最終話

楽園はここに


 閃光が弾けた。


 エリカさんと一緒に飛び込んだ僕の視線の先。

 まるで本物の太陽みたいな光になった悠生ゆうせいと悠生のお父さんが、四体の神を同時に打ち砕いたんだ。


「マスター!」

「悠生っ!」


 水晶に覆われた洞窟の奥。

 そびえたつ太極の根で、お父さん……ううん、アルトさんと並んで立つ悠生。

 

 僕とエリカさんはそんな二人の傍に降り立つ。

 それと殆ど同じタイミングで、光の翼を広げた永久とわさんも悠生に駆け寄った。


 神さまの体を構成していた光が太極の根に寄り添うようにして昇って……その青い光に照らされた僕たちは、まだ信じられない気持ちで光の行く先を見上げる。


 さっき……世界が一度止まったとき。


 あのときの神さまの言葉は、僕たちみんなにも聞こえてた。

 多分、殺し屋の力を持つ人にはみんな聞こえたんだと思う。


 神さまは悠生のことを聖人だって言ってた。

 

 望めば願いをなんでも叶えてくれるエール様の力。

 その力の誘惑に惑わされず、エール様じゃなくてエルさんとして……永久さんとして愛し続けた悠生を、聖人だって――。


 そして神さまはこの世界を壊して、聖人になった悠生に新しい世界を作って貰いたいみたいだった。


 苦しみのない幸せな世界になるとか言ってたけど……もしそうだったとしても、それで僕たちみんなが消えてしまうような提案に、悠生が頷くわけないのに。


「やったね、悠生……。これで……全部終わりなんだよね……?」

「…………」


 悠生の横顔は傷だらけだった。

 そして、その悠生の向こうで同じように光を見上げるアルトさんの横顔も。


 こうして改めて見ると、二人の鋭い眼差しはとても良く似ていた。

 今の二人には、血の繋がりなんてないはずなのに――。


 だけど。


「いや…………まだだ。まだ終わってねぇ……!」

「え……?」


 だけど、そうして少しずつ弛緩していく僕の心を諫めるように。

 悠生は静かに拳を握った。


『その通りだ。新たなる聖人よ……闇に墜ちた父すら救い、我が手足である天使たちを愛する者たちと共に乗り越えたその心根。やはり汝こそ、真の聖人』

「ハッ! ようやく出てきたな……!」

「こ……この人……っ!」

「〝エヌア〟――――やはり貴様だったか」


 それまでただ立ち昇っていただけだった光が集まる。

 集まった光は段々と人の形になっていって……それは山田さんの力で見た過去の世界にいた、預言者エヌアの姿になって僕たちの前に立った。


『ハッハッハ。預言者エヌア……それも〝我々〟の持つ〝無数の器〟の一つ』

「器だと……? つまりお前も、父さんと同じ方法でしぶとく生きてたってわけだ!」

『そうではない。所詮、汝らが〝器と呼ぶ秘術〟は我々の持つ力の〝模倣〟に過ぎない。我々は好きなとき、好きなように器を生み出せる。今まで姿を現わさなかったのも、その必要がなかっただけのこと……』


 目の前に現れたその人は、確かに見た目は僕たちが見たエヌアだった。

 だけど、その身に纏う雰囲気や喋り方は全然違うものだった。


『気の遠くなるような過去――――我らはこの宇宙すら自由にする力を持っていたが、最終的には互いに殺し合い、滅びた。我らはその過ちを二度と繰り返させぬよう、生き残った意識と力を一つの器に集め、全てを愛し、赦すことのできる聖人が生まれるのを待っていた』 


 瞬間、僕らの意識に直接見たこともない景色が広がる。

 山田さんの力と似てるけど……これはもっとはっきりした、まるで僕たちが本当にその場にいるような現実感のある光景だった。


『あらゆる願いを叶える力を与えたのも、全ては汝という聖人を見出すため。この世は終わりなき苦しみと悲しみに満ちている。それは、この宇宙そのものの成り立ちがそう宿命づけられているからだ。だが、汝ならばそれを終わらせることができる。今こそ、愛のみによって作られた新たなる世界を――――』


 エヌアが僕たちに見せる光景。

 それは誰もが思い描く楽園だった。


 みんなが笑って、幸せそうで。

 たしかに苦しみも、悲しみもなさそうだった。


 だけど――――。


「黙れ――――何度聞かれようが答えはNOだ。そんなに理想の世界が作りたいなら、一人で作れ」

『なぜだ……? なぜそこまで拒絶する? 汝とて、今まで無数の苦しみと別離に苛まれ、地獄の業火に焼かれてきたではないか? それら全てがなくなるのだぞ?』

「馬鹿かお前は……!? 苦しみ、悲しみ……たしかに嫌だ、クソ食らえだ……! けどな……俺はそれがあったから永久を好きになれた……! そして俺の仲間と……父さんと! お前の前に立ってんだよ――――ッ!」

『な……ッ!? ドグボァ――――ッ!?』


 や、やったああああああ――――っ!?

 本当にやっちゃったあああああ!


 あまりのことに、僕のリアクションも全然間に合わなかった……!


 気がついたら悠生の姿は隣から消えて、エヌアの顔面に燃える拳を思いっきり……本当に顔の形が変わる勢いで、深々とめり込ませてたんだ――――っ!


「ハッ! まだまだこんなもんじゃねぇ……! お前が出てきてくれて〝助かった〟ぜ……! 俺はまだ、テメェらを殴り足りてなかったんでな――――ッ!」

『ど、道理に反している……ッ! 聖人にまで至った汝が、なぜ我らの言葉に耳を傾けぬ……!』

「道理なんざ知らねぇな! 大体お前らの話は矛盾してんだよ……! 俺たちや父さんを散々酷い目に合わせておきながら……どの口で楽園をほざきやがるッ!」

『おのれ……! ならば死ね……! 聖人など、また現れるのを待てば良い……! 愛を望まぬ聖人など、役立たずのゴミと同じよ……!』


 それが合図だった。


 悠生に拒絶されたエヌアから最初の威厳が消える。

 なんだかだんだん、〝僕たちの知っているエヌア〟に似てきたみたい!


『我らがこうまでして導かんとしているというのに、なんと愚かな……! 良かろう……ならば滅ぼしてやる。今までと同じように、何度でも……!』


 そう言うと、エヌアは悠生に殴られて晴れ上がった頬を押さえながら後方に飛ぶ。

 そこには今も一定のリズムで鼓動を刻む巨大な根の化け物――――太極があった。


『ふ、フハハハハ! 愚かな者共……! お前たちが太極と呼ぶこの巨大な根こそ、我らがゆりかご……我々の意識を収めた真の箱船なのだ……!』 

 

 エヌアの姿が太極の根に埋まり、そのまま呑み込まれるようにして消える。

 それと同時、それまで静かだった太極が地響きを立てて動き出し、壁を突き破っていくつもの根が成長を始めたんだ。


『恐れよ、我らの導きを拒絶した愚かな聖人よ! もはや、お前たちには滅びのみよ――――!』

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