第2話

   

 私と彼が知り合ったのは、大学時代のサークルであり、最初は単なる知り合いに過ぎなかった。ところが一年目の夏休み、他の友人たちが帰省中で暇だったからという理由で、二人だけで飲みに行ったのが、急接近のきっかけになった。

 互いに恋愛感情はなかったはずだが、酒が入った勢いだったのかもしれない。その場の流れで、男女の関係になってしまい……。二人とも初めてだったせいもあって、「こういう関係になったからには恋人同士」という認識で始まった交際だ。

 友人たちに言わせると、普通そういうのは長続きしないらしい。でも私たちの場合、何の問題もなく卒業まで恋人関係が続いたし、こうして社会人になって丸々一年が経過した今でも、普通に付き合い続けていた。


 私も彼も結局は一緒に社会人になったが、もともと彼は、大学院へ進学するつもりだった。それが変更になったのは、別に私という恋人の存在が理由ではなく、所属していたゼミの都合だったそうだ。

「教授推薦で、俺も就職することになったよ」

「あら、おめでとう」

 当時の私は、苦しい就職活動を成し遂げたという充実感のあった時期。彼の進学志望は知っていたくせに、つい反射的に祝辞を口にしてしまった。

 嬉しそうな表情ではないものの、彼は一応「ありがとう」と返してから、さらに続けた。

「こう見えて俺、ゼミでは優秀だからね。教授に推薦されてしまったのさ」

「ふーん。頭が良すぎるのも、大変なのね」

 と、受け入れた態度を示すが……。彼の言葉が嘘であることくらい、内心ではわかっていた。

 本当に優秀な学生ならば、教授だって、ゼミに残って欲しいと思うはず。大学院の定員は大学より少なく、そこから各ゼミに割り当てられる人数を考えれば、教授から見て大学院へ進んで欲しい学生と、そうではない学生がいるのだろう。

 教授推薦といえば聞こえはいいけれど、コネのある企業へ、不要な学生を押し付けているだけだ。

 そう考えながら、改めて彼の顔をジーッと見つめると……。

 やっぱり、彼の目は泳いでいた。


 ゼミ関連の嘘では、こんなものもあった。

 ちょうど大学四年目の、クリスマスの少し前だったと思う。彼が語るゼミの近況の中に、同じ女の子の話が、頻繁に出てくるようになったのだ。

 互いの日常生活を語り合うのは楽しいが、さすがに他の女の話ばかりされては、私も気分が良くない。つい、詰問してしまった。

「いつもいつも、その子のことばかり! もしかして、私と別れて、その子と付き合いたいの?」

「そんなわけないだろ!」

 彼は目を丸くした。

「お前の恋人なんだぜ、俺は。別れる理由なんてないだろ?」

 こちらを直視したまま、優しそうな笑顔を浮かべて、ぎゅっと私を抱きしめる。

 なんだか心があたたかくなって、安心した私は首を曲げ、自分の横にある顔に目を向けたが……。

「俺が好きなのは、お前だけだよ。他の女に目移りするわけないじゃないか」

 そう言った瞬間、彼の目が泳ぎ始めた。

 どうやら「他の女に目移りするわけない」の部分だけ、嘘だったようだ。

 カチンと来た。でも、実際に浮気されたわけではないから、この程度は許そう。その時は自分にそう言い聞かせたし、そのスタンスは今でも変わっていない。

 可愛い嘘ならば許容範囲。これが、恋人と上手くやっていくコツだと思う。

   

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