第18話 初めての学生自治会 1
学生自治会室のドアの前で、ミユは深呼吸をした。部活動紹介の時に壇上で見かけたとはいえ、初対面の人と会うときはいつも緊張する。それが学生自治会役員の面々で、学生自治会長に至っては、ミユよりも四歳も年上なのだからなおさらだ。
思い返せば、昨日、カート部に入部するとは言ったが、学生会に立候補するとは言っていない。何も読まずに署名してしまったのが本当によくなかった。
駅から学校まで送ってくれた桜への恩義を返すために、ひとまず来てはみたものの、お茶とお菓子が出るらしいということは知っているけれど、学生自治会が何をする組織なのか詳しくは知らない。堅苦しい会議の連続で、面白くなさそうだったら申請書をすぐに取り下げようと決心する。
意を決してドアをノックすると、木製のドアが開いて桜が顔を出した。
「来てくれたんだ。さあ、入って」
「お邪魔します……」
招かれるまま入室すると、学生自治会室の雰囲気はミユが思っていたものとは違っていた。折りたたみ式の椅子とテーブルが並ぶ殺風景な部屋かと思っていたら、部屋の真ん中に大きな木製テーブルが置かれ、それを囲むようにソファーがいくつか並べられ、壁には写真や絵画が飾られ、窓際には花も生けてある。
年代物のテーブルの上には、ティーカップやマグカップが人数分出され、スコーンも用意されていた。
テーブルを囲んで座っている人数は、桜を入れて全部で五人。そのうち、学生自治会長は話したことはないものの壇上で見かけて知っている。小原先輩と環先輩は、学生寮の新歓コンパで少し話をした仲だ。
なので、意外なことに、全く面識のない人は一人だけだった。
顔見知りの先輩たちに軽く会釈をし、会長によろしくお願いしますと挨拶をすると、知らない人もいるだろうからと、自己紹介するように勧められた。
ここ数日の間に何度も自己紹介をしているせいか、何も用意しなくても、出身中学、学科、寮生であることなどをスラスラと自己紹介することができた。今までと一つ違うことがあるとすればそれは、カート部に入部を決めたことくらいだろうか。
礼儀としての拍手をもらったあと、次はミユのために、学生自治会役員の人たちの自己紹介になった。といっても、ほとんどの人は知っているので、初対面の
「天雲さん、今日は来てくれてありがとうございます。とりあえず、空いているところに座ってください」と内山会長に着席を勧められたので、桜の隣に座った。
「お茶はどれがいい? ティーバッグの紅茶だけど」
小原
「あ、ありがとうございます。オレンジペコってやつがいいです。オレンジ好きなので」
「それならアールグレイの方が良いかも」
「オレンジペコにはオレンジ入ってないからね」と香西礼。
「そうなのか」と、六車環が驚いたように礼を見た。「確かにオレンジの味しないと思ってたけど、知らなかった」
「私のような教養人には常識だね」
「じゃあ、オレンジ入ってないのにオレンジペコって、どういう意味なんだよ」
「う……、それは、その……」
礼が言葉に詰まったのを見計らったように会長が口を開いた。
「オレンジペコは、紅茶の等級を表す用語です。茶の木の二番目に若い葉を総称してオレンジペコと呼びます。もっとも、どうしてそれを『オレンジペコ』と呼ぶかは分かりませんが、このティーバッグのオレンジペコは、オレンジペコ等級の茶葉をブレンドした紅茶でしょうね」
「会長、香西に助け船を出すの、やめてくださいよ」
「いいじゃないですか。皆さん仲良く、ですよ」と会長が微笑む。
「お茶、淹れたよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
「これはお客さん用のカップだから、次来たときには、自分のものを持ってきてね」
「分かりました」
次の休日は、かわいいマグカップを買いに行こうと思う。
「テンテン、こっちのスコーン食べなよ。内山会長が作ってきてくれたんだ。最初だからクロテッドクリームを私がたっぷり塗ってあげよう。すごくおいしいよ」
「それほどでもありません。でも、寮生の方はこれから寮で夕飯でしょう? 気を遣って無理に食べずに、持ち帰っても構いませんよ」
「大丈夫です。私、食べることだけは自信があります!」
桜は半分に割ったスコーンにジャムを塗り、その上にクロテッドクリームを大盛りにしてミユに渡す。
一口食べると、濃厚なクリームの香りが広がる。
「おいしい! これなら毎日でも来たいくらいです」
その様子を見て、みんなにやにやとしている。ミユは学生自治会の術中にはまりつつあった。
ミユの思い描いていた学生会とはかなり異なっていたが、それはやはり年齢層が高いせいかもしれない。高専は五年制なので、会長や副会長は十八歳以上のはずで、普通なら大学生という年齢だ。先月まで中学生だったミユからみれば高校生よりも年上の上級生がずいぶんと大人びて見えるのは当然かもしれない。
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