第39話 帰り道
鳴から連絡があったので、ヨット部に挨拶をして別れ、三人は車に乗り込んで西讃キャンパスに向かう。
キャンパスのロータリーに着くと、西尾鳴と、もう一人、内山会長が立っていた。二人のそばに車を着けて運転手の桜だけ降車した。
「出迎えご苦労。おかげさまで大漁だったよ。今夜は私が腕によりをかけてごちそうしてあげよう」
鳴がクーラーボックスを開けてみせる。クーラーボックスいっぱいにイワシが詰まっていた。これは捌くのが大変そうだ。
「それはなにより。ところで、内山会長も一緒だったんですね」
「ええ。すみません。別の手段でこちらに来たのですが、西尾さんが帰りは送ってくれるとおっしゃるので、お言葉に甘えさせて貰おうと思いまして」
「人数は大丈夫だよね?」鳴はクーラーボックスの蓋を閉めた。
「大丈夫です。五人乗りなので。今、トランク開けます」
「ありがとう」
桜はシビックのトランクを開け、鳴は釣り具とクーラーボックスをそこに収容した。
助手席に座っていた舞は、車を降りて、内山会長に助手席に乗るように勧めたが、会長はその勧めを丁重に断り、鳴も後ろの座席でいいと言うので、引き続き助手席には舞が座り、後部座席の真ん中のミユを挟んで両側に鳴と内山会長が座ることになった。測定機器も積んでいたので、後の座席はぎゅうぎゅうだった。
「結局、鳴さんは何の用事だったんですか?」
舞が鳴に尋ねると、「あれ? 言ってなかったっけ?」と返ってきた。
「朝ははぐらかされた気がします」とミユ。
「そうだったっけ? でも、大した用事じゃないよ。西讃キャンパスの寮長と話してただけだしね」
「それだと、オンラインでもよくないですか?」と桜。
「そこは、ほら、オンラインだと、魚は獲れないからなあ」
「はあ」
「内山会長はどうして西讃キャンパスに?」と桜が会長に尋ねる。
「私は、アイアンレースの開会式の打ち合わせです」
「ああ、そういえばそうでしたね。忘れてました。休日なのにお疲れ様です」
「ところで、皆さんの方こそ、今日はどうされたんですか? なにか、いろいろと荷物を積まれているようですが」
「今日はカートのコースの下見に行ってたんです。それでこの機器でいろいろとデータを取ってたんです」と、ミユは頑丈そうなラップトップパソコンを会長に見せた。
「岡山まで大変でしたね。お疲れ様です」
「いえ、旅行してるみたいで、けっこう楽しかったです」
「観光した?」と鳴。
「残念ながら、それはできなかったですね。あ、でも岡山高専のカート部の人たちとは偶然会いましたよ」
「へえ、そんな偶然があるんだね」
「確か、岡山には優勝候補の方がいらっしゃるとか」
「祇園選手のことですか。今日、初めて会いました」
「そういやさ、テンテン、鳴さんに聞くことあるんじゃないの?」
「あ、そうでした」
「なになに? 好きピとか恋の話?」
「いや……、いえ、そうかもしれません」
「ホントに?」
「池田先輩のことです。鳴さんは、池田先輩と相部屋だったこともあるんですよね?」
「あるけど、それがどうしたの?」
意外な質問に鳴は神妙な面持ちになった。
「私、どうしても分からないことがあるんです。どうして池田先輩は、公式のカートレースに出なくなったんでしょうか? ずっと続けていれば、祇園選手みたいに普通に日本代表にもなれたと思うんですが、何か言っていませんでしたか?」
「うーん。それについては何も聞いてないなあ。でも、カート部は楽しいって言ってたよ。レースには出ないだけでカート自体は好きみたいだし」
「そう、ですか」
そう聞いてミユは安心したものの、肝心のことは分からない。
「だから、レースに出ないのはまた別の理由があるんだろうね。だって、楽しいなら出るはずだもん」
「行きの車の中では、優勝するのが当たり前になって、プレッシャーが大きくなったのかもっていう意見も出たんです」
「なるほどね。会長はどう思います? 会長は確か、池田とは小学校からの付き合いでしたよね」と鳴が内山会長に話を振った。
「そうです。学年は一つ違いでしたが。私もその意見には同意します。なんであれ、当たり前になればなるほど、ありがたみというのは薄れますから。あるいは、単なる憶測でしかありませんが、それでもよければ私の意見を述べてもよいですか?」
「ぜひ、聞かせてください」
「おそらく勝つことが面白くなかったんだと思います」
「それは、強いライバルがいなかったという意味ですか?」
「いえ、少し違います。もし、私が彼女の立場だったとしたらという仮定の話ですが、池田さんは勝ちすぎたゆえに、勝つ度に孤独感を募らせていったようでした」
ミユは次の言葉を待った。
「今思えば、池田さんは、レースで優勝する度にうれしさや悦びよりも疎外感を味わっていたようでした。一度の優勝なら良いでしょうけど、それが二度三度と続いていくと、優勝して当たり前、一位の子、天才とかそういった特別なレッテルが貼られます。池田さんがどういう人間かを考慮することなく、周囲の人は天才として池田さん持ち上げることになります。勝ち続ける度に、池田さんの意に反して、ステレオタイプな天才像に押し込められるような思いを味わっていたのかもしれません。
確かにカートレースの才能があったという点では特別な人間でしたが、それ以外はごく普通の人なんです。それが、カート業界の中でなら、池田さんも甘んじて受け入れることができたでしょう。でも、カート業界を超えて、学校とかそれ以外の所でも行われたとしたら、たとえ、それが善意から来るものだとしても、常にレッテルを貼られるというのはつらいものなのですよ。誰もがレッテルだけを見て、池田さん自身を見ようとしませんからね。
そしてそれが悪意であれば、やめさせることもできたでしょうが、善意なので、やめさせることもできず、誰からも理解されず、結局レースの方をやめざるを得なかったのではないでしょうか」
やや長い沈黙のあと、「なのに、どうして今さらレースに参加するんでしょうか」とミユが口を開く。
「今回のアドベンチャーレースはレースというより、学園祭のような年に一度のお祭りの位置づけだからかな? それとも、なにか心境の変化があった?」と、桜。
「私は、両方だと思います」と、会長。「池田さんは、このレースを通して何かを見つけようとしている。あるいは、ずっと待っていた何かが現れたのかも知れませんよ」
「何かって、何ですか?」とミユが尋ねると会長は、フフフと笑った。
「今の状況を打破してくれる人、言ってみれば、お姫様を目覚めさせる王子様、ですよ」
それを聞いて、ミユ以外の一同は大笑いした。
「王子様って」と鳴は腹を抱えて笑い、苦しそうに「それに、テンテンもさ、私たちじゃなくて本人に聞いてみればいいじゃん」と言った。
確かに、鳴の言うとおりだった。分からないことは訊けば良いのだ。
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