5-5 カウホン戦 決着
トールは戦斧を両手で回転させて、地面に叩きつける。その衝撃がカウホンまで伝わった。カウホンにも余裕がなくなって、彼はどうやったらこのまま逃げられるかを考えていた。
足を刺されているため、走って逃げ切る自信はない。かといって、もはや、攻撃し続けることは、腕が引き裂かれたことで無理なことだと簡単に理解できる。もはや、何とか知恵を働かせて逃げるという手段しかない。しかし、その知恵を回す余裕はない。腕が激痛を知らせてくるため、考えることが出来ない。
カウホンが考えている間に、トールは近づいていく。戦斧が振るわれ、できた銀の軌跡がカウホンの目の前を通った。痛みだけでなく、恐怖が彼の心を縛る。
「な、なぁ、なんでもするからよぉ。助けてくれよぉ」
カウホンは策も思いつかず、プライドも無く、命乞いをするしかなくなった。
「助ける? 冗談ですよね」
その瞬間、トールはカウホンの裂けた腕を完全に体から分離させた。腕が無くなった痛みはカウホンの脳が処理できるものではなく、彼は痛みを感じることが出来ない。自身の腕が無くなったのを見て、パニックを引き起こす。痛みではなく、その腕がないという状況がいかに大変なものであるか。それがさらなる恐怖を引き起こしたのだ。パニックになって逃げだそうとしたが、カウホンは転んだ。パニックになりすぎて、足がもつれたわけではなかった。カウホンは足の感覚が無くなっていることに気が付いて、見たくなくてもその足を見てしまった。ついているはずの右足がない。
「ぐぅぅう。ああ、あああ」
その光景がさらに許容できる恐怖が超えた。涙が溢れ、命乞いをすることもできない。言葉らしい言葉がその口から出ることはなかった。トールはその姿を憐れんで、首を切り落とした。首から血が溢れ、カウホンの体がその場にドスンと言う音を立てて、倒れた。
「最弱。そう呼ばれた理由がわからないのですから、成長しないかったのですかね」
トールはデンファレを思い出す。彼女は弱いながらも、戦いながら自身の出来ること、勝てる道を探して成長している。トールは彼女のことが嫌いだが、そう言うところだけは認めていた。彼がそれを態度に出すことはないだろう。
「ロト。大丈夫?」
かなりの数のバッドビッグを倒し、かなり魔獣の数は減った。魔獣の屍がそこかしこに転がっている。しかし、まだその場には十数匹のバッドビッグがいた。ロトは咬まれてはいないが、魔獣の体当たりを何度か受けてしまっている。デンファレも噛み付きこそ受けていないが、体当たりは何度か受けてしまった。カロタンとキャルは何とか守ることが出来ているが、この十数匹のバッドビッグを倒しきれるかどうかは不安があった。
(さすがに限界が近い。ロトも消耗してる。私だけで何とかしないと)
デンファレは覚悟を決める。それは死ぬ覚悟ではない。みんな守って、自分も含めて、また笑顔で食卓を囲いたいという願いからくる、自分自身が生きるための覚悟だ。
「ロト、二人を守っていて。私が何とかするわ」
ロトはいきなりそう言われて頷くしかできなかった。デンファレが走りだした後に、彼女の言葉の意味を勘違いする。彼女は自分の命と引き換えに自分たちを守ろうとしているのではないかと。もしそうなら、彼女も守りたいと彼は思う。しかし、この場を離れれば、カロタンとキャルを守る者は誰もいなくなる。それに、二人を守れると踏んで、自分に二人を守ることを任されたのだ。助けに行くということは彼女を裏切ることになるかもしれない。ロトの頭には様々な言葉が溢れて、その場を動くことはできなかった。
「あんまり、街中で使いたくはないけどね」
彼女は剣をしまい、敵が密集している真ん中に向かって走り始めた。魔獣たちは彼女の様子を見て警戒しているが、すぐに攻撃するものはいなかった。彼女は走りながら、詠唱を始めていた。
「火よ、風よ。収縮する風よ、天を突くほどの炎を抑えよ。荒ぶる炎よ、風を抜け熱を届けよ」
詠唱と共に、彼女の周りに風が起きる。それはいくつかの地点の中心へ向かって、魔気を圧縮するような強い力を持っている。その中心点では熱が生まれていた。その熱はやがて炎の輝きを持ち始める。その炎の数は全部で八つ。
「爆ぜる炎。吹き飛ばす風。全てに等しく破壊をもたらせ」
デンファレが手を魔獣たちの密集している場所へと向けた。
「ディバイドエクスプロージョンッ!」
彼女の周りの球形の小さな球が魔獣へと向かっていく。それは彼女が走るより速く、すぐに魔獣の群れへ到達した。魔獣たちがその火の球を目で追う。次に何が起こるのか、魔獣たちは予想などできない。そして、一匹の魔獣の目の前で火の球が停止した。魔獣はじっとそれを見ていた。魔獣は微かな風をその球から感じていた。そして、その風が無くなった瞬間、魔獣の目には白い光だけが目に入り、次に全身に自身を焼き尽くす熱を感じた。鳴くこともできず、魔獣の全身は焼かれた。その爆発が連鎖するように、八つの球がバラバラに爆発した。辺りに轟音が響き渡り、その場に残っていたバッドビッグはほとんどその火から逃れることはできずに、丸焼きになった。
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