第五章 首都決戦編
第一話 悠生視点
今度こそ
「あの……おとう、さん……?」
「……なんだ」
あれはまだ俺が六歳になるかならないかの頃。
〝虐殺の二月〟が終わり、
傷だらけになりながらも生きていた俺は、無数の屍の山を燃やし、その前に一人で立つ親父に尋ねたことがあった。
「おとうさんは……ぼくの本当のお父さんじゃないんだよね……?」
「……そうだ。お前の本当の父と母は、俺がお前を見つけたときにはとうに死んでいた」
「じゃあ、ぼくのなまえは……お父さんが、つけてくれたんだよね? どうして、ぼくに〝ゆうせい〟ってつけたの……?」
「…………」
その頃の俺にとっても、親父は畏怖の対象だった。
だがそれでも、そのときの俺には恐怖よりも興味の方が勝っていた。
すでに俺も、その戦場で多くの敵を殺していた。
もしかしたら、これで俺も少しは親父に認めて貰えたかもなんて、気が大きくなっていたのかもしれなかった。
「――忘れないためだ」
「え……?」
「かつて俺が持っていた願いを忘れないために、俺はその忌まわしき名を再びお前に刻んだ。ただ……それだけだ」
「おとうさんの、願い……?」
親父は俺に背を向けたまま。
珍しく少しの殺意も見せずにそう応えた。
そのときの俺はそれが嬉しくて、本当はもっと色んなことを聞いてみたかった。
親父には、まだまだ聞きたいことが山ほどあったからだ。
「分かったらもう休め。日が昇れば、また無数の屍の山を築く。お前が俺に着いて来れないというのなら、お前も明日にはここで燃えているだろう」
「う……っ。は、はい……おやすみなさい、おとうさん……」
俺と親父の話はそれで終わった。
俺はそのまま来る日も来る日も敵を殺し続け、親父が望むただの殺し屋として戦い続けた。
その日々の中で、俺が親父に聞いてみたかったこと。
教えて欲しかったことは段々と忘れ去られていった。
俺も親父を恐れ、親父と向き合うことを避けるようになった。
いや、俺が避けたのは親父だけじゃない。
この世の中全てから目を背け、ただひたすらに親父の恐怖に追い立てられる。
そうして、俺はずっと親父から、自分の罪から……全てと向き合うことから逃げ続けてきたんだ――――。
――――――
――――
――
「わぁーっ! 見て下さい
「うお……!? たしかにこいつは凄いな。
殺し屋マンションから一時間ほど車を走らせた東京の外れ。
冬が終わり、すっかり春らしくなった景色を抜けた先。
開けた視界に飛び込んできた一面の桜並木に、俺と
鈴太郎の話では、ここは知る人ぞ知る花見の穴場なんだそうだ。
「すごいすごーいっ! これが日本の桜なんですねっ! 私、こんな風に目の前で見るのは初めてなんですっ!」
「ゆっくり観光……なんて出来るような感じじゃなかったもんな。俺もここまで桜だらけなのは初めてだ」
「あはっ。なら、私たち二人とも初めて同士ですねっ。嬉しいですっ」
桜の花びらを抜けて、桃色に染まった日差しの下。
永久は俺の隣にぴったりと寄り添って、満面の笑みを浮かべてくれた。
その笑みを見た俺の心に、どこまでも暖かい気持ちが広がる。
永久と出会ったときから俺の中に芽生え、大きくなり続けてきた気持ち。
見上げるようにして笑う永久に俺も笑みを返すと、俺たちは二人で手を繋ぎ、どこまでも続く桜並木の下を歩いていく――――。
――――俺たち殺し屋マンションのメンバーが山田の力で過去を知ってから、一ヶ月半が過ぎた。
正直、俺たち全員が見せられたあの光景を、最初はどう受け止めて良いのか分からなかった。だが、それはどうやら当の〝山田も同じ〟だったらしい。
「私の力は、この〝
「待ってくれ、それじゃあ……俺たちがたった今見た〝ユーセとエルの記憶〟は……」
「そうです……私が詳細を知るのは、我が君であるアルト様から許可を得て書き記した、アルト様にまつわる出来事のみです。ユーセさんとエルさんの記憶は、間違いなくあなたたち二人の中に存在していた記憶です」
そうだ。
俺はずっと前から永久とも、親父とも、山田とも関わっていた。
なんでもそれは、世間一般で言う〝生まれ変わりとは違う〟らしいが、ややこしくて俺には何のことかイマイチ分からなかった。
〝一度この世に刻まれた情報は絶対に消えない〟とか山田は言ってたが……とにかく、過去に一度でも殺し屋の力を手に入れた奴は、何度死んでもその力のせいでまた似たような存在として生まれてくるらしい。
なら、なんで殺し屋じゃなかったユーセがこうして俺になってるのか。それは――――。
「私……ずっと悠生のことを探してたんですね……。目の前で消えてしまった……それでも私のことをずっと好きでいてくれた、あなたのことを……」
「永久……」
「あなたと一緒に砕かれたあのとき……私は生まれて初めて願いました。またあなたに会いたい……何があっても、絶対にあなたと一緒にいたいって」
そう言って、永久は俺の手を強く握る。
その手から伝わる想いに、俺も永久の手を握り返すことで応えた。
つまり、殺し屋じゃなかったはずのユーセは、他でもない〝エルの願い〟で俺になったってことだ。
前に鈴太郎のおふくろが言っていた、何もないはずの俺が唯一持っていた物――――
俺はただそれだけで、こうしてまたエルと……永久と一緒に過ごすために生まれてきたってことらしい。
「永久はもう大丈夫なのか? その……月から来たエルとは、今も一緒なんだろ?」
「はいっ! それは全然へーきですっ! だってみーんな私ですからっ! 今の私は永久で、昔はエルだった……時間も見た目も、なにもかもが少しずつ変わったけど、それでも私は……またこうして大好きな悠生と一緒にいる……ユーセとエルだった頃よりも、ずっと近くで……」
不意に、潤んだ永久の瞳が俺の視界を覆う。
そして次には、どこまでも優しい永久のぬくもりが俺の唇に触れた。
「えへへ……〝前は〟こんなことも出来ませんでしたよね? 今はもっともーっと、色んなことしちゃうんですっ!」
「ああ……そうだな。永久の言う通りだ」
今度は俺から。
永久の小さな体を抱きしめ、その首元に顔を埋める。
どこまでも続く桜の下。
俺と永久はただ静かに抱きしめ合い、互いのぬくもりを伝え合った。
俺は間違いなく悠生だ。いきなりユーセの生まれ変わりだと言われても、そんな実感はこれっぽっちもない。
だが……こうして永久を愛する気持ちも。
あのクソ親父に育てられた日々で、親父に抱き続けた気持ちも。
そのどちらもが、これ以上ないほどに俺の胸を熱い想いで満たしていく。
俺には〝やり残したこと〟があると。
〝今度こそ〟もう逃げ出したりしないと。
絶対に守り抜いてみせると。
俺を構成する全てが、俺の魂にそう訴えかけていた。
「約束する……今度こそ、俺は永久から離れない」
「私も約束します。これからもずっと、私はあなたの傍にいます……」
それは気の遠くなるような、とんでもない回り道。
どんな困難も打ち砕く拳。
どんな困難にも砕けない体。
そして……愛する人と共にあれること。
俺がはるか昔に祈った願いは〝すべて叶った〟。
随分と時間がかかったが、それでも俺の願いは一つ残らず叶っている。
だから俺はやる。
待ってろよクソ親父。
今度こそ……あのとき出来なかった俺の話を聞いてもらうからな。
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