。
「近いな。ここから東にある街か」
大都市ミナードン。
わるのやの移動先はそこで停止していた。
ひょっとしたら休憩中か、食料の調達でそこに寄ったのかもな。
ここからだと小一時間くらいで追いつくだろう。
だが、相手はいつ動くか分からない移動要塞でもある。
「ならば旦那様、
「えっ、でもそれを使うと暴風のような強さに耐えきれず、胴体がなくなってバラバラになるんじゃ?」
「あれは冗談ですよ。ずっと魔術を構成しないといけなくて疲れやすい魔術だから多用したくなかったのです」
「そうだったのか。じゃあ無理のないように頼むよ。最悪、自分の足でも走れるからさ」
「はい、分かりました」
「──
不意に体が軽くなり、酸素を欲しがっていた呼吸も穏やかになる。
何より、宙に浮かんでいるから周りを気にせず走れるのも利点だ。
僕ら二人は夕暮れ時の空を駆け上がり、早足になりながらも目的地の都市へと移動した。
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