第95話 リバイアサン

 メイルストロムの巨体は爆散し、あいつの体は海へと還っていく。これで俺たちの撤退を止める魔獣はいなくなった。


 すぐに帰る。そう思って、エルと仲間たちの元に戻ろうとすると、俺の体全体に大きな力が加わった。


「なんだ、これ……」

 かつて、味わったことがないほど体が重い。まるでなにかに吸い寄せられているかのように、俺の体は魔王軍の艦隊に吸い込まれる。


 光の翼でなんとか抵抗しようとした俺だが、抵抗もむなしく炎上する敵の輸送艦へと吸い寄せられる。


「みんな、逃げろ―――――――」


 俺は叫んだ。これは間違いなく、重力操作系の魔法だ。魔力容量があまりにも必要なため、伝説級の魔術師くらいしか使いこなせないといわれている幻の魔法。


 俺も実際に体感するのは、はじめてだった。体がすさまじく重くなり、自由が利かなくなる。ナターシャたちがなにか叫んでいたが、あまりにも距離が遠く残念ながら聞こえなかった。だが、エルたちは吸い寄せられていないところを見ると、魔力の射程外だったんだろうな。それだけが不幸中の幸いだった。


 この戦場で、こんな幻の魔法を使える怪物なんて、ひとりしかいない。


 魔王軍最高幹部のリバイアサン。

 エカテリーナの狙撃で一時的に力を失っていたはずだが、ついに取り戻してしまったか。


 こんな伝説の魔法を使っているところを考えると、完全復活しているだろうな。エカテリーナの作戦では、対魔族用の特殊な矢を使って大ダメージを与えたはずなんだけどな。ほとんどの魔物は狙撃された時点で即死。幹部級でも、1時間は足止めできるはずだったんだけどな。


 メイルストロムとの一騎打ちは、10分くらいで終わったはずなのに、回復が早すぎるだろう。

 悪魔の槍をもつ魔王軍最強の将軍のもとに俺はゆっくり落下していく。


 炎上している艦の甲板に、そいつは待っていた。


 人類の軍隊を何度も窮地に追い込んだ戦場の悪魔。

 2mを超える筋骨隆々の体格と3mはある禍々しい黒い槍。

 数百年は生きているはずなのに、若々しさにあふれた精悍な顔。

 俺たちの村を襲った魔物を率いていた指揮官。


 魔王軍最高幹部リバイアサン。


 甲板に叩きつけられた俺は、そいつを間近でみることになる。炎上する艦で、俺はついに冒険を始める原因を作った最強の敵。


「キミが、ギルド協会の最高戦力か。随分とやってくれたな、アレク官房長!」

「俺は、まだ会いたくなかったですけどね」


「主力艦3隻を撃破された上に、うちの参謀長も戦死。ここまでされて、おめおめ帰れるわけがなかろう? せめてキミを殺さなければ、私のメンツというものがたたない」

「もう戦略的には負けなんですから、被害が大きくなる前に撤退した方がいいですよ。損切りってやつですよ」


「若造のくせに、数百年間戦争を指揮している私に講釈ですか。さすがは、最高戦力、いい度胸だ」


 ここまで距離を詰められてしまったら、もう逃げらない。俺は覚悟を固めて剣を握った。


 俺が剣を抜くと、リバイアサンも悪魔の槍を構える。あれが悪名高い伝説の槍か。有名な冒険者を何人も葬り去ってきた悪魔の槍。


「護衛も参加させなくていいんですか?」

 俺は軽口をたたいて、様子を見る。


「ああ、他の者には撤退させたよ。メイルストロム以上の犠牲を払うわけにはいかないのでな」


「ここであなたが俺に負けるとは微塵も考えていないんですね」


「当たり前だろう? いくら世界最高戦力といえども、一騎打ちで魔王軍最高幹部に勝てるわけがなかろう?」


 なるほど、指揮官としての役目は全部終えたから、あとは好きにやるということか。さすがは、最高幹部。自分が殿しんがりをつとめて味方を逃がしつつ、俺を倒すつもりなのか。


 簡単には逃がしてくれないだろうな。どうにかして、一撃で大きなダメージを与えて逃げる。これが俺ができる最善手。


 いつもならカウンターに徹するが、こいつにはそうはいかないだろうな。カウンターなんて悠長なことをしていたら一撃で持っていかれる可能性の方が高い。だからこそ、こちらが攻めるしかない。


 本当だったら絶対零度の剣が欲しかったんだけどな……。

 エルはドラゴン状態になっているため、それは叶わない。もともと持っていたバスターソードもかなりの名刀だが、さすがに伝説の槍と比べると劣勢は明らかだ。


 俺は光の魔力を斬撃に変換して、リバイアサンに向けて飛ばす。

 さすがに直撃すれば、大きなダメージは不可避なはずだが――


「なっ……」


 よける動作も受け止める動作もせずに、ただ左手をかざすだけのリバイアサンは、


「驚くこともなかろう。我が左手は、すべての魔力を無効化させる悪魔の左手デーモンレフト


「すさまじい能力ですね。まさかその能力が光魔術にも効果を発揮するなんて思いませんでしたよ!」


「私の能力に例外はない。それは光の魔術にもな」


「どういう原理なんですかね」


「敵に教えるわけなかろう?」


「でしょうね!!」


 俺は再び斬撃を放つ。


「馬鹿の一つ覚えかな? まさか人類側の最高戦力がこんな手しかないとはいわないよなぁ?」

 あいつは同じように斬撃を砕くために、左手を伸ばす。


 だが、それは俺の狙いだった。


 あいつに、その動作を強要するために、あえて同じ攻撃をしたんだ。


 引っかかってくれた!


 斬撃は、あいつの左手に到達する前に爆発する。


「なっ!?」


 分裂した光の魔力は、粒子状になってリバイアサンに襲い掛かる。無数の魔力になった俺の斬撃は、魔王軍最高幹部を貫いた……

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