第14話 見学

月曜日が祝日なので、実家で二泊する予定だったけれど、休暇の予定を一日繰り上げ、ミユは日曜日に寮に戻ることにした。日曜日の昼過ぎということもあり、寮の自室には誰もいなかった。自分のデスクの引き出しから、カート部のフライヤーを取り出す。それと自宅から持ってきたヘルメットを手に取り、ジャージに着替えてカート部の部室兼ガレージへ歩いて向かった。


ヘルメットの感触が懐かしい。乗らなくなったのに捨てずにとっておいたのは、新品を捨てるのがもったいなかったからだけではない。友人に譲ることもできたわけで、それをしなかったのは結局、未練があったからだと思う。いつか、こういうときが来ることを予感、あるいは期待していたのかもしれない。


東讃キャンパスは山裾の川沿いに位置しており、その広い河川敷には運動場や野球場、テニスコート、はたまたサーキットコースも整備され、それらに隣接して部室のガレージが、いくつか並んでいる。


それらの部活は、栞の食指が動かなかったようで、三人で見学することはなく、今回初めて訪れることになった。


寮からガレージまでは学校の敷地を横切るのが近道なので学内を通っていると、様々な部活が活動をしているのが見えて活気を感じた。一見して新入生と分かる団体が見学している部活や、先輩に声をかけられている一年生たちを見かけることが多かった。


けれどもジャージ姿でフルフェイスヘルメットを片手に歩くミユは、新入生とは思われなかったようで、誰からも勧誘の声をかけられなかった。断りながら歩くのも面倒くさいので、ありがたいと言えばありがたいが、新入生と思われていないのは複雑な気分になる。


河川敷近くまで来ると、野球やサッカーのグラウンドの他に、サーキットが見えた。見えるだけでもサーキットの数は三つ。普通の自動車や、ロードバイク、モーターバイクがそれぞれのサーキットを走っているのが見えたが、カートは見えない。三連休の真ん中のせいか、かなり盛況な印象を受ける。


フライヤーに載っている手書きの地図によると、どうやら河川敷に並ぶガレージのうち一番端のものがカート部の部室兼整備場のようだ。こういう建物があるのがいかにも高専らしい。


途中、シャッターのあがったガレージもあって、歩きながらガレージの中をのぞいていみると、作業着姿でバイクや自動車の整備をしたり、なにかを溶接したり、塗装したりと、作業する人たちが見えた。


一番端のガレージまで来ると、雨ざらしになったカートがいくつか積まれていたので、ここがカート部で間違いないと確信した。新入生歓迎と書かれたボードが立て掛けられて、ガレージの中にレーシングカートが数台並んでいるのが見える。


そこには折りたたみ式の長机とパイプ椅子がいくつか置かれ、それを囲むようにして五、六人の学生が座って談笑していた。私服姿の人もいれば作業着姿の人も居る。何となく入りづらい内輪の雰囲気に戸惑っていると、聞き覚えのある声がした。


「あれ? テンテン、どうしたの? カート部になんか用?」

シビックドライバーの真鍋桜だった。手にはクッキーと紙コップを持って花見でもしているかのような雰囲気をかもしている。


「だれ? 知り合い?」と、桜の隣に座っていた作業着姿の上級生が桜に尋ねた。

「うん。寮の新入生」

「新入生!? もしかして見学に来てくれたの?」

「あ、はい。一応」

「一応?」


上級生は、ミユのその返答に疑問を持ったようだが、彼女の小脇に抱えたヘルメットを見て察した。

「ああ、なるほど。経験者ってことか。立ち話もなんだからさ、こっちに来て座りなよ」といって立ち上がり、空いた椅子を引いて、座面のホコリを手で払い、ミユに勧める。


勧められるままにミユはそれに腰掛け、テーブルの上に白いヘルメットを置いた。

「あの、部活紹介の時にカート部の説明してた方ですよね?」

「覚えててくれたんだ。うれしいなあ。あなた名前は?」

「天雲ミユです」

「私は、テンテンって呼んでる」と桜。

「テンテンか、面白い響きだね。私は、カート部の勧誘担当の徳弘とくひろりょう。よろしくね。今日は、新入生はまだテンテンだけだからゆっくりしていってよ」

「はい……、こちらこそ、よろしくお願いします」


「お茶とお茶請けもどうぞ」

 紅茶とクッキーが用意された。

「遠慮しなくて良いよ」と桜。

「桜先輩は、カート部なんですか?」

「うんにゃ、これを持って遊びに来ただけだよ」


桜はテーブルの上に置いてあったポスターの丸め癖を手で広げる。ポスターには大きく『第一回アイアンレース』と書かれ、その下にカートらしき物や自転車のイラストが描かれている。

「これ、寮にも貼ってるやつですよね。前に言ってた手作りの自転車レースのやつですか?」

「そう。でも出るのは自転車だけじゃないんだよね。カートとヨットもあるから、カート部に出てもらえるようお願いに来たってわけ」


「カートって学生が作れるものなんですか?」

「作るっていってもゼロから作るんじゃなくて、シャシーとか既存のパーツは出来合いの物があるから、一から組み立てる感じかな。そういう意味では自作パソコンに似てるかも。どうしても足りないパーツは自分たちで加工して作ることになるだろうけど」


詳細な大会規定の冊子をめくっていたカート部員が、冊子の記載を指して言った。

「でもここのレギュレーション、ちょっと変じゃない?」

そこには、『出走時の重量は、二五〇キロ±二五キロ以内とする』と記載されていた。


「変? 変なカートってこと?」と桜が尋ねる。

「うん。カートとドライバーの合計重量は、だいたい一五〇キロ前後だから、この二五〇キロってのは、一〇〇キロ以上重い。これは普通のカートじゃない。私たちがやってるカートのカテゴリーじゃないよ」

「自作ってのを見越して、かなり重くしてるんだろうね。重量を削ると剛性が下がって、安全基準を満たせなくなるだろうから」

「うん、いずれにしても、このレースに出るかどうかは、すぐには結論出せないかな。それに、せっかく新入生も見学に来てくれたんだから、この話はひとまずここまでにしようか」

「……そうだね。私もテンテンがカートに興味あるなんて知らなかったし、お話聞かせて」


「そのヘルメット、ずいぶんきれいだけど、もしかして新品?」

ミユの正面に座っていた学生が不思議そうにヘルメットを見ながら尋ねる。

「わざわざ買ってきたの?」


「あ、いえ、実はカートをやっていたのは小学校の時で、中学の時はモチベーションがなくて全然やっていませんでした。ヘルメットは二年前に買ったけど、全然被らずにしまっていたものなので」

「もったいないね」と徳弘諒が笑う。

「でもどうしてまた見学する気になったの?」

「先週、学生寮で池田さんに誘われたんです。もともと私がカートを始めたのも池田さんに憧れたからなんです。まさか、こんなところで逢えるとは思ってませんでした」

ミユがそういうと、涼は少し表情を曇らせて、「池田か……」とつぶやく。周りの先輩方も互いに目を合わせ、微妙な空気が漂う。

彼女らの意外な反応に、少し戸惑いを覚えた。

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