第3話 学生自治会 1

学生自治会室へ行くためには、長い坂を下る必要がある。坂を下って何棟もある校舎のうちの一つに到着する。非接触認証タイプの学生証を使ってオートロックのドアを解錠し、そのまま廊下を進んで学生自治会室へ入る。

室内は紅茶の香りがほのかに漂う。暖房がよく効いて、半袖でも十分な暖かさだ。


案の定、新五年生の内山会長をはじめとして他の学生自治会役員の三人もすでに来ていた。

こんちわあ、と曖昧な挨拶をしながら桜はソファの定位置に座る。学生自治会室のコの字状になったソファの対面にいた六車むぐるまたまきと目が合う。環は会計担当で新四年生だ。


「お茶、入ってるよ」と、環がティーカップを受け皿に置いて言った。

「ありがとう」


原級(留年のこと)したせいで学年が二つも違ってしまったけど、中学からの同級生なので環のことはタマちゃんと呼んでいる。タマちゃんは自転車が趣味なのでよく日に焼けている。今日も自転車で来たのかスポーツウェアを着ていた。


高専では一年生から三年生までは高校生と同じく、制服を着用しなければいけない。しかし、四年生以上は私服が許されている。それでもラフなスポーツウェアで授業を受ける学生はまずいない。環がスポーツウェアを着ているのは、今日がまだ春休みだからだ。

本来なら制服を着用しないといけない桜も春休み中なので、パーカーとジーンズだった。


「私が淹れましょう」

そう言って庶務担当の小原おはらあかねが、置かれたポットから桜のマイカップに紅茶を注ぐ。緋は休日なのになぜか制服を着ている。

「どうぞ、マドモワゼル」


緋は、新三年生だ。中学の時は演劇をやっていたせいか、ときどき台詞や動きが芝居がかっている気がする。

「寒いときは温かいものがうれしいね。ありがとう」と、桜も芝居がかったようなことを口にして紅茶を受け取った。


「ねえ、真鍋、あのタイプRはどうしたの?」

桜にそう尋ねるのは、新四年生で学生副会長の香西こうざいれいだ。


「タイプR? 何それ?」反射的に答える。

「あんたの乗ってた白い車」

「あの車、シビックって言うんじゃないの?」

「そうだよ。シビックタイプR」

「へー、そうなんだ。知らなかった。香西さん、詳しいね。あ、だから自動車屋みたいな青いつなぎ着てるんだ」

「いや、それは関係ないから。ロボットの油で汚れるから着てるだけだよ」と礼はつっこみを入れる。


そんな和気藹々とした雰囲気の中、真ん中に座る内山会長が口を開く。

「みなさん、そろそろいいですか? 時間も過ぎたので、そろそろ来期の学生自治会方針の確認をしようと思います」

白いブラウスに青いスカートという出で立ちだった。


「ええ、始めましょう」と礼が返事をすると、内山会長はそれに応えるようにこりと笑って続けた。


「本日の議題は、今期の学生自治活動の予算配分と、学園祭の予算配分、新役員の募集、それと以前話していた通学用シャトルバスの新設についてです。まず、学生自治会活動の予算について、会計の六車むぐるまさん、お願いできますか?」


「はい。今期の予算についてですが、前年とほとんど同じなのですが、陸上部の予算が増えていて、他は全体的に微減になっています。詳細については資料を読みますね」と、環は、予算配分について細かい数字を読み上げていく。


高専は、成人している学生もいるせいか、高校と違って学生の自主性に重きを置いている。学生自治会の予算の大半は、部活動を運営する予算に当てられ、表向きは学生が話し合いで決定することになっている。表向きというのは、実際は、ほぼ前例を踏襲することになっているので、よほどのことがない限りそんなに変わったりはしない。興味を引く話でもないので、桜の視線は紙面をさまよって、環の数字を読み上げる声を聞き流しているうちに議題も終わりに近づいた。


「ちょっと、質問いい?」

香西礼は軽く手を挙げて、口を挟んだ。


「どうぞ」

「なんでメカトロ研の予算がこんなに減ってるの?」


メカトロニクス研究会、通称メカトロ研は、主にロボットコンテストに出場するために活動している部活だ。礼は、そこの副部長をやっている。メカトロ研の予算について質問したのは、学生自治会の役員だからではなくて、単にメカトロ研の予算が減るのを嫌ってのことだろう。

環にもそれがわかっているので、「それはさっきも説明したとおり、陸上部が棒高跳びで国体を二連覇して、合宿費や遠征費がかかるので、そちらに回しているからです。それに予算が減っているのはメカトロ研だけでなくて、ほとんどの部が薄く広く削られています」と、話を終わらせるように言う。


「それはさっき聞いた。私が言いたいのは、どうしてメカトロ研の予算を大きく削ってるかって聞いてるの。我がメカトロ研は、去年もロボコンの四国大会で優勝して、全国大会まで行った。それは、六車も知っての通りでしょう? ちゃんと結果を出してる」

「メカトロニクス研究会が、全国大会であっさり負けたのも知ってますけど」と、環が挑発する。環は、礼に思うところがあるのか、よくこういう態度に出る。

「聞き捨てならないね。それなら、なんの大会にも出てないあんたのとこの仲良し自転車クラブの予算をがっつり削って陸上部に回せばいいでしょ」


「二人ともやめてください」

内山会長が二人を制止する。


「香西さんのメカトロ研への思いが強いのはわかります。でも、ここで、メカトロ研をひいきしたり、他の部を悪く言ったりするのは学生自治会役員としてはどうかと思いますよ。それに六車さんも説明不足です。今回メカトロ研の予算を一番削ったのは、これまでの蓄積があるからです。先輩たちが購入したコンピュータやソフトウェア、それにマシニングセンタ※なんかもまだ十分使えます。それに、香西さん、あなたなら、うまくできますよ」


そういって、またにこりと笑った。何ができるのか、その意味はよくわからなかったけれど、礼には通じたようで、すみませんでした、とだけ言って、すっかりしおらしくなった。それから環が学園祭の予算について説明し、何事もなく議題は終わった。


※マシニングセンタ……自動で機械加工してくれるすごい装置

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