殺し屋マンション
「殺し屋を辞めたがってる奴、か。なら、俺はそいつを助ければ良いんだな?」
『さすが
自室の白い壁紙の上に、窓から差し込む夕日が鮮やかなコントラストを残す。
開け放たれたままのドアの向こうからは、夕食の準備をする
部屋に差し込む西日に眩しさを感じた俺は座ったまま片手でカーテンを閉めると、スマホからアプリを操作して室内灯の明かりをつけ、目の前に立てかけられたタブレットに改めて目を向けた。
タブレットに映るウェブ会議の画面には、黒い肌にサングラス。さらにはボリュームたっぷりのアフロヘアーという、ラテン系の陽気なおっさんが映っていた。
おっさんの名は〝山田〟。
俺たちが住むこの殺し屋マンションのオーナーだ。
『すみませんねぇ……昨夜も仕事をお願いしたばかりだというのに』
「俺だって稼がなきゃな。仕事があるのは良いことさ」
『それは勿論! 当殺し屋マンションは住民の皆さんと持ちつ持たれつの関係ですので! これからも頼りにしていますよ、悠生さん!』
そう言うと、山田は画面の向こうで白い歯を見せて人好きのする笑みを浮かべる。
管理人のサダヨさんと同じで、山田も昔は相当に名の通った殺し屋だったらしい。
山田は俺や永久のように組織を離脱して殺し屋を辞めた元殺し屋や、殺し屋と繋がりのある一般人をこのマンションに集めて保護している。その上、殺し屋の活動阻止を買って出る住民には報酬も出すときたもんだ。
組織を裏切り、常に命を狙われる俺たち元殺し屋にとっては、ここは夢のような環境だった。山田と出会っていなければ、俺と永久は今もどこかで薄汚れた逃亡生活を送っていただろう。
「ただ、確かに最近は仕事が多い気がするな。前は仕事が来れば俺たち全員で争奪戦だっただろ。 ――――なんかあったのか?」
『それが、先月辺りから〝円卓〟と〝
「ハッ! 全くだ」
山田のその言い草に、俺は内心で『アンタがそれを言うのか』と笑った。
殺し屋を辞めた元殺し屋を集め、〝殺し屋殺し〟として殺し屋の妨害を斡旋する。
目的はどうあれ、山田のやっていることは他の殺し屋組織と大して変わらない。
ただそれでも、一般人を狩りの対象としか見ていない奴らよりは遙かにマシ。少なくとも、今の俺はそう考えていた。
「コンコンっ! お話の途中にごめんなさい。今からお風呂を沸かそうと思うんですけど、まだかかりますか?」
『これはこれは永久さん、今日も大層お美しい! いつも旦那さんをお借りして申し訳ありませんねぇ』
「こんばんは山田さんっ! こちらこそ、いつも悠生がお世話になってますっ」
だがその時。タブレット越しに山田と談笑する俺の部屋に、白いシャツに魅惑的な太ももが覗くホットパンツ。さらには薄青色のエプロンをつけ、長い髪を一纏めにした永久がやってくる。
「永久っ!? ちょ……っ。いくらなんでもその服は人前に出る格好じゃ……!」
「えっ? そうなんですか? エプロン着けてるのに?」
「なんでエプロンあったらいいんだよ!? もっと駄目だろ!?」
『フフ……良きかな良きかな。仲良きことは美しきかな、ですねぇ! では悠生さん、依頼はお受け頂けるということで宜しいですか?』
「と、とりあえず詳細を送ってくれ! 内容次第ですぐに動く」
タブレットを覗き込んで挨拶しようとする永久をなんとかカメラから隠しつつ、依頼の受諾を山田に伝える。
『ありがとうございます。それと、詳細は記載していますが、今回悠生さんに保護して頂きたい方は、あちらから当マンションに連絡を取ってきたんです。悠生さんを指名したのもその方の意向でして』
「向こうが俺を? そういや、〝円卓〟からの足抜けだって言ってたな。まさか俺の知り合いか?」
『さてどうでしょう? ――――はい、送りましたよ』
「はいはーいっ! 私にも見せて下さいっ!」
俺は山田から送られたデータを開き、やってきた永久と肩と寄せ合って画面へと目を向ける。
依頼遂行に必要な情報がつらつらと並び、最後に概算報酬の項目で終わる。
そしてその文字列の中。俺はそこに懐かしい名前を見つけ、思わず声を漏らした。
「……おいオーナー、本当にこいつが〝円卓を抜ける〟って言ってんのか?」
『ええ、間違いありません。すでに昨晩遅く、彼女が身分を偽って日本に入国したのを確認しました。追っ手らしき殺し屋も来てますねぇ……』
「そうか……わかった」
「はわぁ……とっても綺麗な人……」
添付されたファイルの中。
かなりの長距離から撮影された、空港を歩く少女の画像データが開かれる。
長い銀色の髪を三つ編みにした、まだ十代半ばという容姿の一人の少女。
未だに腑に落ちないながらも、俺は久しぶりに見るその少女の姿に目を細めた。
「あの……っ! 悠生は、この人とどういう……?」
「――――こいつは〝エリカ・リリギュラ〟。円卓時代の俺の助手……? 弟子……? 正直俺にも良く分からないんだが……まあ、とにかくそんな感じの奴だ」
不安げな色をその大きな瞳に湛えて俺を見る永久。
俺はそんな永久を安心させるように抱き寄せながらも、この依頼から漂う強烈なきな臭さに、胸の奥がひりつくのを感じていた――――。
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