十三章 「涙!?」
「えっ、どうして??」
僕は、とうとう自分の感情にも追いつけなくなったようだ。
そんなことって、あるだろうか。
自分の感情なのにわからないってどういう状態? とパニックになった。
これは他に人にもよくあることなんだろうか? それとも珍しいことなんだろうか? そんな二つの考えがぐるぐる頭の中を巡るけど、答えはわからないままだ。
何が起きたかというと、僕の頬を静かに水が
でも、僕は決して意図して涙を流したわけではない。
むしろ、流すつもりは一切なかった。
僕の思いとは、逆の行動を体がした。
僕は、そんな風に見えないとたまに言われるけど、人前で涙を流すタイプの人ではない。
男がすぐに泣くのは、かっこ悪いとさえ思っている。
僕は女性だからこうあるべきだとは思わないけど、男性は強くなくてはいけないと感じている。
それは、子どもの頃の親に何度も言われてたからだ。
父親に「男なのに、泣くな!」と何度も叱られた。母親は僕を全くかばってくれなかった。
大人になって親の教育が偏っていて間違っているとわかっても、体に染みついたものは簡単には消えなかった。
何年もの間、傷つけられ続けたのだから。誰にも話したことないけど、それは僕のトラウマとなっていた。
でも、だからというべきかわからないけど、僕は『言葉』を人を傷つけるためには使わないでおこうと強く思えた。
これをきっと反面教師と呼ぶのだろう。
彼女の母親だけでなく、僕の両親も少し歪んだ考え方を持っていたなんて、何の偶然だろうか。僕たち二人は似た環境にいたのだろうか?
子どもの頃から辛い時でも「泣いちゃダメだ」と我慢しているうちに、涙はいつのまにか出したくても出なくなっていた。
感動する映画を観ても、涙が流れることはなかった。もちろん、いい映画だったなあと心から思う時はある。それでも、涙は一向に出てこなかった。
人間の適応能力って本当にすごいと思う。
まるで、涙が枯れてしまったかのような状態だった。
そんな風に今まで生きてきたのに、どうして今涙が出てきてしまったのだろう。
僕はおかしくなってしまったのだろうか。
さっきの話の内容的にも、どう考えても僕が涙を流す場面ではない。苦しいのは、確実に彼女の方だ。
僕が泣いたら困られせるし、彼女にひかれると思った。
「泣いちゃダメだ」といつもの呪いの呪文を唱えるけど、涙は全然止まらない。
「何で悠希が、涙を流すの?」
彼女は、やっぱり聞いてきた。
でもどうしてだろう。彼女にそう聞かれて、嫌な気はしなかった。
そもそも、彼女はよっぽどのことがない限り、僕に嫌な感じで言ったり、ふざけて僕を笑ったりしない。
だから、本当に不思議に思っているのだろう。
「悠希も、辛いことや悲しいことがあったの?」
僕が答えられないでいると、彼女は僕の心配までし始めた。僕はどんどん申し訳ない気持ちになってきた。
何度も「そうじゃない」と言いたかったけど、なぜか声がでなかった。声を出そうとするのに、でてこない。こんなことは初めてで、どうしていいかわからなかった。
なんとか力を入れて、「そうじゃない」と言葉にした時に、僕はハンカチも出さず荒っぽく手で涙を拭いた。
「じゃあ、どうしたの?」
「いや、本当に何でもないから」
僕は彼女の反応が怖くて、話を変えようとした。
それにこんな姿、正直彼女にだけは見られたくない。
あまりにも情けなさすぎるから。
でも、彼女のきれいで真っ直ぐな目に見つめられて、嘘をつき通すことが僕にはできなかった。
「約束、守れなかったから」
僕は、下を向いた。
「約束?」
「前に華菜が『もし、私がある日突然いなくなったら、悠希は私を探しにきてくれる?』と言ってたよね? その時、僕は『もちろん。すぐに見つけ出すよ』と言った。それなのに、今日見つけるのに時間がだいぶかかってしまったから」
「その話、覚えてくれていたんだ」
彼女は少し嬉しそうな顔をしていた。
僕はダメなやつなのに、どうして彼女は今そんな顔をしているのだろう。
「それに、」
「それに?」
彼女は、ゆっくりと僕の言葉を繰り返す。まるで、僕が話しやすいようにしてくれているかのようだった。
「僕が起こしたことなのに、華菜がいなくなると『会いたい』って言葉が一番に頭に浮かんだ。本当に身勝手だよね。僕がしたことが、許されるかなんてわからなかった。それでも華菜に会いたかった。自然と足は動いていた。たとえ許されなくても、このまま気持ちも伝えられず離れ離れのままよりはずっとよかったから」
「そんな風に感じていたんだね」
彼女はじっと話を聞いてくれている。
「他にもいろいろな考えが頭の中を巡った。そして、華菜の今の心の状態を考えると、胸がすごく苦しくなった。まるで自分のことのように辛かった。そんなたくさんの思いが、頭の中で突然激しく暴れ出した。本当は涙を流す予定じゃなかった。だから、正直自分でもなぜ今涙が出たかわからないんだよ」
僕は、素直に打ち明けた。
「ありがとう」
彼女は僕を抱きしめて、そう言ってくれた。
「僕は『ありがとう』と言われるほど立派なことはしてないよ」
もちろん、そう言ってもらえたのは嬉しいけど、本当に感謝の言葉を言われるようなことを僕はしていないし、なぜ言われたか考えても見当がつかなかった。
「ううん、私のことを思ってくれたよ」
「それはそうだけど」
思うこと。
それは相手を好きならば、当然ではないだろうか。
僕は特別すごいことをしていないとやっぱり納得できなかった。
それでも、そのことは口に出さなかった。
余計なことなことを言って今までよく変な空気になって、相手を困らせてきたから。僕が何も考えず思うままに発言すると、いつもいい結果にはならない。
「私もさっきは感情的になりすぎた。ごめんね」
「それはいいよ」
僕にとって、それは本当に些細なことだった。
僕にしたことに比べたら、小さな小さなことだ。
「悠希は、いつもどんな時でも私のことを許してくれるよね」
「華菜が、好きだからね」
この言葉は、おかしくはないだろうか?
僕は、華菜のことをちゃんと考えられているだろうか。
「でも、今自分も涙を流すって、どれだけ一途なのよ」
彼女は抱きしめてる手を離して、大きな声で笑った。
僕もその顔を見て自然と笑っていた。彼女の笑顔が見れてホッとしたというもあったと思う。
さっきまでの張り詰めた緊張感が、一瞬で消えた。
やっぱり彼女はすごい。
「華菜に今言いたいことがあるんだけど、いい?」
僕はもう一歩踏み出そうと思ったのだった。
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