一、彼女が先輩と浮気してました(2)

「って言ったのか? オマエ。あの『真のミス城都大』に?」

 きようがくの目でいしようは俺を見た。

「ああ、もうあの時は、どうなったっていいって気持ちになってたからな」

 俺はやはり投げやりな調子でそう言った。

 石田洋太。コイツとは中学時代からの付き合いだ。

 中学は違ったが塾が一緒で仲良くなり、高校では一年からずっと同じクラスだった。大学の学部も学科も同じだ。

 俺が「カレンに浮気された。相手は鴨倉先輩だ」って連絡したら、心配して俺の家まで来てくれたのだ。

「それで、燈子先輩は何て答えたんだよ」

 石田は「グビッ」というように喉を鳴らした。

「燈子先輩は……」

 俺はうつろな調子で語り始めた。


「いったい、何を言ってるの、君は?」

 俺の第一声を聞いた燈子先輩は、半分驚き、半分あきれた感じでそう言った。

「意味わかりませんか? 俺とSEXして下さい、って言ってるんです」

 俺は淡々とそう言った。もはや世間体も、後に周囲でうわさされる事も、どうでもいい。

 しばらくの沈黙の後、やっと燈子先輩が口を開いた。

「何があったの?」

 スマホから合成された音声であるにもかかわらず、その声音は俺を本当に気遣っているように聞えた。

 俺はそれに答えられなかった。何から話していいのか、思いつかなかったのだ。

 ……アンタの彼氏が、俺の彼女を寝取ったから……

 ……その仕返しに、俺はアンタをアイツから寝取ってやりたい……

 ……俺にはそうする権利がある……

 ……裏切られたアンタも、同じようにそうすべきだ……

 そんな思いが、断片的に頭の中を渦巻いている。だがうまく言葉として出てこなかった。

 再びスマホから燈子先輩の声が聞えた。

「何か事情があるんでしょ? それを話して欲しい。私は、君がそんな非常識なことを、理由もなく言う人間じゃないと思っているから」

 その言葉を聞いた途端、俺の両目から一気に涙があふれ出てきた。

 そう、俺は非常識な人間じゃない。どっちかと言うとノーマルな方だ。

 普通じゃないのはアイツラだ。鴨倉哲也と蜜本カレン。

 後輩の彼女を寝取って平然と先輩ヅラしている男と、彼氏の先輩と浮気して平気な顔をしている女。

 それを燈子先輩に指摘されて、俺は苦しかった思いが一気に、涙と一緒に流れ出てきたのだ。

「お、俺の彼女の、カレンと……鴨倉先輩が……浮気してて……俺、それで……もうどうしたらいいのか……」

 えつと共にそれだけ言うのが精一杯だった。

 電話の向こうで燈子先輩が息をむ気配が伝わる。

「……本当なの、それは?」

「ウソで、あって……欲しいです……俺は……」

 その後は言葉にならなかった。ただ自分が嗚咽し、鼻をすする音がスマホから聞えてくる。

「一色君、とりあえず落ち着きなさい。詳しい話は明日聞くわ。それまで、その話は周囲の人間にはしないように」

 そう言って燈子先輩は電話を切った。


「だけど自分一人では、居ても立ってもいられなくて、それで部屋に戻ってから石田にだけ連絡したんだ」

 俺は事の一部始終を石田に話した。

「まぁな、それは一人で抱え込むのはツライだろう。俺に話して良かったと思うよ」

 石田はそう言ってくれた。

 こんな事、他人に話したからって気分が軽くなる訳じゃないが、それでも一人でいるよりはマシかもしれない。

「これからカレンちゃんとは、どうするつもりなんだ?」

 石田に指摘されて、俺は初めてその事に思い当たった。

 ……そうだ、俺はこの先、カレンとどうしたいんだ……?

「許せない」という思いはある。

 だが同時に「今すぐ別れてやる」という決心もつかない。

「まだどうするか決まってない。だけどこのまま済ますつもりもない」

「そんなに簡単に割り切れるモンじゃないだろうからな」

 そこで石田は身を乗り出した。

「それで燈子先輩とは、どうするんだ?」

「どうって?」

「明日、会うんだろ? で、燈子先輩に迫ってヤルつもりか?」

 俺は考え込んでしまった。

「あの時は勢いでそう言ったけど……燈子先輩の気持ちもあるからな。それにあの燈子先輩が、そんなに簡単にヤラせてくれるとは思えない」

「そうだよな。彼女は堅そうだからな」

 石田は手を頭の後ろに組んでった。

「優、オマエは燈子先輩にどう話すつもりだ?」

「それもまだ決めてない。ただ俺が知っている事は、全てそのまま話すつもりだ」

「証拠物件である『カレンちゃんと鴨倉先輩のやりとり写真』もか?」

「おそらく」

「う~ん」石田はしばらく考え込んでいた。

「『やるな』とは言わないが、言い方や出すタイミングは考えた方がいいと思うぞ。よく浮気された場合『男は女を恨むが、女は浮気相手の女を恨む』って聞くからな」

 俺には石田が言う意味がよく理解できなかった。

 いや、あの日の俺の頭では、何かを考える余裕が無かったと言う方が正しいだろう。

 ともかく、燈子先輩に会って、全てをぶっちゃける。

 それしか俺の頭にはなかった。

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