ある春の日に大きな木の下で恋に落ちた。猫も落ちた
相内麗
第一章
第1話 プロローグ
――お願いだから拓真は好きな子と一緒にしてあげて。拓真のことを愛してくれる子と一緒に。家同士の政略結婚は私を最後にして
「確かに契約手付金として一千万円をお預かりいたします。こちらが契約書です」
そう言うと男は
「これで契約は全て完了しました」
急な話ではあったが結果として良い契約が出来たと寺本明生は考えていた。
突然、降って湧いたような窪川ガーデンタワーへの入居の話。
窪川駅前に建設中の窪川ガーデンタワーのペデストリアンデッキに面した三階の一等地へのテナントが入居を急に取り止めたとの事で新規の入居者を緊急募集していると言う話が舞い込んで来たのはつい半月前のことだった。
その区画の面積は現在営業している店よりも広い。
迷いはあったが『あの場所は二度とチャンスがまわってこない』と入居を決断した。
窪川駅は今の店がある隣駅の西窪川駅よりも乗降人員が遥かに多い。その駅前のビルなのだから売上も期待できると言う判断だ。
ひとり娘の
一年以上前に初めてお客様にお出しする料理を作らせて『合格』のお墨付きを出して以来、娘はキッチンのベテラン従業員たちからの信頼も勝ち得ていつの間にか頼りにされる側になっていた。
このままいけば跡を継いでくれそうな気はしてる。
その娘のためにも新店の場所を押さえてうまく軌道に乗せたい。将来的には娘を新店の店長にしてやがて引継いでもらえたら、なんて言う想像も今回の契約の時にしなくはなかった。いや、そう言う妄想を確かにした。
娘のためという気持ちが今回の急な契約の後押しをした。
「今後は内装についてのお打ち合わせになりますが、入居されるテナントさんの数が非常に多くて順番にご案内していますので七月頃を目処にご連絡を差し上げます。その時までに図面ベースで内装業者さんと設計まで終わっていることが望ましいですね」
「いつ頃から内装工事に入れそうですか?」
「今のところ建物自体のオーナー引き渡しが九月末と聞いていますから十月の半ばくらい、十一月には入らないと思います」
「分かりました」
「でも、寺本さんは運が良かったですよ。あの場所が急に空いたんですから」
背の高い方の男が雑談とわかる話を始めた。
「まさか窪川ガーデンタワーのあの場所に入れるとは思いませんでした」
寺本明生が男の雑談に応じる。
「それでは私たちはこのへんで失礼します」
男たちが書類を鞄にしまい帰っていく。
男たちは外に出てゆっくりと二人して並んで歩いて駐車場に向かう。
営業車に似つかわしくない黒塗りのセダンに乗り込んだ男たちは助手席の男が膝の上に置いた鞄を見てほくそ笑む。
「思いの外、上手く行ったな」
「ほぼ一千万円の儲けです」
「これで
「この間は参ったよ」
「
「まっ、そう言うことだ」
「じゃぁ、帰るぞ」
そう言うと運転席の男はエンジンを掛けて車を駐車場から静かに発進させた。
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