第133話 会長
「たしかに、あんたは昔はすごかったかもしれない。魔王軍最高幹部を討ち取った唯一の男ぉ。魔王と互角に戦えるかもしれない最高の冒険者ぁ。有史以来の最強の魔術師ぃ。そこに存在しているだけで戦略的な価値が出る人間? あなたは、数多くの二つ名がありけど、その伝説はもう終わりよぅ。あんたが、冥王を撃破したのは、もう半世紀以上、昔の話なんだからねぇ」
エレンは、挑発して、まるで会長を誘っているかのようだ。
だが、会長は動かない。
「あんたの時代は、終わったのぉ。これからは、わ・た・し・の・じ・だ・い。私は、あんたを倒して世界最強の存在になるのよ。そして、いつか魔王すらも超越するわぁ」
ギルド協会の作成するランキングは、S級冒険者までを序列化させるものだ。
そして、最強の世界ランク1位には「最高戦力」の異名と共に、協会の表の戦力として動かなくてはいけない。
だが、ギルド協会のランキングには、唯一の例外がある。
それが、伝説級冒険者の存在だ。
彼らは、ランキングから除外される。
なぜなら……
序列化する必要性すらないほど、圧倒的だからな。
会長がどこかの戦場に顔を出すだけで、世界各国は疑念に駆られる。
それは、誰も止めることができないからだ。
人間が彼を止めることはできない。
だからこそ、会長は表舞台から完全に隠れて、裏で動くしかない。
今回の大国でもクーデターのようなことがなければ、表に出てこれなかっただろう。
「
エレンは、玉座の間で倒れている兵士たちに、なにか魔力を注ぎ込む。
「これはね、意識のない人間を自由に操ることができる魔法なのよぉ。それも、人間がもともと持っているリミッターも解除できる優れもの。どんな人間でも、S級下位クラスには強化できるわぁ。まあ、フルパワーで動けば、体が3分で崩壊しちゃうけどねぇ。さすがに、伝説を生きる男でも、20人のS級冒険者に囲まれたら、無傷で済まないでしょう? さあ、いきなさい」
会長の後方から、20人の兵士が、すごい速度で襲い掛かる。普通の兵士とは思えないほど、強化されているな。
まずいぞ、さすがの会長でも……
「ずいぶん、なめられたものじゃな。ひよっこ!」
会長は、魔力を解放し、戦闘態勢に入る。
俺は、会長が戦うところを初めてみることになる。
「
そう言って会長が手をかざすと、兵士たち20人は、一瞬にして倒れ込む。そして、会長は、まるで瞬間移動したかのように、部屋の中央から扉の前に移動していた。
「なっ!!」
エレンは、あまりの出来事に言葉を失っていた。俺も、目で追うのがギリギリだった。
会長は、エレンと同じ魔力の専門家である賢者。勇者専用の光魔法以外の魔力を高次元に操ることができる。歴史上はじめて、ダブルマジックを扱った伝説の魔導士でもある。
だが、彼の戦闘スタイルは、魔力による遠距離型ではない。遠距離攻撃は、あくまでもオプションに過ぎない。
彼は、賢者でありながら、近接戦闘を得意とする異端派なのだから……
※
早すぎる。これが、"雷神"と恐れられている会長の伝家の宝刀か……
会長が得意な魔力は、"
魔術師でも得意な魔力属性は決まっている。
例えば、俺は近接戦に強く敵の動きを制限させやすい氷結魔法。エレンは、中距離戦に強く突破力がある炎魔法。ニキータ局長は、遠距離で影響範囲が広大な爆発魔法。
雷属性の魔力の最大の特徴は、その破壊力と応用性だ。
爆発属性と同等の攻撃力を持ち、近距離でも遠距離でも自在に攻撃することが可能。
俺が得意な氷結系の魔力は、どちらかといえば近接系攻撃が得意な魔力だが、雷魔法と比べると射程の意味では劣る。
だが、万能に見える特徴の裏返しで、燃費が非常に悪い。
会長は簡単に使っているが、並の魔術師では、一発撃てばほとんどの魔力が残らない。
会長はそれを常に使用できるほどの魔力
そして、いざとなれば、周囲の魔力を使用し、瞬間移動のような高速移動と、不可避の攻撃を両立させることができる。
「さすがねぇ? でも、私の攻撃の準備は整っているのよ? さすがのあんたもこの連続攻撃をすべてよけることは無理なはず」
10個以上の火球が同時に会長を襲った。避けるルートを潰すために、複雑な軌道を描いて、火球は会長に近づく。
「儂を逃がさないために、あえて攻撃を蛇行させているが、それでは本来のスピードを犠牲にしているな。本末転倒としか言えないの~」
会長は、手を地面につけて詠唱を始める。
「
雷属性の魔力が空中に道を作る。足元にも雷属性の魔力が込められているため、その道に沿って、会長は空中を高速で移動し、包囲網を簡単に突破した……
エレンの頭上に移動した会長は、勢いそのまま防御姿勢もままならないあいつを蹴りつける。
「ぎゃああああぁぁぁぁああああ」
エレンの悲鳴がこだまする。高速移動で作り出したエネルギーと魔力によって肉体を強化している会長の打撃は、強烈だった。
クレーターのような穴がエレンの周囲に発生した。それほどの破壊力がある一撃が、あいつを襲った。
会長は雷魔力による高速移動と、それによって強化される肉体によって、賢者でありながらも肉弾戦を最も得意とする。
そして、その接近戦で魔王軍最高幹部すらも凌ぐ戦闘力を誇る怪物だ。
強すぎる。最強の悪魔と同化したエレンすら、子供のように扱っている。
「ありえない。ここまで、差があるなんて……ありえない、ありえない、ありえない……」
半狂乱になって、魔力の攻撃を乱れ撃つエレンだが、会長はそれを軽々とかわしていく。
そして、会長はもう一度エレンを強打した。
「いやああぁぁぁぁああああ」
いくつもの壁を砕いて、エレンは遠くに蹴り飛ばされた。
あいつは、すでにダメージによって、動くこともままならないような状況だ。
「なんでよ、なんであんなに遠いのよ。自信満々で挑んで、ダメージすら与えることもできないなんて、私、みじめすぎるじゃない。なんで、ありえない」
恐怖で壊れていくエレンに、会長はゆっくりと近づいていく。
「私は、悪魔とも手を結んだのよ。なのに……天才の私がプライドも捨てて、ここまで強くなったのにいいいぃぃぃぃいいいいい」
苦しみながら平伏したような姿勢になるエレンを、俺は呆然と見つめている。
「いやああぁぁぁぁああああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなぁさあぁぁぁぁああいぃぃぃいいいい」
「悪魔に魂を売ったお前にかける情けはない」
会長は、無慈悲に罪人に言い放つ。
「死にたくない、死にたくない、死にたくないよぉぉぉおおお」
「お前が踏み台にした人間もそう思っていたはずだよ」
「いやああぁぁぁぁああああ、えっ!?」
エレンが絶叫した瞬間、あいつの周囲に魔力が解き放たれていく。
「(どうやら、これまでだな)」
「なによ、これぇ? メフィスト、やめて、痛いのはやめてぇ、死にたくないよぉぉぉおおお」
「(残念ながら、もうこれしかない。なに、体中の体液が沸騰し、張り裂けるくらいじゃ。私のような思念体には、動物の死という概念がそもそもよくわからん)」
エレンの中にいる悪魔は、勝手に魔力を暴走させているようだ。
「自爆するつもりか、メフィスト!!」
会長は声を荒げて糾弾する。
「(ああ、復活はできた。これでこの肉体にとどまる理由も特にないからな)」
「ちぃ」
会長は舌打ちをしつつ、魔力防護壁を作り出す。
「いやああぁぁぁぁああああ、こんな最期はいやああぁぁぁぁああああ。痛い、痛い、いたあああぁぁぁぁ、あっ」
エレンの絶叫と共に、周囲は魔力の暴走による爆発で、光に包まれた。
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