第2話 密航者

 俺の名は五領崇ごりょうたかし

 東京に本社を置く中規模メーカーへ勤める、ごくごく善良な日本人。


「……の、はずだよなぁ」


 気がついたら素っ裸で船の甲板に立ってるなんて事が起きた上に密航者だと疑われ、こうして薄暗い船倉ーー正確に言うと貨物室の中にある檻ーーに閉じ込められてしまえば、割と色々なことに自信がなくなってくる。


 ちなみに閉じ込められた時、ユニ○ロよりシンプルな衣服も一緒に檻に放り込んでくれたから、今は素っ裸ではない。

 こうやって服をくれたり問答無用で魚のエサにされなかった辺り、残虐非道の海賊ってわけじゃなさそうでそこは一安心である。


「にしたって。船長達に付いてたケモ耳……あれ本物っぽかったしマジでここ地球じゃなかったりするのか? なんか月も2つあったし」


 表情と一緒に普通に動いてたし、何よりオモチャのケモ耳だとしたら人前でそれを付けて良いのは子供か美女しか許されないのは地球……はともかく日本語圏では鉄の掟なのは周知の通り。


 とは言えそこは物理的に不可能な話しでもないから、ケモ耳については一旦置いておこう。


 ただし、月が2つあるのはどう考えてもおかしい。

 さらには船長から『翻訳の魔法』なんてセリフも普通に飛び出していた。俺にその魔法が効いたかは定かじゃないけど、口元の動きは明らかに違うのに、耳に届くのが日本語なのは事実。


 こうなってくると俄然ここが異世界、しかも魔法やケモミミ人種もいるファンタジーワールドである可能性が高くなってくるわけだ。


「異世界転生……いや、体は今まで通りっぽいから転移のほうか」


 ………ん〜〜、口に出すとさすがに小っ恥ずかしいかも。

 まぁ、可能性の一つとして考えておくくらいは良いか。考えるだけで対策なんてこれっぽっちも浮かばないけど。


 とは言え、まだ夢オチやドッキリだろう、って思いはどうしても拭いきれない。ただ夢にしちゃ意識ハッキリしすぎだし、ドッキリなら俺がこんな壮大なドッキリを仕掛けられるような有名人じゃないって問題は残るけど。


 ちなみに記憶が確かなら独身24歳で彼女なし。好物は肉、寿司、うなぎ。好きな色は青と緑。学生の頃はスポーツがけっこう得意で、今でも週3程度はジム通いしてた。


「……そして特技はポジティブシンキング」


 わざわざ声に出しているのは、自分の耳や口も使って記憶に違和感を覚えないか確認するためだ。


「なぁなぁ、ポジティブシンキングってなんだ?」

「ポジティブシンキングってのは何事にも前向き…………って、うわっ! だ、誰だ、アンタは?!」


 いつの間にか閉じ込められている檻の前で一人の男、いや少年と言ってもよい顔立ちの人物がウンコ座りしながら俺を見ていた。


「オイラ? オイラはデューだ、よろしくな! 兄ちゃん独り言激しくて面白いなぁ。なぁなぁ、兄ちゃんの名前も教えてくれよ」

「あ、あぁ……五領崇ごりょう たかしって言うんだ」

「ゴリヨー、タクシィ?」


 そんなカタコトでタクシー呼びますか? みたいに愉快な名前だったら鉄板の自己紹介ネタを一つくらい用意してるわ。


「あー……ゴリョウでいいよ。えっと、デューくんだっけ?」

「うん、よろしくなゴリョウ! オイラのことはデューでいいぞ!」


 デューと名乗ったいかにも天然そうな少年。歳の頃は十代半ばか、その少し上といったあたりか。


 キラッキラした目と柔らかく跳ねた灰褐色のくせ毛が年上のお姉さんの心をズッキュンしちゃいそうな、わりと可愛げのある顔をしている。

 だが体の方は意外にデカいというか、背も高いしかなりゴツいようだ。筋肉ダルマではないが猫科の大型獣を思わせるような、力強さとしなやかさを兼ね揃えた体付きであることが、麻っぽい素材の簡素な服装の上からでも見てとれた。


「あぁ、うん。えっと……ちなみにデューはこんなところで何してるんだ? 船の仕事を怠けているとあの船長に怒られたりするんじゃないか?」

「船の、仕事?」


 ケモ耳は無いようだが、このいかにも野生児っぽいデュー少年が船の乗客には見えないのだけれど。


「デューはここの船員じゃないのか? もしかしてお客さん?」

「ほえ? 違うけど?」

「え……? じゃあ、なに?」

「なにって。オイラこっそり乗ってるだけだから船の仕事なんてないぞ?」

「…………」


 せせせせ、船長ぉぉおお!!!

 本当の密航者がいましたよぉお!! ここに!!


 ……いや待て、落ち着けゴリョウ。

 こっそり乗ったからといって密航者と決まったわけじゃない。

 実はデュー少年がこの船のオーナーの息子とかで、こっそり乗るのなんか「テヘペロ」程度で済む可能性も僅かにあるわけだ。


「もしかしてデューのおと……」

「へへ、ゴリョウと一緒ってわけだな!」


 はーい、終了!! 解散!!

 オーナー息子と仲良くなって檻から解放されるぞ案、はアイデア創出から3秒と経たずにゴミ箱行きとなりましたとさ。


 これはむしろ船長に密航者デューの存在をチクッて、感謝されて解放って方がワンチャンあるか? いや、流石にそりゃ甘く考えすぎか。


「いや一緒にすんなって……」

「だってゴリョウ、船のおっちゃん達に捕まってたじゃん? オイラ隠れて見てたから知ってるからな」

「……密航者のくせに自由だな、おい」

「自由に生きろって島のジイちゃんから言われたし」

「………そっか。じゃあデューのせいじゃないかもね」


 甘やかしすぎじゃないですかね? 島のジイちゃんとやら。

 しかし、今いない人間のことを責めてもしょうがない。


「でも参ったな……密航者の知り合いが出来たところでどうすりゃいいんだ。この檻も……ふんぬっ! はぁはぁ……俺の力で出られるわけないよなぁ」


 俺とデューを隔てている鉄格子を掴んで、力一杯に広げてみようと踏ん張るがビクともしない。

 もしかしたら異世界転移の特典として無自覚チートなんか付いてるんじゃね、とか期待したけど、どうやらそれも無いらしい。


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………まじでどうしよ」


 なんか色々と疲れてしまった俺は、ガックリと膝をついて深々と溜息を吐く。


「この程度で音を上げるなんて、ポジティブシンキングが聞いて呆れますね」


 すると、またしても新たな声が飛び込んできた。

 視線をあげた先には、荷箱の裏からひょっこりと顔を出している一人の少女。


「ありゃ、ハドリーも出てきたの?」


 俺と同じように少女の方へ振り向いたデューが言った。

 どうやらこの2人は知り合いみたいだ。というかデューもさっきまでこの子と同じように隠れてたに違いない。


「デュー、だってあなたに任せてるとまったく話が進まないんですもの」

「そんなことないぞ! もう名前も知っててトモダチになれたからな!」


(……デュー君ったら幼稚園児並の友達ハードル。ま、それはいいとしても………こりゃ、どえらいのが出てきたな)


 ハドリー、と呼ばれた非現実的なまでに造形が整った少女を見て俺は咄嗟にそう思った。


 甘い香りがしてきそうなつややかな薄桃色のロングヘアに、将来どころかすでに完成しまくった癖のない美人顔。そして華奢さの際立つ剥き出しの薄い肩。きめ細やかな白い肌は、薄暗い部屋にいてなお、眩しさを錯覚してしまいそうなほどだ。さらには、ただ立っているだけなのにしなを作っているかのように官能的で均整の取れた柳腰。


 未成熟ながら危うい色気を感じさせるその少女の美しさは、人というよりもはや芸術品。この歳まで初恋相手が一番可愛かったと思ってる俺の頑固な価値感すら、洪水のように上書きしてしまいそうな圧倒的な美貌はちょっと怖さを感じるほどであった。


「はじめまして、ゴリョウ。わたしの名前はハドリー。このデューと一緒に旅をしている者です」


 その美しさに見合ったこれまた色のある声音で少女が俺に向かって言った。


「あ、あぁ、こちらこそはじめまして…」

「率直に伺いますが貴方、困ってらっしゃいますよね? それともこの状況を覆えす算段がなにかおありですか?」


 デューの連れということは、ハドリーもまた密航者に違いなかった。

 そんな彼女がーー事実はどうあれーー同じ密航者として閉じ込められている俺に、なぜこんな事を聞いてくるのか?


 恐らくこれは協力関係への誘い。


 とあらば、ここは初手で舐められないように、デキる大人の雰囲気を醸し出すダンディ対応が必要な場面だろう。


 そこで俺はハドリーからの質問に対して、腕組みしつつ片側の指を一本、二本と伸ばしながら低めのトーンで答えることにした。


「一つ目の質問に対する答えはイエス、そして二つ目はノーだ」


 さらには片眉とその反対側の口角をチョイとあげたニヒルな笑顔もセットでドンだ。


 このダンディズム溢れる応対には少年少女たちも感じ取るものがあったのか、顔を寄せあってヒソヒソしはじめる。


「(なんかゴリョウ、急にカッコつけてない?)」

「(そうですか? 確かに変わった態度ですが、わたしはまったくカッコいいとは感じないけれど。だいたい今の彼の答えは『困ってるし、自分一人じゃどうにもできません』ってことなのよ? その状況でどんなロジックを組み立てればカッコ良さに繋げられるっていうのかしら)」

「(そうだよなぁ)」


 ……この渋みが伝わるには、二人はまだまだ子どもってことだな。


 大人な俺はハドリーが再び話し始めるまで、何も聞こえないフリで押し通すことにした。


「えっと……では貴方がここから脱出するのを、わたしたちでお手伝いしましょうか?」

「そりゃ、そうしてくれると助かるけど。どうやって? いや、そもそも縁もゆかりもない俺をどうして助けようなんて?」

「それは、お人好しのデューが困ってそうな貴方を助けたいからと」

「オイラ、困ってる人は助けてあげなさいって島のジイちゃんから言われてるんだ」


 ナイス教育! 島のジイちゃん!

 さっきは甘やかしすぎなんていってゴメンなさいね!


 俺が名も知らぬ島のジイちゃんとやらに感謝の祈りを捧げているうちに、ハドリーが言葉を続けた。


「あとはそうですね、もし町に着いたら私たちの保護者としてしばらく付き合ってもらえないでしょうか? やはりここまでの旅で大人がいないと何かと不都合が多いと痛感させられたので。私たちが冒険者として登録が済むまでで構いませんから」


 なるほど、そっちが本命かな。

 体はデカいが子供っぽい性格が顔にまで出てるようなデューと、同じような年齢かつ圧倒的な美少女のハドリー。

 悪い大人ならこの2人、というか特にハドリーを、どうにかしてやろうって奴が出てきてもおかしく無い。


 それにしても「冒険者」か。

 こいつはいよいよ異世界チックな匂いがプンプンしてきたぜ。

 ……トホホ。


「それで助けてもらえるなら、こちらとしては当然オッケーだ。ただ自分で言うのもなんだけど、初対面の俺をそこまで信用していいのかい?」

「デューの勘は侮れませんから。彼が助けたほうが良いと感じたなら、それが後々自分たちの為になるかもしれないのです。逆に貴方の方こそ、そんな簡単に得体の知れないこちらの提案に乗って良かったのですか?」

「行き当たりばったりにこそロマンを感じるタイプなんでね、俺は」

「それは、ただ状況に流されているだけでは?」

「これが大人のモノの言いようさ。だからこそ大人である俺が役立つ場面があるってことだろ?」


 こうしてそれっぽい屁理屈を並べながら、俺は異世界(仮)に来てはじめての仲間を手に入れるのであった。


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