第10話 入寮コンパ 2

振り返るとシビックドライバーの桜が飲み物を片手に立っていた。その隣には、別の先輩がいる。

「サンドイッチ、食べてます。桜先輩、その節は送ってくれてありがとうございました」

「良いってことよ」


「二人は、知り合いなのか?」と、桜の隣に立つ先輩が尋ねる。

「まあね。テンテンとは一昨日、成り行きでドライブしたんだよね。そのときにテンテンって命名したの」

「へえ。桜にしては、かっこいいあだ名を付けるじゃん」

「え? かっこいい?」と思わずミユは聞き返す。彗はクスクス笑っていた。


「あなたも新入生だよね?」と、桜が彗を見た。

「そうです。天雲さんと同じ部屋の立花彗といいます」

「彗ちゃんか。私は、三年の真鍋桜よろしくね」

私は変な名前を付けられたのに、彗ちゃんが彗ちゃんなのは不公平だと思う。

「よろしくお願いします」


「こっちは四年の六車環ちゃん」

桜は環を二人に紹介する。

「よろしく」と環。


「ところで二人はもう部活決めた?」

桜もテーブルの上のサンドイッチをつまむ。

「まだなんです。チラシはいっぱいもらったから、それを見て決めようかなって」

「そっか。テンテンは中学の時は何かやってた?」

「ソフトテニスを少々」

それを聞いて環は少し考え、「うちの高専にソフトテニス部はなかったと思う。テニスやるなら硬式になると思うよ」という。

「あ、いえ、中学の時は部活やるのが必須だったからソフトテニスやってたってだけで、別にテニスを続けたいわけではないんです」


「ふーん。彗ちゃんは?」

「私は帰宅部でした」

彗は、自転車のことには触れなかった。

「そう。だったら、二人ともサイクリングサークルなんてどう? どうせ自転車は必要になるんだし、サイクリングサークルを通じて買えば良い自転車がちょっと安く買えるよ。副代表の私が言うんだから間違いない」

「自転車……ですか」


よりにもよってサイクリングサークルに誘われるなんて。自転車は買いたいけれど、彗ちゃんはどう思ってるんだろうと思いながら、彗の顔を見る。彗は、二年前まで自転車をやっていたそうだが、手に怪我をしたことで辞めた。だから、この誘いを当然断るものと思っていたが、彼女は意外なことを口にした。


「それって、競技系ですか?」

「いや、うちはサイクリングサークルだから、部としてはレースには出ないよ。のんびり自転車を楽しむだけ。競技が良いなら、競技自転車部もあるけど……。興味あるの?」

「はい、少し。でも、やっぱり、自転車に乗るの苦手なので」と、彗は目を伏せた。


「それは問題ないよ」と横で聞いていた桜が割り込む。

「乗るのが苦手なら、苦手でも乗れる自転車を、一から全部作ればいいんだよ。加工場だってあるんだから」

「自転車を、一から作る、自分でですか?」

彗とミユは、少し驚いた。自転車は買うものであって、決して自分で作るものではなかったから。もちろん、別々のパーツを集めて組み立てることは知っている。しかし、それにしたって、既製品を購入して単に組み立てるにすぎない。


「桜がそんな殊勝なことを言うなんて……」

桜の提案に、環は感心したようだ。

「そうか、アイアンレースに出場するには自作の自転車が必要だった。そういう方面で募集をする必要があるんだな」

「そうでしょ。興味があるけど乗るのが苦手なら、作ればいい。今、私たちは事情があって、自転車を作らないといけないの。だから――」


「ご歓談中の所ですが、余興の準備ができましたので、上級生による歓迎の余興を始めたいと思います」

小原緋のマイク放送が入ると、拍手が起こった。


「タイミングの悪いところで始まっちゃったね」と桜。

「では、今年もトップバッターは、リフティング研究会の天野さんによるリフティングです」

サッカーボールを抱えた学生が、足を使って器用に床からボールをすくい上げて頭に乗せると、わあっと歓声が上がる。

「リフティングなのにトップバッターっていう表現はないよな」

環がそういうと、なんだかおかしくなって笑ってしまった。


「あの、環先輩、さっきの話、もっと詳しく教えてもらえませんか」と、彗が食い下がる。自転車に乗らなくなったとはいえ、やっぱり自転車が好きなんだなと思う。

「今度、高専機構主催の手作りの自転車レースに出ようと思ってる。だから、自転車を作る必要があるというわけ」

「出るのは自転車レースだけじゃないんだけども」と桜。


「さっきは、レースには出ないって言ってませんでしたか?」

「部としては出ないけど、個人で出るのは自由だよ。それに高専機構主催のレースだから、部活というよりも講義や実習の延長線上にあるものだと思う」

「そうなんですね」

「興味があるなら、今度二人で見学に来るといいよ。サイクリングサークルの部室は、渡したフライヤーに書いてあるはずだから、考えておいて」

「それじゃ、そういうことでよろしくね」


先輩方は、そう言って別の新入生の所に行った。ああやって地道に勧誘しているのだろう。

「ごめんね。テンテン、私ばっかり話しちゃって」

「ううん、別に良いよ。それより彗ちゃんも私のこと、テンテンって呼ぶんだ」

「嫌?」

「嫌、じゃないけど」


壇上の方では、リフティングの出し物が終わったようで、拍手が起こった。

「それでは、次はアノニマスのお二人による、漫才です。どうぞ!」

再び大きな拍手が起こり、仮面を付けた二人組が壇上に上り漫才が始まった。


その後も、テーブルマジックや、組体操といったシュールな出し物が続き、三十分ほどのにぎやかな時間となった。やがて新入生の自己紹介の時間になり、心の準備ができた新入寮生から壇上で自己紹介していった。百人くらいの前で挨拶するのだから、ずいぶん緊張したけれど、始終和やかだった。あいかわず、栞は熱心にメモを取っているようだった。


いつの間にか、遥が食堂に来ていて、テーブルの上に残っていた焼き鳥を何本か食べたあと、自己紹介の終わった新入生に声をかけ、そのうち何人かを連れてどこかに消えた。焼き鳥は嫌いとか言ってなかったっけ?


山のようにあった料理もなくなり、予定していたプログラムもすべて終了したあとは、弛緩した雰囲気になって、締めの挨拶もなく流れ解散のようになった。時間がたつごとに寮生は一人また一人と消え、いくつもあった歓談のグループはやがて一つになり、気が付けば、栞も彗もいなくなっていたので、ミユも自室に戻った。


「おかえり。ずいぶん楽しんでたね」

部屋に入ると、舞と彗が、お茶を飲みながら話をしていた。

「なかなか先輩たちの話が終わらなくて」

「テンテン、お茶いる?」

「ありがとう。でも先に洗濯したいから、そのあとで飲むよ」

ミユはビニール袋に洗濯物と洗濯ネットを詰め込んで洗濯室に向かった。

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