第76話 世界の敵

―ギルド協会イブラルタル本部―


「それでは、全員集まったようだから、会議を始めよう」

 俺は、退院したらすぐに副会長から招集を受けた。いつものようにギルド協会の会議室で物々しいメンバーと会議。


 ギルド協会緊急評議会だ。

 本部の局長級以上の幹部と各大陸の支部長が一堂に会してのギルド協会最高意思決定機関。


 よほどの緊急事態でなければ開かれることはないこの会議が開催されたということは、議題はきっと……


「今回の議題は、みんな分かっていると思うが、勇者ニコライの処遇だ!」

 副会長は、深刻な表情で、そう言った。


 だよな。

 ニコライは世界を何度も救った英雄だ。エレンも表向きは勇者パーティーの一員で、大賢者……


 そのふたりがギルド協会の命令を破り、逃亡した。さらに、元S級冒険者であり、マクレスターの虐殺の首謀者として指名手配を受けていたブオナパルテと結託しての逃亡劇。


 これは、大スキャンダル――それも、エレンは邪龍教団の黒幕であり、邪龍を復活させて東の大陸壊滅を狙ったテロリストの親玉という事実が判明したのだ。


 ギルド協会でも、もみ消すことはできないだろう。


 俺との私闘みたいな小さな問題ではなくなってしまった。ニコライは、テロリストの親玉であるエレンと大犯罪者ブオナパルテと共にギルド協会から逃亡。俺たちが彼らを確保しようと派遣されたのに、抵抗し交戦までしてしまったのだ。


 幽閉先の湖塔や病院でも逃亡する際に死傷者を出してしまっているため、いくら光の勇者とはいっても、ここまでギルド協会に敵対してしまえば、特別扱いはできない。


 副会長は、淡々と状況を説明し、参加者は厳しい顔になる。


 それも、そうだろうな。ニコライとエレンという巨大な戦力が、完全にギルド協会に宣戦を布告したということになるから……


 魔王軍最高幹部の旧四天王もいまだに3人が健在で、バル攻防戦及びクラーケン討滅作戦で壊滅した魔王軍の海上艦隊も再編が急ピッチで進められている状況。もし、艦隊が再編されれば、今以上に厳しい戦争となるだろう。


 今回のクエストで、唯一の成果は、大盗賊ブオナパルテの討伐成功だ。


 ブオナパルテは、爆発地点から少し離れた場所で、遺体となって発見されたから、邪龍教はニコライとエレンのふたりだけが逃亡に成功したことになる。


 だが、教団の信徒にはA級冒険者クラスの実力者もかなりいる。各国とギルド協会にとっては、S級冒険者ふたりと合わせて、巨大な脅威となる。


 勇者ニコライとエレンだけで1国の軍事力と同等以上に戦える。そもそも、S級冒険者は、戦争において戦略級の役割をひとりで担うことができる人材だ。


 邪龍教団にもうひとりS級冒険者クラスの実力者であるブオナパルテがいたら、大変なことになっていた。

 それだけは唯一の救いだ。


「ニコライは、エレンに洗脳されている可能性もあります。情状酌量しゃくりょうの余地もあるのではないでしょうか?」

 マリアさんがそう弁護してくれた。あいつらと交戦した俺の立場上、言えなかったことだ。察してくれたんだろうな。


「それは、そうだが…… 世界に、ニコライとエレンの危険性を周知しなくては、彼らの名声が逆に邪龍教団に使われる可能性も高い。そうなれば、被害は拡大する」


 そう言われるのは、みんな分かっていた。


 だから、ニコライたちを、世界の敵として公表しなくてはいけない。近くにいながら、あいつを救えなかった自分がどうしようもなく情けない。


「仮に、ニコライの身柄が確保できれば、彼の名誉回復もありうる。諸君は、速やかに邪龍教団の壊滅とニコライたちの確保を目指してほしい。マスコミには、私から今回の事件について説明する。辻褄つじつまを合わせるために、多少の脚色はしなくてはいけないが、ブオナパルテの討伐と一緒に発表する」


 俺たちは、説明用原稿の下書きを読みあわせた。


 ※


「勇者ニコライ、反逆!!」

「勇者ニコライ・大賢者エレン、邪龍教団と関係か?」

「勇者ニコライ・大賢者エレン指名手配」


―テルミドール579年12月1日 イブラルタル通信―


邪龍教団最高指導者が大賢者エレンと判明、勇者ニコライと共に逃亡中


ギルド協会は11月30日、ナースル王国で大規模なテロを起こした邪龍教団の最高指導者が、勇者パーティーの一員でありS級冒険者の大賢者エレンであったことが判明したと発表した。勇者ニコライも邪龍教団の関係者の可能性が高いとした。


ギルド協会副会長ミハイル氏は、邪龍教団の関係者の疑いがあるとして、勇者ニコライと大賢者エレンの両名を秘密裏に拘束していたと認めた。ふたりは、元パーティーメンバーであったアレク官房長およびS級冒険者のボリス氏によって7月にプルアスンド・フォレストで拘束され、病気療養という名目で取り調べを受けていたようだ。


しかし、1週間前にふたりは、幽閉先を逃亡。その逃亡には、20年前に起きたマクレスターの虐殺の首謀者であり逃亡中の元・S級冒険者のブオナパルテが協力していた。ブオナパルテは数日前の戦闘で、ギルド協会と交戦し死亡した。


だが、ニコライとエレンの身柄は確保できずに、現在も逃亡中。

協会は、「ただちに、ふたりの冒険者資格を停止し、全力で行方を追っている」とした。


ギルド協会は「深刻な事態のため、ふたりの容疑が確定するまで情報を秘匿していたことをお詫び申し上げます」と発表した。


――――――


 俺は憂鬱な気持ちでその記事を読んだ。


「両名の行為は、世界に対する背信行為であり、到底、許すことはできないものです。アレク官房長とボリス氏が、ふたりの陰謀に気がつかなければ大変なことになるところでした」と頭を下げるミハイル副会長の魔力画像を見ながら、副会長が俺たちに火の粉が飛んでこないように最大限の配慮をしてくれたことを悟る。


 俺も正式にギルド協会最高戦力就任を打診されている。

 ニコライという巨大な戦力の暴走によって、世界は少しずつ激動の時代へと舵を傾けつつあった。

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