殺し屋殺し~最強の殺し屋俺。殺しに行った相手があまりにも可愛かったので殺すのは止めて結婚した。俺たち絶対に幸せになりますッ!~
ここのえ九護
第一章 月城悠生
第一話
その男、新婚
時は20XX年。
世界は殺し屋の炎に包まれた。
大統領が死んだ。
独裁者が死んだ。
王族が死んだ。
政治家が、活動家が、革命家が。
軍の将帥が、スポーツ選手が、アーティストが死んだ。
富める者も、貧する者も。
全てが等しく殺し屋の炎に焼かれて死んだ。
一国の軍事力すら上回る殺し屋の圧倒的力。
殺し屋に抗った幾つもの国が滅び、大地は割れ、天に浮かぶ月は二つに割れた。
脆くも崩れ去った平和という名の
そこに立つ最も強く、最も多くを殺した殺し屋は言った。
〝殺して欲しい奴を言え。気に食わぬ奴を言え。報酬さえ払えるのなら、我々はお前たちが望む全てを殺してやろう〟
それから二十年。
表向き平穏を取り戻したかに見える世界はしかし、未だ殺し屋という名の死神によって支配されていた――――。
――――――
――――
――
夜の闇と街の光。光と闇のコントラストが
夜空には冗談じみて〝真っ二つに割れた満月〟が、赤い輝きを放っている。
『殺し屋への殺人依頼は法律で禁じられた重大な犯罪です。殺し屋、ダメ。絶対!』
『殺し屋に依頼する前に! 貴方が殺したい相手にも大切な家族や友達がいます。都の相談センターはこちら』
立ち並ぶ高層ビルの壁面に設置された巨大ディスプレイ。
ビルの側面全てを覆うそのディスプレイに、殺し屋への依頼を止めるよう警告する広告が滑らかに流れていく。
俺はビルの高層階を覆う深い霧の中に吸い込まれていくその広告をちらと見上げ、再び眼前に立つ敵へと意識を集中させた。
「……まさか今のでネタ切れか? だとしたら、随分とちゃちな能力だ」
「〝殺し屋殺し〟だと……? なぜここで俺がターゲットを狙うと知っていた!?」
「さてな」
肌を切り裂くような冷たいビル風が、俺と俺の敵である黒いスーツ姿の男の間を駆ける。
目に前に立つこの男の名は〝アイスマン〟。
その名の通り、マイナス200度にも達する低温を自在に操る手練れの殺し屋だ。
無数に林立する高層ビルの屋上でアイスマンと対峙した俺は、愛用のジャケットにこびりついた季節外れの霜を払いながら、右肩をぐるりと大きく回す。
〝殺し屋〟――――金さえ貰えば善も悪も全てを殺す、無慈悲な死神。
俺は目の前に立つ殺し屋の仕事を阻止するために、こうしてこの場へとやってきた。
「俺たちはいつだってお前らを見ている。いつまでも楽な殺しが出来ると思うな」
「ほざけッ! この……〝裏切り者〟共があああああああああ――――ッ!」
「ハッ! 裏切り者、大いに結構だ……!」
瞬間。猛烈な冷気が渦を巻き、その渦の中心からアイスマンが俺目掛けて加速。アイスマンは瞬時にその両腕に鋭利な氷の刃を生成すると、加速の勢いそのままに俺の命を奪いにかかる。
だがそれを受けた俺もまた、左拳と左足を共に前に出した半身の構えから前方へと踏み込む。周囲の大気が俺の踏み込みによって弾け、半円状の空間一切全てを吹き飛ばす。
「死ねぃ! 殺し屋殺しッ!」
叫び、自己生成した氷刃を目にもとまらぬ速度で振り下ろすアイスマン。そしてそれと同時に巻き起こる殺人的な冷気によって、俺の全身が一瞬で凍り付く。
しかも凍ったのは俺だけじゃない。俺達が戦うこのビルそのものが、階下めがけて凄まじい勢いで凍結されていく。
戦略兵器にも匹敵するこの冷気を受けたのが常人なら、それこそ数秒で全身が〝凍ったバナナ〟になるだろう。なるほど、どうやらこいつにも殺し屋としてのプライドはあるらしい。だが――――!
「がッ……!?」
「――――出直してこい。リベンジマッチなら俺はいつでも……何度だって受けて立つ」
辺り一帯を覆う凄絶な冷気の渦が、破裂するようにして霧散。
俺の体に纏わり付いていた薄氷が砕け飛び、キラキラと輝きながら昇華する。
巨大な高層ビルすら秒で凍結させる恐るべき殺し屋、アイスマン。
しかしその冷気をもってしても〝俺の拳〟は凍らず。俺の左拳は奴の心の臓、その直上を正確に捉えていた。
致命の急所を抉られたアイスマンはぐるりと白目を剥き、そのまま力なく昏倒。
自らが凍り付かせた屋上の壁面に、うずくまるようにして倒れる。
「加減はした。暫くは塀の中で大人しくしてるんだな」
俺は静かに息をつき、倒れ伏した殺し屋の男を見下ろして静かに残心。
周囲を渦巻いていた冷気が晴れ、俺の呼気を白く染めていた寒さが止む。
アイスマンの完全な沈黙を見届けた俺は残心を解くと、ジャケット下のホルスターからスマホを取り出して通知を確認する。
『ターゲットの安全確保かんりょーです! 早く帰ってきて下さいね、大大だーい好きな旦那様!』
スマホの画面に浮かぶその文字と、その下に続くクマのキャラクターがしきりにハートマークを飛ばすスタンプの連打。
それを見た俺の顔はだらしなくふやけ、胸の奥からじんわりと温かな想いがこみ上げてくる。このっ……かわいいじゃねぇかッッッッ!
メッセージを確認した俺はせっせと『今終わった。すぐ帰る』と送り返すと、相手がしてくれたのと同じように、茶色いクマが画面に向かってキスしまくるスタンプを連打する――――100個くらいでいいかな!
これは自慢だが、俺が今メッセージを送った相手はついこの間籍を入れた俺の〝最愛の妻〟だ。はっきり言ってとんでもなくかわいい。間違いなく人類史上最高にかわいい。何度でも言うがとにかくかわいい。
そうしている今も、俺が送った100個のスタンプには秒でハートマークだらけのスタンプが送り返されていた。ああもう……本当に可愛いなちくしょうッッ!
彼女と出会えた俺は幸せ者だ。
何があろうと彼女を守り、添い遂げる。
それこそが、殺し屋を辞めた俺が今も戦い続ける理由――――。
最愛の妻との連絡を終えた俺は、地面でノビたままのアイスマンを適当に担ぎ上げると、そのまま屋上の
目も眩むような高さから見下ろす街並には、俺と殺し屋の戦いなどつゆ知らず、
「よっし……帰るか!」
この殺し屋が今夜殺すはずだった相手は、妻の手引きで既に逃がされている。
殺しを依頼した奴の身元も通報済み。殺し屋であるアイスマンはともかく、依頼主はきっちりと法に裁かれることになるだろう。
俺は依頼の完遂を確認すると、地上百メートルを超える高層ビルの屋上から光り輝く街へと身を躍らせた。
少しでも早く、愛する妻をこの腕の中に抱きしめるために――――。
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